第63話 魔法付与っ、魔法付与、まほ……えっちょっとそれ究極マズいんですけど。
「おっ?! あんた丁度良いタイミングで現れたなっ、すぐ中に上がってくれ、今からあんたの靴に魔法付与するところなんだ」
奥から現れたのは、前回案内から足型取りまでやってくれた大柄な男性だ。アリアさんからはマスターとも呼ばれていた。
名前は聞かなかったが、濃い顔付きの如何にも職人って感じな雰囲気。一度見たら忘れない。
「魔法付与。何か勉強になるかもな」
「付与師さんが来てるんですか?! やったー、珍しいところ見れちゃう!」
俺よりテンション高いなアリアさん。付与師、というようだが、魔法付与する人はよほど珍しいのだろう。
そう言えば最初にここに来た時にアリアさんが、マスターの魔法付与の値段金貨1枚、とした部分だけは、そのまま受け入れていた。
それだけ希少価値のある事をやってくれるんだろう、魔法付与と言うのは。
どういう魔法をどのように付与するのかは分からないが、俺も物に魔法をくっつけた事はないので、これは面白い体験になりそうだ。
「ほらほらボヤッとしてないで、早く奥まで来てくれ!」
「シューッヘ君、スリッパ!」
「は、はーい」
二人ともテンション高いなぁ。俺だけ乗り遅れてる感じが半端ない。
マスターとアリアさんの後を追うように進んでいく。先だっての応接間、足型を取った部屋へと駆け込んでいった。
俺も二人に続いて入ってみた。白いローブをまとった、高齢と思しき男性が、足を組んで座りお茶をすすっている。
年齢は……ヒューさんより上だろうな。完全に髪は真っ白だが、艶があり綺麗な白髪だ。
お茶を飲む仕草も上品と言うか……堂々としていて凜々しい。背筋も真っ直ぐだ。顔のシワさえ無ければ、若く見えたかも知れない。
「おや、こちらが今回の依頼人さんかね」
「そうです先生、丁度偶然、店に入ってきてくれまして」
「先生?」
付与師の先生、という事なんだろうか。俺が小首をかしげると、
「こちら、魔法付与の第一人者でいらっしゃる、エクサルシル侯爵閣下だ。閣下、こちらが今回の依頼人の」
「なるほどシューッヘ・ノガゥア子爵か。変わった物を注文するものだと思ったが、なるほどな」
「先生は、ノガゥア卿をご存じで?」
「直接の面識は無いがな」
どうも俺の事を知っているらしい。直接の面識は無い、と言っているので、噂とかで聞いたとかだろうか。
いずれにしても、先生と呼ばれる相手であるだけで無く、爵位も俺より上の侯爵閣下だ。失礼が無いようにしなければ。
「エクサルシル侯爵閣下、お、お初にお目にかかります。シューッヘ・ノガゥアと申します。この度は俺の」
「あぁ良い良い、そういう堅苦しいのは、要らん」
「はっ? あ、えーと……」
「屋敷がようやく売れたと思ったので買い手は一体どんな変わり者かと思ったら英雄職の持ち主だった。これだけ言えば、私が何故ノガゥア殿を聞き及んでおるか、分かろう」
「屋敷が……って、あの脱出ゲーム地下室な屋敷を組み上げた本人ですか?!」
「そうだよ。あの屋敷も頑として売れなくてなぁ。まぁ見てくれがあまりに悪かったというのもあるだろう、暑そうだろう?」
「まぁ、見た感じは暑そうでしか無いですね」
「入ってみたならば、どう感じた」
ニヤッとしたその瞳は、老齢である事を忘れさせる様な鋭さがあった。
「ま、魔導空調も含めて、凄いなの一言でした。女神様にお願いして、即購入出来る手はずまで打ってもらった程、気に入りました」
「女神様? あぁ、貴君は英雄職と言っても、異界から召喚された英雄か。階位は?」
「英雄の階位は、最近見ていないんですが、最初にオーフェンで鑑定? された時は、1だったようです」
「レベル1の英雄か。それは、オーフェンの短気王は嫌いそうな話だ」
と、エクサルシル侯爵が笑った。
いやまさかこんなところで屋敷の前の持ち主に出会う事になろうとは。
ん? ……待て、エクサルシル侯爵? その名は、アリアさんの……!
