第67話 国王陛下に進言してみる 俺がネックで店が潰れるとか嫌だわー
靴屋を後にして。俺はフェリクシアさんに、何処で食器を買ったか、時計を買ったかなど、伝えるべき事を伝えた。
屋敷からだと道順も少しあやふやで通ってきたルートを言うしか無かったんだが、この靴屋は丁度貴族街方向へ開けた道の角にある。
この道を基準に、坂を昇っていった方にあったのが時計店。下の方へ直進方向進んで、一本入った左手前側に陶器店がある。はず。
「おおよそのアタリを付けていくが、分からなければ旦那様の名前を出して聞いてみるから大丈夫だ」
フェリクシアさんはそう言って、新しくフェリクシアさんの物になったドラゴンリュックサックを背負って坂を上がっていった。
どうやら時計店を目指すらしい。うーん、時計と言ってもホール用の時計も含んで結構荷物多いが、大丈夫だろうか?
こうしてまた、俺とアリアさんだけになる。
この時が、一番気分が楽で、気持ちも柔らかくなる。自分の気持ちなんだが、この瞬間が一番好きだ。
「ねぇアリアさん。これからどうする? 買い物も、ひとまず思いついた物は買えたし」
「そうねぇ。もっと必要な物は出てくるって思うけど、今はまだわかんないもんね」
「取りあえず、甘いものでも食べて、ゆっくりしよっか」
「あ、賛成ー」
目指すはカフェ。
いや別に、カフェに拘る事は無いんだが、地球時代「勝ち組の巣窟」と思ってた所に気軽に入れる、ってのは、俺の歪んだ自意識を癒やしてくれるものがある。
「あ、あそこなんてどう? あそこのアイス、凄く美味しいんだって」
「アイス屋さん? あぁ、あの入れ物にアイスが入ってるのか??」
「行ってみましょ!」
アリアさんの勢いに負けて、アイス屋さんに駆け込む。
店屋さん、と言うよりは、屋台の小型版。アイスを数種類冷やせそうなボックス、位しかない。
後はそのアイス屋さんを囲む様に、白い木のチェストが置いてあって、幾つか机もある。いずれも白い。
「シューッヘ君ー、どれにする? あたし、今日のお勧めの、メロンっていうのにしてみようかなって」
「メロン? へぇー、メロンあるんだこの世界」
と、じっくり探してみるんだが、定番のバニラが無い。バニラビーンズは未発見なのか?
女神様翻訳のお陰で、元いた世界にあった物については、翻訳が正確にされるので存在していると分かる。
逆に、この世界にしか無い物は、どうにも外国語にすら聞こえない・読めないのが困ったものだったりもする。
「じゃあ俺は、定番そうな『ミルク』で」
「うん、分かった! 店員さん、メロンとミルクで!」
「はいはい、おや、そちらの方は、英雄様で?」
「えっ? え、ええそうよ、それが?」
俺が答えるより早く答えたアリアさんだったが、少し戸惑いがちだ。
「商工会の方から、英雄様から直接お金を取らないように、支払った物の一覧にサインを頂いて商工会に回す様に言われておりまして」
「そうなの? こんな小口の決済でも英雄費が?」
「恐れ入りますがノガゥア卿、こちらにご署名を」
「ほいほい」
「お待たせしました、こちらミルクアイスと、メロンアイスでございます。お席ご自由にお使いください」
2人分の、カップに入ったアイスをトレーに受け取り、近くの机のある席に腰掛けた。
「さっきの靴屋さんで言ってた通りね、全部英雄費で出来ちゃうなんて……」
「こんな小さな価格だと、王宮に請求するのも手間な気がするんだけどね、大丈夫なのかな」
「まぁでも、国の方針としてシューッヘ君は英雄で、その英雄には英雄費を出すって決まってるんだし」
「うーん。ん、美味いなこれ。いや、例えば、英雄費として英雄本人にドカーンと先渡ししておいて、後は足りなくなったら申請させるとかさ」
「あ、そっか。先渡しの額が大きければ、お屋敷関連の大きな出費も買えるし、細かいお店なら現金出せば良いし。そうよね、店側が手間か……」
