第10話 結界に守られた若木へのオーバーキル。それにヒいてたら、俺のオーバーキルの方がよほど酷かった。
そこからの旅は、何だか楽しかった。
共々に死線をかいくぐって、連帯感の様なものが生まれた気がした。
ヒューさんの、俺に対する態度も、以前の異様な丁寧さから、大切な仲間を扱うかの様な雰囲気になった。
フライスさんは……どうにもマギ・エリクサーを使ったことが引っかかっているらしい。
そりゃ、国を買ってもまだ余る財宝みたいな薬だそうだからなぁ……得体の知れない異世界人に使ったのは、気分良くないかも知れない。
「どうされましたシューッヘ様。なんとも浮かない顔ですぞ?」
「そうですねぇ。もうすぐお国に……ローリスに着くとなると、マギ・エリクサーの件もありますし、少し居心地が」
「まぁそれは気になさらないで下さい。あの場所でも言いましたが、使うために積んであるのですから。あの場面で使わずに、シューッヘ様を死者の国へと見送ってしまったなら、わたしも後追いしてますよ」
はっはっと笑う。冗談抜きで後追いしそうに感じる。ちょっと怖い。
「それにしてもヒューさん、結界は本当に『絶対』でしたね。木が全然、ノーダメージで」
「左様ですな。ただ、あの木は残念ながら枯れますな」
「えっ?! 結界に問題でもありましたか」
「いえ。フレア・ポールの炎は、立ち上がると共に地面も焦がします。木の周り、概ね10レムの範囲を円形に焼いてますので、地表・地中の水分が消失しております。更に、火で堅く焼き締めてしまっておりますので、雨が降っても水に満ちないかと」
うーんさすが大魔法、環境破壊が甚だしい。
レムって単位は分からんが。大体メートル程度かな、速度のキロも似た感じだし。
あれ……でも、最弱のファイアーボールが戦術級になるって言ってたから……
「あのヒューさん。フレア・ポールって、普通はどの位の火柱が上がるものなんです?」
「そうですなぁ、初中級程度の魔導師が、なんとか頑張れば、人の背丈くらいは超えますな」
……うん、知ってた。大魔法じゃない。やっぱりヒューさんがとんでもなかった。
あの火柱は、天を焼くかと思う程高々と立ち上がっていた。若木っぽい立木に対して、明らかなオーバーキル。
「それにしても、俺もなぁ……はぁ……」
「いつになく気重なご様子で。ローリスは砂漠の国ゆえ、お身体が慣れるのに少し掛かるかとは思いますが、決して悪い国ではございませんぞ?」
「うーん……俺がちょっと考えちゃってるのは、俺の『英雄・第1階位』のことなんですよ」
「ほう。宜しければお聞かせ願えますか」
ヒューさんがソファーの座りをちょっと浅くして、俺に寄ってくれる。
やっぱり距離が近いと話がしやすい気持ちになって気楽だ。
「それは、もちろん。その……ヒューさんやフライスさんと接していると、俺まだ若いし何も出来ないのに、何だか自分が偉くなったように錯覚しちゃうんですよ」
「いやいや、偉いお立場は錯覚ではなく、事実ですぞ?」
「んーと、なんて言えば良いのかなぁ……俺、結局英雄って言っても、第1階位? じゃないですか」
「それは左様ですな」
「北方戦線? でしたっけ? そこでも役には立たない、と。となると、俺の英雄スキルって、何の意味があるのかなぁって」
俺がちょっと窓の外に目線をやりつつ言うと、静かに頷きつつ聞いてくれていたヒューさんは、
「シューッヘ様は、英雄の仕事というものをご存じですか」
「いいえ。俺の元いた世界に、そんなスキルも職業も無かったですから」
「英雄の職能に求められる人物像とその仕事は、端的に申し上げれば『容赦なき殺戮者』にございます」
突然の、そして思いもしなかった殺戮者という言葉に、俺の身体がズッと後ろに下がった様な錯覚を覚えた。
