第65話 フェリクシアさんは靴が決められない ~メイドさんとしての固定観念~
俺は新しい靴を履き、ぴょんぴょんと跳ねてみた。
面白い事に、跳ね上がり方が高まるのは靴の性能として理解出来る。着地がふわって。ふわって着地すんのよ。
着地の寸前にスピードが落ちて「ドスン」となるのを防ぐ感じで、ふわっと着地出来る。何このチート性能の靴。
アリアさんの靴の防汚性能も凄いし、アリアさんは履き心地に慣れるまで少し掛かりそうだけど、痛かったりはしないだろう。
何せこの革の伸び方が凄い。ちょっとしたゴム手袋位の伸び方をする。それでいて、硬さはしっかりあって丈夫そう。
何か当たったりしても大丈夫だと思える信頼。靴底は……木製の繊維の様な素材。インソール的なのは外革と同じ素材だと思う。徹底してるなぁ。
「あの、すみません、すみません……」
と、遠くに声が聞こえた気がした。
その声に素早く反応したのは店主だった。
「いけねぇ! 今日はレジに人がいねぇんだった、お客さんを待ちぼうけにしちまったぜ」
バタバタと応接室を出て駆けていった。
「アリアさん、どう? 靴の調子は」
「マスターにはちょっと注文付けたけど、ここまでフィットする靴は履いた事が無いわ。凄い」
「良かったぁ、サイズ感の問題ってその人の感覚だから、気に入らなかったのかなって心配になってた」
俺は胸をなで下ろした。アリアさんはクスッと笑う。
「そんな大げさだよー。それに、シューッヘ君とお揃いだもの。気に入らない訳がないよ!」
「そ、そう? えへへ」
思わず口元が緩んでしまう。
色違いで、ちょっとだけデザインも違う。アリアさんの靴の方が装飾部が多い感じ。
でも、誰が見てもお揃いの靴だって分かるデザイン。地球時代から考えれば、夢のようなリア充なお話しだ……
「あ、そう言えばフェリクは?」
「店頭の商品見るって言って、そのままだった」
「じゃさっきの遠くの声、フェリクじゃない? 行ってあげないと」
「そだね、急いで行こうか」
駆け出す、ふわりと身体が浮く、そのまま扉に激突する。うーん、慣れないうちはダッシュ禁止だなこの靴。
アリアさんは普通に歩いているから、靴自体ではなく俺の『飛翔』がよく効いているに違いない。
長距離とか砂地とか、悪路なんかをこの軽い足取りで歩けるとしたら、凄い楽で良い。けれど床を歩くには慣れがいる。
アリアさんが先に応接を出て行って、俺は少し慎重に歩きながらアリアさんの後ろを歩いて行く。
「メイドのお嬢さんは、そんな靴で良いのかい? 短期間で変えていくつもりかい?」
「いや、革は良いからこれ一足で2~3年は保たせようと思っているのだが」
「数年か……この革で数年、もし毎日履くようなら、革は色あせるわ傷は付くわであまり勧められないぞ」
「いやしかし、メイドの身であまり良い靴など履くのはどうかとな……」
アリアさんが柱の陰で止まって、フェリクシアさんと店主の会話を聞いていた。俺にも聞こえてくる。
相変わらず、フェリクシアさんは「メイドは安いもので良い」と思っているらしい。
俺は柱の陰から一歩進み出た。フェリクシアさんと目が合うと、フェリクシアさんはちょっとビクッとした。
「フェリクシアさん。安物買い禁止って言ったよ俺」
「い、いやしかし、メイドの靴など実用的であれば良いのであって、それ以上の装飾は……」
「装飾もあって良いし、良い革も使って良い。さっきも言ったけど、パーティーメンバーの間柄の俺たちに、変な落差を付けたくないんだよ」
まぁドラゴンブーツな俺とアリアさんな時点で、フェリクシアさんとは随分落差が付いているのは確かなんだが、取りあえず言ってみた。