俺はアリアさんの後ろ姿をじっと見た。アリアさんが、父親の敵、だと思ってた人物、エクサルシル侯爵。
後ろ姿しか見えないアリアさんは、少し前のめりになる様な体勢。飛びかかる? もしそうしたとしてもおかしくない格好だ。
もしも、万が一今も、あの遺恨が続いていたとしたら。アリアさんは、エクサルシル侯爵に飛びかかって、殺そうとするかも知れない。
しかしこのご老体、間違いなく単なる老人じゃ無い。魔力の感じがあまりに静かすぎる。
付与師の先生、とまで言われているのに、魔力が漏れ出す様な感覚が一切無いのが、逆に不自然極まる。
もしアリアさんが飛びかかったとしても、下手をすればアリアさんの首が一瞬で刈られる。そんな未来しか見えてこない。
アリアさんは……
「あの、エクサルシル侯爵閣下」
アリアさんの声が、少しだけうわずっている。俺は飛びついてでもアリアさんを押さえに掛かるべきか? それとも、様子を見守るべきか?
「なんだねお嬢さん。いや、アリーシャと言ったか」
「!!」
アリアさんが仰け反る様に硬直した。アリーシャの名前は、俺ですら女神様から告知されて初めて知ったアリアさんの『古い名前』だ。
いきなりそれを指摘してのけると言う事は、エクサルシル侯爵はアリアさんと父親の事を、間違いなく知っていて、その上で言っている。
「わ、私の、名前を……」
「そりゃあなぁ。処刑官吏と警ら官吏の兼任として務めたのは3年程であったが、処刑官吏として私自ら極刑に処した者については、その家族も含め全て頭に入っておるさ」
「それじゃあ、お、お父さんを……何でお父さんが『偽物の頭領』だったって、見抜けなかったんですか!」
アリアさんが叫んだ。
飛びかかるつもりは無いようだが、その声がとても痛々しい。
心の底からの叫び、喉が掠れる様な、喉を絞る様な、叫び声。
「当時のブラッドルーツは、本当に厄介な組織であってな。その犯罪行為の数々もそうだが、組織の隠蔽が完璧でな」
エクサルシル侯爵は、その背をソファーにドカッと預けて、昔を思い出す様に目をつむり、遠くを見るような視線で語る。
「ブラッドルーツに、直接・間接で被害を受けた国民は、全国民の4割にも及ぶと、その様な推計が出ていた有様だった。
国王陛下……前王エテルノハルノ2世陛下から私は、警ら統括者として、ブラッドルーツ殲滅を何度も強く言われておった。だが、捜査官吏と協力してどう捜査をしても、まるきり組織の人物に辿り着けなかった。
一つ一つの事案が、明らかに誰かの手先によるものだと言うのは分かっても、その『誰か』に辿り着けぬ。
ようやくその『誰か』を捕まえてみると、その者もまた別の誰かの指示で動いている……殲滅捜査は、全く手詰まりであった。
そんな中、突然捜査部にもたらされたのが、ブラッドルーツの最高意志決定者が現れると言う集会の情報だった。
出所が怪しい情報ではあったので、私の配下になる警ら部は静観を主張したのだが、捜査部が独断で集会場とされた場所を急襲してな。
その結果として、何とか1名、指示を出す層と思われる者を捕らえる事に成功した」
息を飲んだ。
アリアさんを、俺は信じてるだけで良いのか。
この、アリアさんのお父さんの話題は、俺もあの時以来一切触れていない、タブーでしかない。
もし侯爵なんて相手に、街で突然魔法攻撃などしようものなら、間違いなく死罪だ。
かと言って、俺がアリアさんを信じずに今ここでアリアさんを力尽くで押さえ込めば、アリアさんの中には俺への遺恨が生じるだろう、信じてもらえなかった、と。
アリアさんを……俺は、信じる。
俺にはそれしか道は無い。アリアさんが、理性的・常識的に振る舞ってくれる事を、祈るしかない……!
