第66話 ドラゴンシリーズ、装備者整う ~別にドラゴンな特効がある訳では無い~
俺はアリアさんを呼んだ。何でも、マスターが是非見せたい『革小物』があるらしい。
パッと不織布のサイズから見るに、女性物のおしゃれリュックサック位の大きさだ。
「なになに? どうかした?」
「今マスターに、余り革で作ってもらった革小物見せてもらってたんだ」
「あ、そう言えば作ってくれるって言ってたわね」
「あー……良かったらマスター、もう1回初めから説明してもらえます? アリアさん向けに」
「構わねぇが、ホントにアンタ当主かよ。完全に奥さんの方が偉いじゃねえか」
随分と苦笑いをされたが、まぁ俺は別に構わない。アリアさんと小物の話を共有出来ればそれで良いんだ。
マスターが次々と小物を紹介していく。やっぱり最初の財布は、使う人ならではって感じで驚いていた。
実際にアリアさんは手に取って見ていたが……傷つかないってびっくりしている。敢えて爪でひっかいて。
これが牛革の財布とかだと、爪立てるだけですぐに傷が付くんだよな。それはそれで味っちゃ味なんだけど。
そして、俺の財布を見て、「小さっ!」と、俺と全く同じ反応をしていた。
ただマスターの説明を聞くと、俺よりも深くしっかり頷いていた。やはり貴族はお釣りをもらわないべきものなの?
「ペンケースは、アリアさん使いなよ。俺よりアリアさんの方が似合いそうな色だし」
「えっ?! 良いの? ワイバーンのペンケースだよ?」
「うん、大丈夫。俺も財布作ってもらえたし」
そんな事を言ってる間に、最後の1つの順番が回ってきた。リュックサックなサイズ感の不織布が外され、物が明らかになる。
色は、紫がかったワイバーンカラーそのままの、しっとりした革の感じのリュックだった。丁度タウンユース用みたいな、こぶりな感じだ。
「わぁ可愛い!」
「おー、これは良いね。アリアさん良かったね」
「あ……うん、でも……」
「あれ、どうしたの? 何か問題があったりした?」
「う、うーん……あのね、シューッヘ君」
アリアさんが下を向いてもじもじしながら言う。
「あたしとシューッヘ君は、靴もそうだし小物も持てたじゃない? けど、フェリクのが無いなって思って」
「あぁ、フェリクシアさんの物か。それは、作る時点でそもそも考えてなかったな」
「シューッヘ君の方針が、全員パーティーメンバーだって言うんだったら、フェリクにも何かあった方が良い様に思えて……」
「うーん……確かに、そうかも知れない。もしあげるとしたら、何をあげる? ペンケース? それとも、このリュック?」
「フェリクは空中に文字が書ける魔法も持ってるから、ペンケースがあっても仕方ない様に思えるわ。それだったら、このリュックサックの方が良いのかなぁって」
うーむ。このリュックを、フェリクシアさんに、か。
取りあえず手に取ってみる。軽い。それでいて丈夫そう。さすがワイバーン革。
少なくとも結構ガーリーな感じの小ぶりなリュックなので、俺が使うって線はない。そう言う意味では、俺以外なんだから誰でも良い、と言えば誰が使っても良い。
フェリクシアさんの事だから、買い物するにしても両手一杯買うだろう。その時に、背中にちょっと財布入れたりとか、そういうかばんがあると、便利かも知れない。
まぁ、アリアさん自身がそう願っているんだから、俺がとやかく言うまでも無いか。これはフェリクシアさんに渡そう。
「フェリクシアさーん、ちょっと良い?」
「ん? 何か呼んだか?」
店の入口辺りで靴とにらめっこしていたフェリクシアさんがこちらを向く。
手招きしてこちらに呼ぶと、ススッと音も立てずに寄ってきた。忍者か。
「フェリクシアさんに、このリュックサックをと思って」
と、俺は手に持っていたリュックサックをずいっとフェリクシアさんの目の前に押し出した。
当のフェリクシアさんは、少し後ろに下がったが、キョトンとしていた。
「これを屋敷に持ち帰れば良いのか?」
「いやいや、そうじゃなくて。これ、フェリクシアさんが使えば良いと思ってさ。アリアさんの発案なんだけどね」
「なっ、わ、私がか?! 私は、一介のメイドに過ぎないんだ、そんな、わ、ワイバーン革のリュックサックなど、そんな」
明らかに落ち着きがなくなっている。
ただ、嫌だとかそういう風では無さそうだ、メイドという肩書きが邪魔をしている感じ。
「繰り返しになるけど、フェリクシアさんは俺のパーティーメンバーだ。だから、メイドだからとか、そういう事で差別はしたくない」
「それは差別と言うより、立場に応じたものと言うか……」
「いや。俺としては、それは差別と変わらない。俺とアリアさんがドラゴン装備を手にして、フェリクシアさんが手にしないのは、差別だ」
「そ、そうなのか……?」
「俺は、そう思う。靴は作ってあげられなかったけれど、せめてこの、日常使いしやすそうなリュックサックを、使って欲しい」
更にグッと押し出して、フェリクシアさんに持たせてしまう。
持たされたフェリクシアさんは、目が俺とリュックとを往復して明らかに戸惑っている。
フェリクシアさんの戸惑いを余所に、アリアさんの方を見てみた。
アリアさんは、パチッとウィンクをする様に俺に視線を飛ばしてくれた。よくやった、みたいな感じである。嬉しい。
「これで小物は全員分ですよね?」
俺は店主に聞いた。
「ああ、残ったのは本当の端材で、革縫いの練習なんかに使ったりするくらいの極小さい物だ」