「今は北方三国連合軍が魔族とにらみ合い、膠着状態になっておる、ガルマの砦という要所がございます。
砦は既に北側、即ち魔族軍側は概ね破壊され、中央より少し押された辺りで、エルクレア国の結界師部隊がそれ以上の侵攻を阻んでおります。
エルクレアの結界師部隊は、数・質ともに大陸一と評されますが、それとていつまでもつものか……」
ヒューさんはいつの間にか腕組みし、眉をひそめた難しい表情になっていた。
「オーフェン国王が『英雄を召喚して事態を打開する』と通達して参りましたのは、決行のわずか2日前でございました。
明らかにオーフェンが手柄を全て総取りするつもりであろう、と、その様に受け取られても仕方の無い通告にございます。
されどオーフェン国は、《召喚は、全ての星が揃う時に行え》という、過去の偉大なる格言を無視したのです」
オーフェンの王様は、あんな感じの雰囲気だから、ヒューさんの言う言葉の信憑性は高い。
ただ、召喚の儀式の全容をまるで知らない俺からすると、そもそも召喚ってどうやるの? だし、当たり外れは無いの? とか、疑問だらけだ。
俺の理解が追いついていないうちにも、ヒューさんは話し続けた。
「召喚には、幾つかのキーになる道具がございます。煙と化してしまった『月明かりのアミュレット』の様な、神への供物を収める召喚宝具箱。
召喚術式を石の床に記す為に用いる、ミスリル粉末を混ぜ込んだ塗料。恐らくオーフェンは、ここにも不良材を混ぜていたかと思われます。
更に一番重要なのは、3つの『星読板』と呼ばれる、時を告げる魔道具です。『年月の星読板』、『日の星読板』、『針の星読板』の3つです。
召喚の儀は、成立する日時が、多少の幅はあるものの決まっています。時間外に儀式をしても、何も召喚できません。
それぞれの星読板は、西方3国がそれぞれ所有しています。オーフェンは年月の、エルクレアは日の、そしてローリスが針の星読板を。
恐らく、エルクレアはオーフェンに協力したのでしょう。召喚が成立しうるタイミングを日の単位でズラしたら、さすがに召喚は出来ませぬ。
されど、我が国へ星読板貸与の要請は無かった。もし針の星読板を使っていたならば、召喚は何時間も後ろにずれ込んで、シューッヘ様は
女神様から様々なご指導が受けられ、階位も上がった状態で御降臨されたのではないかと思います」
ヒューさんの、長く複雑な、国同士が絡む内容の話。色々よく分からない道具も出てきた。
けどそうだよな……転移の間で女神様は最初、時間は無制限にある、って言ってた。寧ろ話し相手が欲しい位のことを。
けれど、この世界を勧めるや否や、もう追い払うかの様に、転移の間を追い出されてしまった。
あの時女神様、「召喚されるタイミングが来た」って、かなり突然言ってた。たしか。
となると、本来であれば転移の間でもう少しトレーニングだったり色々な能力の授与があってから転移、というのが「普通」だったのかも知れない。
ヒューさんの表情を見るに、オーフェンがした召喚については、単にローリスが持つ星読板が無かったことだけが不満、という訳では無いように思える。
ただ、ヒューさんの不満云々はともかく、俺が第1階位でこの世界に転移した原因は、完全にオーフェン王にありそうだ。
あれ?
でもオーフェンが召喚の儀の日付をギリギリに伝えたのなら、なんで国宝の『月明かりのアミュレット』がオーフェンに?
「ヒューさん、月明かりのアミュレット、なんで儀式に間に合ったんです? 召喚の儀の告知、ギリギリだったんですよね」
「それは、三国による『宝物交換』という政治施策が関係致します。端的に申し上げれば、三国それぞれがそれぞれに、国宝級の物を預けております」
国宝の……交換所持?