俺の気持ちを余所に、エクサルシル侯爵はそのまま話し続けた。
「その1名は、他の構成員達を逃すのにかなりの大立ち回りをしてな。大した武装もしておらん捜査官吏たちでは、手も足も出なかった。言うまでも無くその大暴れしたのが、お前の父親だ。
その背中に担ぐ様な大剣を、魔法力で加速させて切り付けてくる強引な戦法に、命を落とすものが出なかったのが幸いと言った程で、軽傷者まで含めれば数十人の被害が生じた。
だがこの被害自体は、隠蔽された。捜査部が根拠の薄い情報を元に動いたと非難される事を避ける為にな。だが捜査部としても、無罪放免で逃すわけにも行かず、相当な尋問もした。
当時の捜査部を統括しておった現場の者に言わせれば、『知らぬ』のではなく、『知っておるが話さぬ』と。故に、ここは見せしめが必要だと、公開焼却刑を提案された。
処刑官吏として、最終決定の前に一度、本人に直接問い質した。確かに捜査部の言う様に、何かを知ってはいるようだった。そして、尋問があまりに苛烈で行き過ぎたものだった事も、実地に見てよく分かった。
その場にいた捜査部員に問うたさ。何故ここまで酷い尋問をしたのかと。色々言ってはおったが、仲間を酷くやられた事への反感、やり返し。出てきた言葉から分かったのはそれだけだ。
結局、この突入事件ではブラッドルーツの本丸に傷を付ける事さえ出来なかったが、確かに幹部程度にまでは迫れたのだろう。その年を境に、ブラッドルーツの活動は次第にローリスから離れた。
つまりだ。
確かにブラッドルーツの長は、お前の父親では無かった。
だが残念ながら、お前の父親は『ブラッドルーツを守る為に』戦った。それは国としては決して容認できぬ事だった。
ただ、焼却刑に処する事には私はあまり賛意を持っておらなんだが、焼却刑を選ばざるを得なかったのは国の都合だ。
通常の死罪では、拷問とも言える尋問の痕跡が、丸わかりになる。身体中の焼きゴテの跡が無残にただれ、恐らく生きる事も難しかっただろう。
そんなやり過ぎた尋問・拷問故だろうな、捜査部が強く焼却刑を主張し、私は反対し。その結果として結局、陛下御自身がご英断を下されたのだ」
ブラッドルーツ……アリアさんのお父さんが「守ろう」とした組織。
そりゃ悪党にだって悪党の理屈はある。仲間思い、と言えばそうなんだろう。
だが、国家として、それを許せる事はない。これも当たり前だ。
ただ、尋問の件は思い至らなかった。苛烈な尋問、焼きゴテの跡が『発露』するのを避ける為に、焼却刑か。
そこまで行ってしまうと、どっちが悪党なんだか正直分からない印象を持ってしまう。
この国で、拷問がどの位許容されるものなのか、それはこの国の決まり事次第なので地球感覚で物を言う事は出来ない。
ただ当事者のエクサルシル侯爵は、やり過ぎだった、と言っている様なものだ。
アリアさんは……あまりの深刻な話に、俺もちょこちょこ動く訳には到底行かないので相変わらず後ろ姿しか見えないが……
飛びかかろうとか、魔法を行使しようと言う感じは無いように思われる。アリアさんが理性を保ってくれて、本当に良かった……。
「エクサルシル侯爵。お父さんとは、何を話されましたか」
「まぁ、捜査官吏が聞いた事を念押しで聞いたのと、必要であれば毒薬もある、とは言ったな。よけいなお世話だったようだが」
「ど、毒薬?」
アリアさんが少し後ろに引く。突然の、父親への毒薬の勧めに面食らったのだろう。
「それ程に、本当に酷い尋問の跡だったのだよ。いっそ苦しまずに、一息で死んだ方がよほど楽ではと、そう思ったのだ。
だが貴殿の父君は、大した男だった。『俺がここで毒死すれば、俺は言いたい事すら言えずに死ぬ事になる』。そう言って、毒の瓶は受け取らなかった」
「それで焼却刑に……あたし、刑の魔導記録板を見ました」
「何? 刑の執行の魔導記録板は、国家2級の秘匿物のはずだが」
「ヒュー・ウェーリタス閣下が見せてくださいました。ヒューさんは、今は私の養親です」
「なんとまぁ、ヒュー閣下も身内には優しいものだな。まぁ国家2級の秘匿だから、権限がある者が手続きさえ取れば、見る事自体は何ら問題無いのだが……」
「焼却刑の最中にも、ずっと……炎の轟音で聞き取れない言葉も多かったですが、あたしたち家族の事を思ってくれていました、お父さんは……」
「私は当日は執行官として離れた位置におったから、執行を受ける者の言葉は聞けなんだが……そうか、最後まで家族を案じたか」
エクサルシル侯爵は目をゆっくり開くと、アリアさんの事をじっと見た。
そして唐突に言った。
「少し貴殿をマギ的に観察しても構わないか? 勿論痛い・苦しいと言う事は無い。多少衝撃はあるかも知れぬが」
「あたしを、マギ的に? 何を見ると言うんです。あたしの……復讐心でも見定めたいとでも?」
「復讐心は織り込み済みだからな、見る必要すら無い。闇魔法領域にはなるのだが、貴殿の父親の純粋マギ体はまだ存在するのではないかと思うのだ」
「純粋マギ体? な、なんですかそれ」
「霊魂、と同一と思ってもらっても構わないだろう。闇魔法を用いる事で、貴殿の父親の意志や意識を、霊魂を形作ってここに呼ぶ事が出来る。
但し生前の姿そのまま、というのは期待出来ない。死んでからかなり経っているからな。私が出来る罪滅ぼしと言えば、その位のものだ」
エクサルシル侯爵が少し肩を落とす様にして、軽い溜息を吐いた。
闇魔法で、死者を……蘇らせる、という訳でも無いようだ。生前の姿を期待出来ないとも……アリアさんは、その申し出を受けるのだろうか。
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