「手間だと思うよ俺は。特に小売業なんかだと、時間が命じゃん。たまーに来る英雄の為の入金が遅れるのって、微妙だなって」
「そしたら、それ陛下に申し上げてみない? 今のままだと、不便な政策のまま進んじゃうと思うよ?」
「そうだね。王様に言うなら、一度ヒューさんを通した方が良いかな、ここ数日会ってないし」
***
「それでこの爺の元に来られたのですな」
王宮の中、ヒューさんの部屋。公務室なのか私室なのかは未だに知らない。
「アリアの買い物には、わたし自身も肝を冷やしましたが、陛下からお怒りを賜る事も無く」
「ご、ごめんなさい」
「まぁそれは済んだ事だからヒューさん。英雄費の件。英雄費をさ、王宮に申し込んで支給、って、小さい店には特にマズいと思うんですよ」
「そうですなぁ。申請は基本店主の仕事になりますが、店主が忙しい店ほど資金繰りは日々の事でしょう。店主も店を空けづらい」
「俺が入り込むことで、『申請すれば支払われるけどそうしないと単なる紙切れ』ってのが積み重なっちゃって倒産、とか、ヤですよ俺」
「ふむ……この問題は、そもそも『英雄を何故王宮が独占するか』という事、そしてその方法、という2つの話になって参ります」
ヒューさんがんんっと喉を鳴らした。
「そもそも英雄費として王宮が支払い、英雄に金を持たせない。これには、政策的な意図がございます。これについては、お分かりですか?」
「英雄の、逃走防止?」
真っ先に浮かんだのはそれだった。王様からも、ローリスにいて欲しい、と言われた事もあった。
「それがまず第一です。
英雄費として一度に大きなお金を持たせれば、その金銭を持って他国へ行ってしまう危険性がございます。
英雄は、ある意味で国力すら左右する重要な存在。それを手元に確保するために、全ての金銭のルートを王宮を通す。そこに一定の合理性はございます」
合理性、か。まぁ確かに、ローリスに来たての俺だったら、その理由はしっかり機能するんだろうな。
「でもヒューさん、今の俺は、ローリスに家族がいて、仲間がいて、家まであります。今更俺がローリスを離れるって考える方が難しいのでは?
たとえば他国が俺を引き抜こうとしても、無制限の金銭や何人もの妾なんかより、今の自分の家族・仲間を取りますよ。
言い方を変えれば、ローリスは俺という英雄をがっちり手元に収める事に成功している。英雄費の初期的な機能は、寧ろもう機能不全では、と」
「なるほどそうかも知れませぬ。在野に屋敷を構え、自由に店舗を巡り、家族と仲間に恵まれた英雄。
ある種の家族関係が既にそこにある以上、王宮を介する意味があまりありませんな」
俺の意見に、ヒューさんは賛同してくれるようだ。
「では早速に、国王陛下に謁見を申し出ましょう。ローリスの事を考えて下さる英雄のことです、陛下もお喜びになられるでしょう」
? ヒューさんの言い回しがよく分からなかったが、取りあえず王様から大目玉喰らう筋は無いって事で安心しよう。
ヒューさんの後を付いて、廊下を歩いて行く。最初に出会った近衛兵に、謁見の意図をヒューさんが告げた。
ヒューさんが左に曲がる道で、その近衛兵さんは右へと駆けていった。相変わらず謁見の間行きのルートはマジカルだ。
因みに今日は、アリアさんも同道している。家族愛は、そこに家族がいなければ証明出来ない訳では無いが、いてくれた方が分かりやすいかと思ったまでの事だ。
ぐるぐる歩いて、最後に階段を上がって。今日は謁見の間が左に見える方向に上がった。ホント、どういう仕掛けなんだか。
「近衛兵。シューッヘ・ノガゥア子爵と、その第一夫人のアリア、及び後見人のヒューであるが、謁見のご許可は如何に」
「はっ! ワントガルド宰相閣下より、直ちにお入り頂くようにと仰せつかっております!」
「との事です、シューッヘ様。入りましょう」
扉に近付くと、近衛兵さんが扉を開けてくれた。
そう言えば、全然関係無い話だが、ドラゴンブーツの『飛翔』が効いていて、階段も上り坂も全然苦になんないのな。凄いぜっ!
