第68話 俺の結婚に動いた「大物」 ~これ以上の大物いないって~
謁見の間から下がって、ヒューさんの部屋で一休み。
俺もアリアさんも、ヒューさんの淹れてくれるお茶を頂き、その高級感に浸っていた。
「そう言えば前々から疑問だったんですけど、ヒューさんの今の『肩書き』って何です?」
そう。王様へのお目通りも自由、色々な所に顔も聞く、英雄と王宮の架け橋。
そんな人物が偉くないはずは無いんだが、ヒューさん自身が自分の事をひけらかした事は一度も無い。
「肩書きにございますか? 私の肩書きは、元職の元老院長、でございましょうか」
「元職でも元老院長だと皆、王様に直接会ったりオーフェンに特使で行ったりするもんなんですか?」
「あぁ、いやまぁ……」
ティーセットの近くにいたヒューさんだったが、答えづらそうにしたまま、ソファーに座った。
「表向き、元老院の長と言うのは、それなりの権力がございます。これは確かです。
ただ、今のわたしは、となると、寧ろ現陛下との関わりが強く懇意にして頂いているから、と言った方が適切かも知れません」
「陛下との関わり?」
俺とアリアさんが揃って声を出した。
更に言えば、俺はヒューさんと前王陛下との『つながり』は知っているが、現国王陛下との特別な繋がりは知らない。
ヒューさんは、自分のカップに紅茶を注ぎ、それを持って席についてから、ゆっくり話し始めた。
「グランダキエ3世陛下が王位に就かれた際、陛下は……こう申し上げるのは多少不敬ですが、援軍・味方がおられませんでした。
前王エテルノハルノ2世陛下が築かれた人脈の外から就任なさった、ある意味改革派の王であられた。故に最初は孤立無援でいらっしゃいました。
どんなに民を思った法案を作ろうが、全て議会で弾かれてしまう。かと言って強権発動をして命令を強制するのは、グランダキエ3世陛下のお気持ちに反します。
そんな折り、わたしも元々は元老院の人間でしたので、陛下が書かれた法案の原案に触れる事がございました。そして、感銘を受けたのです。
その法案こそ、アリア達家族を苦しめた、移動居住自由令でした。戸籍により住む地域を固定していた現状を廃し、自由に移動も、居住も、職業も選べる。
これは、実現すれば大改革であり、それでいて貴族達への痛みも大きくは無い。素晴らしい世界になると感じました。
ただその法案自体は、元老院の決議に掛かる前の、貴族議会の内部会議の時点で否決され、抹消されていました。
わたしは思ったのです。この国王陛下ならば、この国を変えられる、と。
そこでわたしは、グランダキエ3世陛下がこれまでに書かれた全ての法案書を取り寄せ、目を通しました。どれ一つ取っても、まさに優れた王の資質がハッキリとありました。
ローリスは王権国家ですので、議会がなんと言おうが陛下が『そうする』と言えばそうなる国です。しかしそれをすると、貴族達との間に軋轢が生じます。
陛下がなるたけ、改革に当たっても貴族との関係で軟着陸をさせたかったお気持ちは、とてもよく分かりました。そしてそれが、実に難しい事も。
そこでわたしは、元老院長として陛下に接触をし、元老院から貴族院に圧力を掛ける事を提案しました。陛下は最初は、そのような卑怯な事は、と渋っておられました。
ですが、わたしは懇切丁寧にご説明を申し上げました。今の貴族の反感はこのままではずっと続く事、そうすれば国も乱れる事、誰かが嫌われ者になってでも打破が必要な事。
話し合い、陛下も渋々と言った調子でしたが、ご了承を取り付けました。
そこからは、私の暗躍ですな。まず、貴族院の面々で金に問題がある貴族をリスト化し、元老院長名で『賄賂の全額一括・国庫返納』を求めました。
当時ローリスの公職法では、公職時に得た賄賂と言うのは、国庫に全て収めれば罪は免除される、という規則になっていました。罪は罪でもそれで国庫が潤えば良い、と。