「ほっ? そこまで小さくなってもまだ使い道があるんですか」
「ワイバーンだからな。そこいらにある革だったら別にもっと大きい革でも練習出来るが、ワイバーンは使える所も多くて残り革が少ない。練習工にも扱わせてやりたいからな」
なるほど。ワイバーン、出回る商品じゃ無いから扱った事ない工房の人も一杯いる、ってことなんだな。
いやしっかし足取りが軽い。雲の上を跳ねている様な、ぴょんぴょんしちゃう歩き心地だ。
これで全力疾走とかしたら、俺も100m10秒切るか? ……いや、上半身が付いていかずに壮絶に転んで終わりか。
「あ、ワイバーンの事で忘れてた。フェリクシアさん靴決まった?」
「ああ、この靴なんて良いかと思うんだが、どうだろう」
「じゃそれは仕事靴ね。私用の靴は?」
「良いのか本当に……? もし私用に使う靴も買ってもらえるのであれば、これが……良いかな、と」
2足は随分テイストが違う。メイド業用途の靴は、黒革の先端が鋭い感じの紐の靴だ。
それに対してもう一足は、何というか雰囲気が緩い。色からして茶の革で、紐締めでも無い。
「サイズとかはこれで大丈夫? 見た感じ、こっちの茶色の方、大きそうだけど」
「仕事の靴はきつめの方が引き締まる。普段のサイズに合わせたのがこちらだ」
「おっとお嬢さんそりゃいけない選び方だ。幾ら気合いが入るからと言って、靴自体を小さいのを選別しちゃいけないぜ」
俺とフェリクシアさんの会話に、マスターが強引にカットインしてきた。
俺も確かにそう思う。きつい靴で気合いが入る、ってメンタルの部分と、足の指の関節がーとかのフィジカルな部分の負荷はまるで別の話だ。
「サイズ自体はこちらの茶革の靴に合わせて、ピッタリ感を出したいならインソールを入れた方が良い。しかも部分インソールがベターだろう」
「部分の? そんな上げ底があるのか?」
マスターの言う「インソール」と、フェリクシアさんの言う「上げ底」はきっとイコールな物を指しているんだろう。
「元々は足の状態が良くない人によく使う方法なんだが、足の甲とかかとだけとかな。ピッタリするんだが、指先への負荷は軽減されて良いんだ」
「そういう物なのか……旦那様、インソール代が余分に掛かってしまうが、それで良いか?」
「インソール代なんて気にしなくて良いし、必要だったら仕事用のは2足買っても良い。全然大丈夫だから必要量買って欲しい」
「……そうか、屋敷での仕事ばかり考えていたが、鉱山での仕事もあり得るか、ではお言葉に甘えて2足、同じ黒の物を、それとは別に茶の物を1足頂きたい」
「毎度。そうしたら、普段の仕事用に合わせるフィッティングを今からしよう、そこに掛けてくれ」
マスターが、俺も座った白いチェストなチェアにフェリクシアさんを誘導した。
「一度靴下を脱いでもらえるか?」
「靴下を? 構わないが……」
フェリクシアさんが靴下を脱いでつくねた。
裸足を、マスターがまじまじと見ている。
「やっぱりか。今までキツい靴を長く履いてたんだろうな、指の先端が少し曲がってきている」
「そ、そうなのか?」
「ああ。普通足の指ってのは、こう、この辺りはもっと真っ直ぐで、内側には向かないんだ。だがアンタのは、中指から小指まで、キツく内側に倒れているだろ?」
「これが、キツい靴の弊害、なのか」
「そうだよ。まだ深刻な程度ではないから、今のうちから指先に力の掛かりすぎない靴にして、指をケアしていこう」
それから、マスターが幾つかのインソール製品を持ってきて、それぞれ足に当てては返しと比べていた。
フェリクシアさんはマスターとも打ち解けた様で、足と靴の疑問を次々とマスターに投げていた。マスターもマスターで、戸惑う暇もなく瞬時に質問に答えている。
「となると、仕事履きではないからと緩い靴を、というのもまた問題なのか?」
「ああ。緩すぎて足がフリーになっちまうと、それはそれで足に掛かる負荷が増す。キツくはしない、という程度でサイズ合わせし直した方が良いな」
マスターがパッと立って、茶革ののサイズ違いを持ってすぐに戻ってくる。
足の横にパッと並べて、これだな、と一言。そして今までの候補はスッと後ろにやってしまう。
「インソールに関しては、一度計測用の魔法シートを挟んだ計測インソールを入れさせてくれ。これで1週間様子を見て、結果に合わせて適切なインソールを適切に切るから」
と、マスターがグレーの薄いインソールを靴に入れた。計測用ってだけあって、あまり飾り気のある物ではない。
フェリクシアさんはそれを履くと、トントンと2回つま先を合わせ、それからぴょんと跳ねた。
「どう? フェリクシアさんの運動っていうか活動に、支障は無さそう?」
「ああ、大丈夫そうだ。計測シートだけだと薄くて、緩く感じるんだが、一応元々のサイズがある程度あってるからか、すっぽ抜ける感じもない」
「じゃ、1週間後にフェリクシアさんはまた来ないとね。マスター、追加分のお会計もしたいんだけど」
「おう。英雄費で払うかい、それとも現金で払って行くかい?」
「お? この店も英雄費対応出来るようになったんだ」
「ああ。もうここいらの商店であれば、何処も英雄費で買えるぜ。アンタの顔やら特徴の人相書きと一緒に、告知が回ってたからな」
何その恥ずかしい告知。でもまあ、それで便利に買い物が出来るようになったのなら、それはそれで良いか。
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