意味が分からない。自国の宝を他国に預けては、安全とか保全とか、出来ないだろうに。
「……なんでそんな制度が? それに、ローリスの国宝は……」
「左様です、見るまでも無く焼けて消えました。今回の様な、最悪にけしからん使い方を、よもや行う国があるとは……」
ヒューさんが視線を落として首を左右に振る。
その腕組みと共に、ヒューさんの壮大なため息が漏れる。
「元々の発案は、より人の幸せを願って、の事でした。昔は三国の間で、政略結婚でもって平和的に国家間を治めた時代がありました。
しかし、これもやはり善し悪しで、幸せに他国で暮らせる女性ばかりでなく、不幸な女性も数多くおったと聞きます。
そこで、人の代わりにそれぞれの国の宝をお互い持てば、牽制になるのではないか。そう考えての施策が、この『宝物交換』にございます。
まだ制度の実施から20年ほどしか経っておりませんし、互いの宝は大切にするはず、という考えの基で作られた制度ですから、
今回のオーフェンの様に、勝手にその宝を何かに使う、などと言う事は、想定されておりませんでした」
あー……性善説でやらかされちゃったケースかぁ。悲惨だなぁ。
国宝を失って、得たのが俺。英雄、けど第1階位。レベル1。使い物には、多分ならない。
しかもヒューさんの言うには、英雄はただ英雄職であるだけで貴族になるらしい。
国の偉い人たちからすれば、そんな役に立たないのでも英雄だから貴族にしないといけないのは、気分が悪いかも知れない。
なんか俺がアピール出来ることってないのかなぁ……
少しでもこう、もうすぐ着くローリスの偉い人に、最低限「蔑まれない程度」の何かがあれば良いんだが……
旅の仲間を救いましたっ……て、そもそも旅の仲間を命の危機に晒した原因、俺だ。
誇れることがなんもない。
ほんと、これどうしよう。国に入って、どういう扱いされるんだろ。
と、馬車が急停止した。
続いて御者席のフライスさんが、突然大きな声を上げた。
「前方に、手配中の砂狼強盗団と思われる集団を確認、既に武器を掲げこちらへ来ます! いかが致しますか!」
「ほう、これはシューッヘ様の初陣にもってこいだな」
ヒューさんの言葉に、胸がドキッとした。かなり重い動悸だ。
「初陣って言う事は……」
「シューッヘ様。この世界は、未だ蛮族の蔓延る地域が至る所にある、決して平和ばかりでない世界です。地球という国では、聞く限り戦いや殺し合いはまず無い様でしたが、ここは違います。力無き者は、死ぬのみです」
「俺に……その強盗団の人間を、殺せ、と」
ヒューさんは黙って頷いた。
動悸がどんどん激しくなる。手も震えてくる。
「初めての殺しに、戸惑いと躊躇が大きく立ちはだかるのは誰も同じです。
わたしの初めての殺人は、死刑囚の死罪執行でした。鎖に繫がれても皆生きていて、悪態を吐いてくる者、命乞いをする者。色々おりましたが、全て首を刎ねました。
今でもその感触は、この手がハッキリと覚えております」
無理だって言いたい。
でも、この世界はそんなに優しくないんだ……地球は、いじめはあったけど、まだ平和だった……!
「シューッヘ様が出来なければ、我々が淡々と行うのみです。それでは彼らも浮かばれますまい。英雄様の『最初の』獲物になったとあれば、死者の国でも自慢の一つにもなりましょう」
「て……敵の、規模は」
「フライス」
「敵の規模はおよそ30! 主力武装は槍と剣、魔導師とおぼしき人物が2名! 弓兵が2名!」
「これはあまり近付かれると厄介でございますぞ? さあ、どうなさいますか。行けそうですか」
「俺の……殺り方は、お、俺が決める。それで、いいです、か」
「もちろんでございます。敵の攻撃は全て我らで阻みます故、攻撃にのみご専念下さい」
「……分かりました」
俺の主力攻撃方法は、光だ。魔法は未知だし、初級レベルしかもらっていない。
光だけは、自由に操作できると、女神様から言われている。
選んで殺さないといけないとなると難しいが、単に殲滅するだけなら。
「ヒューさん」
「なんでございましょう」
「今、俺が考えてる方法だと、その人たちが死ぬ瞬間は見られません。死に行く人を見すらせずに葬るのは、卑怯者でしょうか」
「いいえ。卑怯などではございません。力量の差を考えぬ愚か者が迎える末路に過ぎませぬ」
俺はぐっと頷いた。殺す覚悟を、しかも一番卑怯に、戦わずに殺す覚悟を決めた。
「出ます」
「ご武運を」
フライスさんが扉を開けてくれた。俺はたっと馬車から飛び出して、敵の方に向いた。