俺が前に進む。アリアさんはヒューさんと共に脇へと控えた。
どし、どし、と低重心な音と共にワントガルド宰相閣下が入室される。
ジロッと見られたが、今日はお小言は無かった。
「ローリス国 第120代国王 ローリス・グランダキエ3世陛下のお出ましである。
一同、国王陛下に恭順を示し、もってお出迎えとなすべし」
いつもの言葉、いつもの姿勢。膝を折って、ぐっと前に頭を下げて待つ。
ザッ、ザッと音がし、それが止むとドサッと座り込む音がする。
「シューッヘ。それにヒュー。面を上げよ。それから、アリア・ウェーリタス、いや、アリア・ノガゥア。お前はそこじゃなくて、こっちだ」
陛下がアリアさんを見ながら手で指し示したのは、俺の横。どうやらアリアさんの座り位置はこっちだ、と仰せになりたい模様だ。
ヒューさんの顔色を伺ったアリアさんだったが、ヒューさんの頷きもあり、アリアさんはおずおずと俺の横に進んできた。
それでも、俺より半歩下がった所で、同じように身をかがめた。
「大方の内容はヒューから聞いておるが、一応念のため、本人の口から聞きたい。英雄費の扱いに存念があると聞いたが」
「存念、と言っても不平不満の類ではありません。つまり……」
俺はアリアさんと一緒に話した、小口現金の問題をした。
英雄費は、そこがクリア出来ない。小規模店舗ほど、負荷が掛かる。
「なるほど。此度の英雄は、随分と庶民寄りだの。それに、このローリスに家族も得た。
確かに英雄を留める為の費用としての英雄費、という括りは、現状と合うまい」
陛下がじっくり頷いているところ、ワントガルド宰相閣下が口を挟んだ。
「されど、英雄費勘定をどうされますか。単に廃止し、領地よりの産物を公平に取引したならば、この英雄に関して言えば、国庫金が空になりかねませんぞ?」
「ワントガルドの言いたい事は分かる。シューッヘに、領地で稼ごうと本気になって魔導水晶を掘り出されては、魔導水晶の価値崩壊を招くからな。ワシとしては……」
と、陛下が中空を眺める様にし、髭をちょっと触っている。
「英雄費の年の予算枠自体はそのままに、半分を現金で渡し、自由に使って良しとし、半分は王宮が一時的に預かる形にしてはどうか」
「それでしたら、過度な贅沢をしない限り、英雄本人も国も商業主も、八方丸く収まるかと存じます」
「では決まりだな。シューッヘには、今日の時点で一度英雄費を精算する。当然褒賞分は加算した額面でだ。その総額の半分を、今日明日中に支給する。それでどうだシューッヘ」
「半分……って、どの位のお金の量になるものなんですか? 元々が分かってないもので、すいませんおしえて頂ければ」
「ざっと大金貨換算で4000枚ほどか? あくまで概算だが。それが渡す分だ。気が早い話だが来年分は、また魔導水晶の1つも掘り出してくれれば、同じ規模を約束する」
大金貨で4000枚? 聞いたら聞いたで余計分からなくなってしまった。
陛下の、お優しくも凜々しい表情に、質問しづらい。
俺は斜め後ろのヒューさんに、大金貨4000枚について聞いてみる事にした。
「えーと……ヒューさん、大金貨で4000枚って、屋敷が何軒建ちますか?」
「屋敷ですか、あの屋敷を新造するとして……30軒程度は建つのではないでしょうか」
「うーん、な、なるほど?? そっか、30軒分で無くなっちゃうお金なのか。大事に使わないとな……」
聞いたが、30軒も建つの? 余計訳が分からない。
ただ、無限で無い事だけは理解出来た。30軒建てたら、枯渇する。
「まぁあの屋敷は、ミスリル屋敷を新造するとなれば相当な額が掛かろうからな。
中古の、普通の屋敷を買うなら、100軒は余裕で買えるぞ」
と王様。
うーーん、ますますもって、貨幣価値が分からない。
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