第62話 フェリクシアさん念願の魔導冷庫ゲット そのまま靴屋へ流れのまま行くと……
魔導冷庫の取扱店。というか、魔道具店。
照明などと一緒に魔導冷庫もあるので、家電量販店にしか見えない。
結局アリアさんも一緒に来る事になって、皆でこの大型魔道具店「オピフェクス」に来た。
しばらく店内をうろうろしていると、店の人が来た。店内だと言うのに大きな帽子――おとぎ話の魔法使いっぽい――を目深にかぶっている。
白いひげから老人男性だとは分かるが、帽子に隠れて表情は伺えない。
「今日はどのような物をお探しですかな」
「魔導冷庫を買い求めに来た」
「それはそれは、おめでとうございます」
フェリクシアさんは何となく対応している感じだが……おめでとうございます?
「ねぇフェリクシアさん、魔導冷庫におめでとうって?」
「前にも少し言ったが、新居には新しい魔導冷庫を、というのが定番だからな。新居の祝い言葉の様なものだ」
「なるほど?」
魔導冷庫を買うのは……婚礼家具みたいなものなのかも知れない。
「では、どの位の大きさの物をお探しでしょうか。また、一般のご家庭では無いようですが」
「子爵邸だ。ただ貴族街区の邸宅なので、そこまで巨大な物は必要ない」
「子爵様は……」
「こちらだ。我が主、シューッヘ・ノガゥア子爵」
「あ、ど、ども」
「ノガゥア子爵でございますか! お噂はかねがね。なんでもご婚礼もお決まりとか」
「は、はぁ」
早耳だなこの店主。どこでそういう情報仕入れてくるんだろう。
「こちらのお嬢様が、お相手様でいらっしゃいますか?」
「ええ、アリア・ノガゥア……さん」
「旦那様。奥方様を指すのに『さん』を付ける必要は無い」
「あぁそういうものなの? じゃ……こちらが妻のアリア・ノガゥアです」
「お初にお目にかかります」
アリアさんがちょっと膝を曲げて頭を下げる。
ドレスとかでやると格好いいんだろうが……アリアさんの姿はパンツ姿にラフなシャツである。
貴族っぽい挨拶の仕草が、あまり似合っていない。アリアさんの服も考えてあげないとな……
「おめでたいこと尽くめですな。良き事です。魔導冷庫は3番か4番辺りで宜しいですか」
「いや、魔導供給に問題が無い屋敷なので、可能ならば2番を考えている。さすがに2番程の規模の物は在庫が無いか?」
「いえ2番ですと、4種類ほどございます。いえ、4種類『しか無い』と言うべきでしょうなぁ」
んー? さっきから番号で呼んでいるが、大きさの単位なのかな。共通規格サイズみたいな。
「ねぇフェリクシアさん。2番ってどの位の大きさなの?」
「御案内致します、ノガゥア卿。どうぞこちらへ」
魔法使いのおじいさんが割って入って、案内してくれるというので後を付いていく。
通り道、地球で言う冷蔵庫というよりは、もっと昔の……氷を上に閉まって保冷する保冷庫みたいなのがたくさん置いてある。
「店員さんの事はなんと呼べば?」
「わたくしはヌメルスと申します」
「じゃヌメルスさん、このこれ、うちには小さいので買いませんけど、これって上に氷でも入れるんですか?」
「そうですな、氷を入れて使う事も出来ます。ただ、一般的には、魔導冷却機構を入れて冷やす場合が多いですな。氷ですと常に補充が必要ですし」
ふと。俺はフェリクシアさんを見た。何だか悩んでる? 眉を寄せて、口を尖らせて、何か考えているようだ。
「子爵様のお屋敷に合うのは、大抵、大型魔導冷庫の5番からでございまして、こちらですな」
「おー……確かにこれはそこそこ大きい」
日本で言う600リットルクラスの、5人家族とかその位の冷蔵庫級の大きさがある。
ただこれも、屋敷のキッチンのスペースから考えると、確かに小さいよな。
「で、2番と言うのは?」
「こちらです」
後を付いていくと、右手に業務用冷蔵庫みたいな『壁』が現れる。
取っ手は付いているものの、大きさが壁以外の何でも無い。
「これ、ですか?」
「はい、左様にございます」
でけぇ。この大きさ、分解とか出来るならともかく、屋敷の玄関通んないぞ?