そこを逆手に取ったのです。
当然、今すぐ全額、漏れなく払え、と言われた貴族達は怒号をもって答えました。けれど、賄賂が悪である事自体は、これも法に定めがあります。
元老院はある種、議会に対して監査の職でもありますので、私の当時の職権の内側でもって、貴族達に圧力を掛けたわけです。
うち何人かは、実力行使でわたしに良からぬ者を送り込んできましたが、元々武闘派魔導師のわたしに敵う者はおらず。
その不埒者の殲滅・撃退の噂に次々尾ひれがついて、次第にわたしもまた恐怖される様になりました。
そのようにして、ある程度下準備が整った時点で、わたしは現国王陛下支持の明確なメッセージを出しました。元老院長として、国王陛下を支持する、と。
それと同時に貴族達へ、これは内密にと、わたしの後に続くなら刑罰には処さない、賄賂債務も免除すると。そう伝えました。
最初の、陛下に申し上げた話から考えれば、随分と本当に卑怯なところまで行ってしまったのですが、その様にして多くの「問題のある」貴族をまず配下同然に置きました。
一方で、金に綺麗で領地にもトラブルが無い真っ当な貴族達には、正攻法で。既に亡き先王より今統治下さる現王に忠誠を、と、こちらは根気よく説いて回りました。
ここまでして、ようやく「陛下の提案書が読まれずに破棄される事態」が無くなる所まで行きました。そこからは、陛下御自身の才覚によるものです」
ヒューさんの話から、今の飄々とした陛下からは考えつかないような苦労を、陛下がされていた事を知る事が出来た。
と同時に、過度に保守的な組織を変えようとすると、誰かが悪役を買って出て、強引に変えていかないと無理、というのもよく分かった。
幸い俺は、単に盤上で動くコマであって、コマを指す差し手ではないのでそんな苦労はしないで済みそうだが、差し手のヒューさんが大変な苦労した事も分かった。
「なんて言ったら良いんだろ、ヒューさんも苦労人ですよね。権力があると、自分の命まで盾にして働かないといけないなんて」
「はっはっ、シューッヘ様が仰いますか。シューッヘ様も王宮滞在時代には、間者の襲撃も受けられて、立派に英雄として狙われておいでですぞ?」
ん? そんな事……あったな、そう言えば。
「あぁそうだっけ。メイドさん達にがっちり守ってもらってたからあんまり実感がないなぁ。因みに、俺への襲撃ってこれからも続きそうですか?」
「どうでしょうなぁ。シューッヘ様が国政的・外交的に動かない、魔導水晶関連も何もしない、ただ放蕩の限りを尽くす英雄であられれば、何も起こらないでしょう」
「クズですやん」
「まぁそうお思いになるだけ、シューッヘ様が真面目で誠実でいらっしゃる証拠でございます。ただやはり、誰かの既得権益とぶつかれば、必ず軋轢は生じます」
「既得権益かぁ。ややこしすぎて『気付かない内にぶつかってる』とか平気でありそう」
「まぁ、ございますでしょうな。されど、それを恐れていては、満足に活動も出来ませんので。存分に動かれ、厄介を持ってくる者は蹴散らしてしまえば良いのです」
うーん、ヒューさんの考え方が脳筋に近いな。
まぁ確かに、多少の、1対1の『厄介』程度であれば、[エナジードレイン]で完全無力化出来るし、大規模な『厄介』だったら女神様の光で根こそぎ排除も簡単だ。
「因みに今のヒューさんから見て、俺が何かこう、優先的にすべきことってありますか? 義務的な、でも、倫理的に、でも」
「まずはご成婚でしょうな。ローリスの婚姻法では事実婚の状態で法律婚と同じ法的保護が与えられますが、成婚を大っぴらにしないと、何故だ何故だと痛くもない腹を探られます」
思わぬ指摘に、俺は紅茶を飲む手が止まってしまった。
横目にアリアさんを見ると、こちらもこちらで、頬を赤くしながら紅茶をちまちまとすすっている。