「そうか……先ほども、子爵家のメイドがおかしな靴を履いていてはという話をしてもらったばかりだったな」
「そうそう。ん……そう言えば、メイドさんとして働く時以外の、私服ならぬ私靴は足りてる? そっちも痛んでない?」
「私の場合、仕事に使える靴をプライベートでも履くのが基本だ。いわゆるおしゃれの為の靴は無い」
「そりゃいけない。女性にとっては、そういうおしゃれこそ気持ちの余裕を生むし、女性同士話す時の話題にもなると思うんだけど、アリアさんどう思う?」
「えっ、あたし?! う、うーん……メイドさんとしての靴って、どうしても堅苦しい感じになりがちだから、柔らかいイメージのが一足あっても良いと思う」
アリアさんも俺の意見に同調してくれた。女性なんだから、とか、女性はこうあれ、みたいなのは古くさいが、仕事靴で全部済ませる、というのはさすがに違うと思う。
「も、もし……少しだけ贅沢を言えるのであれば、仕事用の靴はこの……ここからこのラインの物が良いかなと思っているんだが、どうだろう」
「見た感じは悪くないけれど、革が堅くない? これだと長時間履いてると足が痛くなりそう。マスター、どう?」
「そうだな、そのラインはどちらかと言うと『見せ靴』で、実用重視じゃない。メイドさんとしての見た目だけを考えるのならそれも悪くないが……」
マスターが少し考える様に顎に手をやる。髭を指先でくるくるしながら考えている様は、少しだけ可愛らしい。
「こちらのシリーズはどうだ? 色はぐっと抑えるとして、このラインであれば1日中ずっと履き続けていても、足の痛みはまず無いぜ」
フェリクシアさんの目が見開かれた。値段見てギョッとしてる、に一票。
ぱっと見でも分かる、さっきのよりも高級品だ。
値段差は確かに大きかった。倍ほどする。高級品ではある。
見るだけで高級品と分かる部分はあるが、俺は敢えてすっとぼけて聞いてみることにした。
「えーと、何が違うんです? あっちのと、これと」
俺の問いにも、マスターは丁寧に答えてくれる。
「使ってる革も違うし、革に合わせて縫製するから結局縫製の出来も違うんだ。メイドさんの仕事で細かく動くことを考えれば、せめてこの位の柔らかさの革はあって良いと思うぜ」
歯を見せてニカッと笑うマスター。プロとしての自信があるんだろうな、ブレが無い。
それじゃ俺も、そろそろブレブレなのは終えて決めていきますか。
「じゃフェリクシアさんの公用の靴はこのシリーズに決定。フェリクシアさん、アリアさんと相談して色決めてね」
「そ、そんな。かなり値段が……」
「安物禁止だよ。今だって俺の子爵家で一番働いている働き者さんなんだから、それ位の靴は履いてもらわないと。
それとアリアさん、フェリクシアさんの私物になる靴を1、2足見繕ってあげてくれる? 俺じゃそれに関してのセンスが無いから」
「分かったわ」
アリアさんも乗り気になってくれている様子だ。
「わ、私が贅沢をして良い物なのだろうか……」
一人未だに納得が行っていない感じのフェリクシアさんではあるが、一番働く人の靴が過剰に粗末では、働いてもらっていて申し訳ない。
メイドさんとしての靴、それから、フェリクシアさんという女性としての靴。今までは公私混同だったらしいので、そこは分けて良いと思う。
俺は一仕事終えた様な達成感を味わっていたが、ふと思い出した事があった。
「そう言えばマスター、余り革で小物、財布って話がありましたけど、2人分革を切って、まだ余りの革って出ました?」
「ああ、小物入れは靴本体ほど革の素の状態には拘らないからな、もちろんしっかり2人分の小物類を用意したぞ」
マスターがレジ台の下の取っ手を引くと、そこには白い不織布みたいな物に包まれた物が5つあった。