「思い出した、ヌメルスの機械化魔導兵団の、団長か」
「ほっ? 懐かしい名前で呼んで下さる、あなたは?」
突然思い出したのだろう、それまでの考え事の顔が終わったフェリクシアさんが、大きく頷いている。
「私は今はノガゥア卿の邸宅でメイドをしているが、魔導兵科のアルファであった」
「なんと?! アルファにまで上り詰めた方が、一子爵家のメイドを?」
「それを言えばあなたもだろう。国家兵力の要とまで言われた機械化兵団の長」
な、なんだろう。軍事的な力の鼓舞みたいになってる。
場外乱闘でも発生しなきゃ良いが。
「まぁ私も、今はこのメイドの仕事が気に入っている。軍属に戻る気も無いしな」
「わたくしもです。機械化兵団は、統率が大変でしてな。もうあんな面倒は御免被りまする」
あらら、終戦か。
軍部トップレベルが出くわす度にこう言う会話になるのかな。ちょっとヒヤヒヤする。
「ところでフェリクシアさん、2番の魔導冷庫って、屋敷の玄関通るの?」
「あの規模だと、玄関は通さず直接設置場所に送る事が専らだな」
「直接送る? こう、転移魔法的な何かで?」
「そうだ。魔導冷庫の下に、魔法陣の端があるのが見えるか? あの魔法陣で、購入先に送るんだ」
「配置に微調整が必要であれば、現地にて採寸致しますが、いかがされますか」
「いや。この型式の2番程度であれば、強化魔法で持ち運べる」
「ノガゥア子爵は、大層ご立派なメイドを抱えておられますな。普通、魔導冷庫を担いで位置を変えようなどとするメイドはおりません」
「まぁ単に私の性格ががさつなだけだ」
がさつ……ってのとは、かなり違う気がするんだが、まぁ良いや。
「2番の選択肢は他にあるか?」
「そちら側の3台がそうでございます」
「天面が高いな。上部は冷却機構だとしても、それでも……冷却室の奥には手が届かない、か」
扉を開けて手を入れてるのだが、つま先立ちになってもなお、一番奥には手が届いていない。
「そうですなぁ。アルファ殿の背丈を基準としますと、選べるのは最初に御案内したものか、ひとつ小型になる3番を複数台置くか、でしょうな」
「別個のを複数台にすると、温度にばらつきが出るからな……やはり最初のか。旦那様」
呼ばれた。なんだろ。
「ほいほい、呼んだ?」
「ほいほいでは無くな……魔導冷庫を選んでもらおうと思っていたのだが、私の背の問題で1つしか選べない。申し訳ない」
「いやそれは全然構わないよ、使う人が使いやすい様に、さ。それにフェリクシアさんの背に合うなら、アリアさんも使えるだろうし」
「そうだな、それもそうか……では、最初に見たあの2番ので良いか?」
「うん、それで構わないよ」
「ありがとうございます。お送りします場所の準備が整い次第お知らせ下さい。すぐに送致致します」
「ねぇフェリクシアさん、因みに、送った先に物があったりすると、どうなるの?」
「ん? いわゆる魔導事故のよくあるものだな。送られた先の物が木っ端微塵に破壊される」
「こわっ」
「魔法の力は便利だが融通が利かないからな。その辺りは気をつけないと行けない。人を巻き込めば死亡事故だ」
ヌメルス老も頷いている。うっかり魔導事故とかも、きっとあるんだろう。
「では、準備が出来次第再度私が来るので頼んだ。旦那様はこれから行くところは?」
「靴屋さんかな。行こう行こうと思ってて、まだ行けていない」
「靴か。私も新調させてもらっても良いだろうか。最近水漏れして、まぁ滅多に無い雨天の時には、水が入ってくる」
「革の靴でそれって、寿命って言わない? フェリクシアさんの靴も買おう。俺とアリアさんは、受け取れれば受け取りたいし」
「では2番魔導冷庫のこちらは、磨き上げて配送の日をお待ちしております」
「うむ、頼んだヌメルス将軍」
「将軍はおやめください、今はしがない魔道具店の店主に過ぎませんので」
し、将軍?!