「成婚って、役所の書面手続きですか? それとも、教会なんかの宗教的な儀式が絡みますか?」
日本だと、書類出せば結婚、になるんだよな。
でも諸外国だと、教会が発効する結婚証明書が必要、ってとこがあるのも聞いた事がある。
「通常婚姻に際しては、教会の証明者を付けますが、シューッヘ様の場合は多少複雑ですな……
主神様がイリア様では無く、サンタ=ペルナ様でいらっしゃる。しかしその教会は、今荒れに荒れている。成婚の儀など出来ぬ状態でありますし……」
レリクィア教会、だっけ? 司祭の一番偉い人が、女神像売り払っちゃって……それからどうなったんだろ。
「あの教会、一番偉い人が不祥事起こして、それからどうなったんです?」
「実は今のところ、不祥事は隠蔽されております。国のトップ層のみの、暗黙の秘密です」
「ありゃー……何だか、半分騙されたままの修道士さんたちが可哀想だな」
「どうでしょうなぁ……騙されたまま、というのは事実と異なる事態ではありますが、それで信仰が揺るがないのであれば、彼らはそれで幸せかも知れません」
「仮に、俺がレリクィア教会で挙式? を挙げるとなると、結構大ごとになりますか? 英雄だー、パレードだー、みたいな」
「幸いレリクィア教会傘下となれば、挙式も粛々とした、厳粛な宗教行事で、かつ後のお祭りの様なものもございません。彼らはそう言った騒ぎを嫌います」
「……サンタ=ペルナ様は、賑やかしいのは好きそうなのになぁ。つくづく女神様の思いと教会がかけ離れてて女神様可哀想」
『ほんとそうよ。あの子たち、結婚の時には【清貧の誓い】とか言って、ひとかけらのパンを夫婦でワインに浸して食べるのよ? もっと派手に楽しんで良いのに』
おわっと、突然女神様からの御神託が入った。
「女神様、女神様的には、俺とアリアさんはもう夫婦ですか? それとも宗教行事がまだだから、夫婦未満ですか?」
『誠実にやることやっちゃったら夫婦よ。その辺りは昔から変わらないわね』
「やること……」
女神様があけすけに過ぎて神秘性も何もあったもんじゃない。
まぁ、そこがこの女神様の良いところでもあるんだけど……
「レリクィア教会で挙式、俺あの教会に良い印象が無くて。なんか別の案って無いですか? 女神様に伺う内容じゃないかもですけど」
『別案? ねぇヒュー、今の国家体制に於いて、神職以外の誰が婚姻の証人になれば、婚姻は公になる?』
「神職以外でございますか? うーむ……極論、国王陛下でしょうか」
『王権による承認ね。他には? 国王だけで足りる?』
「今の体制を考えれば、陛下がご承認されれば婚姻は神事無しでも成立致しますが……サンタ=ペルナ様、何をお考えでしょうか」
『今度登城した時に、国王が証人になって婚姻が成立する様に仕組もうかしらと思ってね』
王様が証人で、それを後ろで操るのはダイレクトに女神様。
単なる婚姻のはずが、関係者が偉い人と神様でどうにも悪巧み感が半端ない。
『あら何よ悪巧みって。レリクィア教会のあの司祭に頭下げるなんて嫌でしょ? そしたら、良い案だと思うけど?』
「陛下には如何にお伝え致しますか、サンタ=ペルナ様。陛下はペルナ様の御声を聞けない方でございますが……」
『夢枕で伝えるわ。あの王の事だから、夢枕で指示を出せば即実行、だと思うわ。いきなり呼び出されると思うから気をつけててね♪』
「いや気をつけててねって言われても何を気をつければ良いやら……」
どうやら王様への指示命令の部分まで、女神様がやって下さるらしい。
至れり尽くせりでありがたいのは、これは本当に間違いないが、あまりにえこひいきで大丈夫かなと不安に思わなくも無い。
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