素早く白い手袋を装着すると、不織布から出して、財布を開いてみせてくれた。
「まずは、これが奥さん用の財布だ。一応将来を見越して、紙の貨幣が入るスペースも予備的に作っておいた」
パッと見、上品ながま口。色はワイバーンカラーそのままだ。
中を仕分ける敷居が幾つかあり、貨幣に合わせて分けて入れられる様になっている模様。
がま口というと「ダサい」という先入観があったんだが、ワイバーン革のぬるっとした一枚感がダサさを見事に打ち消している。
紙の貨幣をと言われた部分は、紙幣だったら半分に折って入れると丁度良さそうなポケットが付いていた。
「紙の、紙幣ですか? お金って全部金貨とか銀貨とかじゃないの?」
「今はまだ一部使える、程度だがな。おおどころだと、オーフェンでの大口商売になると、紙の貨幣が使える。他の国でも、この都市内部だけで使える、なんて紙幣を出してる所もある」
「へぇー、オーフェンって紙幣制度と混在なのか。余計ややこしそうだなぁ」
「まぁ紙幣が使えるのはあくまで大口取引の時だけだな。個人の金銭はやはり大陸共通貨幣としての金貨、銀貨などだ」
次に、と言いながら、マスターは今度は筒状に包まれた何かを開封していく。
「これはペンケースだ。ワイバーン革そのままの色も良いが、さすがにくどいかと思ってな、脱色して水色に染めた」
綺麗な水色のペンケースだ。ペンケースと言っても、何か仕組みがある様子は無く、筒状の革にジッパーが付いているだけだが。
「まぁペンケースはホントの端切れの部分だから、染色しないと多少粗が目立つってのも含めての染色だ。それから……」
と、引き続き不織布入りの何かを手に取る。今度は板状の物だ。
「これは筆記用のボードだな。上の部分がバネになっていて、紙を挟める仕様になっている。
実際使ってみると分かるもんなんだが、そこいらの下敷きとは全然違って、ペンが丁度良く沈むんだ。これは使ってみてのお楽しみだぜ?」
ほう、筆記用の板、か。地球だと100均でも扱いがありそうな、書類を上で挟んで留めて書く、下敷きボードみたいな。
ワイバーンの革って、靴の印象からするととにかく柔らかいってイメージが強いんだが、筆記ボードにしてペンが紙を破らないのか?
まぁ、マスターが随分と自信満々に言うところからすると、そういう事は無いのかも知れない。ちょっと期待しておこう。
「それから……こっちはアンタの財布だ」
「小さっ!」
ペンケースを更に小さくしたような、ジッパー付きの何か。財布なのか、これ。
手のひらにすっぽり収まりそうなサイズ感ではある。ワイバーンカラーなのは良いんだが。
「随分小型だろ? これで大金貨も入るんだぜ? アンタの場合、貴族様だから細かい釣り銭を貰わない立場だろうと考えて、払い切り対応の財布にした。
貨幣自体は、大金貨だけで揃えても20枚入る。ちょっと窮屈だがな。銀貨・金貨、それに銅貨なら、30枚入る。これだけあれば、アンタの買い物には十分だろう」
「おぉ、確かにそれだけ入るなら、カフェでスイーツ食べるとかには余裕だ」
「子爵様がカフェ巡りかよ。別に文句言う訳じゃねぇが、もうすっかり尻に敷かれてないか?」
「むぅ」
尻に敷かれているかいないかで、言えば、多分尻に敷かれている。
とは言え、それを堂々と認めるだけの度量というか勇気が、まだ俺には無い。
「最後はとびきりだぜ、是非奥さんと一緒に見てくれ」
と、床から不織布入りの何かを持ち上げて待っている。
俺はフェリクシアさんの靴選びをしているアリアさんに声を掛けて呼んだ。
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