この人、そんなに偉い人だったのか。アルファなフェリクシアさんもそうだが、軍事的に凄い人が近いな。
***
靴屋の前に辿り着く。まだ2週間は経っていないと思うので、期待はしているが実際は期待薄でもある。
何かと言えば、フェリクシアさんの靴が良くない。見た感じ、上を覆う感じになっている革靴なのに水漏れする、というのは宜しくない。
本人はどうも「雨なんてたまにしか降らないから」みたいに思っているような節があるが、そう言う問題とは思えない。
と、言うわけで、今日は靴屋さんにドラゴンブーツ(勝手に命名)の仕上がりの確認と、フェリクシアさんの靴の購入だ。
「ごめんくださーい」
今日は以前と違って人が少なく、店のカウンターにも人はいなかった。
俺が声を出しても、中から槌の音は聞こえてくるんだが、誰か出てくる様子も無い。
「旦那様、私の靴をと言う事だが、予算はどの位を考えている?」
「予算? うーん、未だに貨幣価値がよく分かってなくて、金貨何枚、大銀貨何枚とか、どれ位でどの程度の商品になるのか想像が付かないんだ」
「そうか。旦那様の靴は因みにどの位だったのか? 差し支えなければ教えて欲しい」
「俺の靴は、アリアさんと対で頼んで、金貨3枚だったよ。余った皮で何か作ってもくれるらしい」
俺が言うや、フェリクシアさんは明らかにギョッとした顔をした。
「き……金貨を、3枚も? 2足分とは言え、靴の値段では無いな。確か"竜種の革"と聞かせてもらっているが……」
「うんそう! そこ大事だよねぇ、空の絶対王者ワイバーンの革なんだよっ!」
つい声が大きくなってしまう。いやだってワイバーンだよ? 地球に無い究極素材!
「ワイバーンか。なるほどそうなれば金貨3枚で2足なら良心的だな。
そうしたら、この靴店であれば、相応な物を選べば問題は無さそうだ。
幾つか見て、私に過ぎる物は避けて適宜購入させてもらうが、良いか?」
フェリクシアさんが少し可愛らしく小首をかしげる。言葉の硬さには現れない、ショッピングを楽しみにしている顔付きだ。
「フェリクシアさんも俺の仲間、パーティーメンバーなんだから、良い靴履いてよ? 安物禁止だからね」
「そ、そうか。靴など、足が保護できれば何でも良いと思うのだが……」
「んー、子爵家のメイドさんが安っぽい靴を履いていたら、その子爵はセコい人だと思われない?」
「はっ! それは、旦那様の評価を不当に下げてしまう……」
「そういう事もあるしさ。細かい事は言わないし、金貨3枚以下とかも言わないから、自由に選んでみてよ」
「金貨の単位の靴は、オーダーで無ければ無いと思うが……」
フェリクシアさんは何かぶつぶつ言いながら、店内のカウンターから離れた側の棚へと進んでいった。
これで、フェリクシアさんの寿命靴問題は解決するだろう。ここからは俺とアリアさんの話だ。
「すいませーん、誰かいませんかー」
声を店舗の奥に届くように少し張って呼んでみる。
すると、奥からドタドタと重量感のある足音が響いてきた。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
皆様からのフィードバックほどモチベーションが上がるものはございません。
どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