[光の球 リモート指示で発光 光量100キロワット 位置 「あの集団」の先頭から後方へ5メートル]
静かに口ずさむ様に唱える。唱えなくても出来るのは既に分かったが、唱えたい気分だった。
大声を上げながら駆けてくる集団の先頭はまだ遠い。それをぐっと見据えて、魔法をしっかり定義する。
既に光の球は、俺の遠隔起動でいつでも「発光・炸裂」する準備が出来た。
俺の結界は、外側からのものは全て防ぐ。しかし内側から魔法が行使できる。
だから俺は、結界の中から光の球を遠隔起動する。
最も凶悪で、一瞬で命を奪う「あの」光を用いることにした。
[絶対結界 周囲5メートル]
暗闇が周囲を閉ざす。
これからいよいよ、俺は……人殺しになる。
[光の球 波長変成 全波長をガンマ線領域に集約 3秒後に発火 持続3秒]
0
1
2
3
0
1
2
3
4。
……もう、済んでいるはずだ。
全て、もう……
地球時代の知識だが、メガワット規模の光量は、地対空レーザー兵器で使われる次元だ。
それよりかは、幾分弱くした。幾分、と言っても、まず間違いなく、完全に致死性の出力。
ただ、どの程度が『瞬間致死量』に十分か、俺も分からない。故にオーバーキル寄りには振ってある。
キロワットクラスの光が、放射線の中でも最も凶悪な性質を持つガンマ線として襲いかかった。
ガンマ線の光は、一瞬であらゆる物体を通り抜ける。鉄ですら1メートルも無ければ貫通する。鎧などまるで無意味だ。
ガンマ線は、DNAの二重らせんの両方をバラバラに切断し、細胞の再生能力を根絶し、死を招く。
いや、それはまだ弱い線量の話だな……
100キロワットともなれば、想定通りなら、神経細胞が瞬時に焼き切れ、即死する。
ふう……
俺は結界の中で息を吐いた。
俺の手は、見ず知らずの「強盗」たちの、血すら流させず命を奪った。人殺しの手。
もう、平和なだけの地球には、戻る資格すらも無い。
もう……
[結界 解除]
目の前が元通りに開ける。
遠くに、地面に斃れている人たちの姿が見えた。
「フライスさん、敵陣地の確認を」
俺は言って、そのまま馬車に乗り込んだ。
「……敵は全滅です! 生命反応を探知しません!」
「お見事です、シューッヘ様」
「えぇ、なんとか、やりきりました……」
俺の頭に、肩に、胃袋に。ズシッと鉛が乗っているように感じる。
ついさっきまで生きていて、俺たちを襲って殺してやろうとしてくる輩の、命が。
俺の頭に、肩に、胃袋に。奪った命が重さとして俺にのしかかってくる。
「シューッヘ様。苦しい選択を強いてしまい、申し訳ありません」
「いえ……」
「シューッヘ様、お一人で抱え込まぬようなさって下さいませ。この爺、話し位なら聞けますぞ」
俺の、話……人殺しの言葉……
「……俺、今……人を殺したんですよね」
「はい。ご立派に、手配の掛かった蛮族約30名を、一瞬にて殲滅なさいました」
「殲滅なんて! 単に、単に俺は、人をっ! 生きている、生きて行けている人を、無残にも!」
俺は泣いていた。いつの間にかだ。
泣くのを止めようとしても、涙が止まらない。
苦しい。俺が殺した。殺人者に生きる価値なんて
「シューッヘ様! この爺をご覧なさい!」
「は、はい……」
うつむいていた俺だが、ヒューさんの気迫に気圧されて前を向いた。
「この爺は、3つの大戦を潜り抜けて参りました。殺した数は、万を超えるやも知れませぬ。しかし貴方様は、この爺の命を救って下さった。殺人鬼の爺の、恩人にございます。
もしわたしが万を超える人を殺してきた殺戮者と知っていたならば、あの時、わたしを見殺しになさいましたか」
「……いえ……きっと、同じように助けたかったと、きっと、そう思います」
ヒューさんの目を見る。哀しそうな、切なそうな目をしている。
「命は……確かにシューッヘ様が思う様に、簡単に奪ったりすべきものではございません。
されど、時として、奪わねば奪われる。それが、この世界なのです。どうか御自身をお責めにならぬよう……」
「でも俺、生きてて、きっと家族もいて、そんな人たちの言い分も聞かずに、たった一発の魔法で……」
「それこそが、シューッヘ様のお優しさです」
俺は意味が全く分からなかった。
「シューッヘ様がもしも、残忍なお心の方であったなら。シューッヘ様の御力であれば、どれだけでも時間を掛けて、なぶり殺しになさった事でしょう。
しかしシューッヘ様は違った。わずか数秒で、彼ら全ての命を刈り取った。ここから見える範囲で見るに、皆何が起こったか分からぬ内に斃れたように見えます」
「多分、実際そうだと思います。目には見えない致死性の猛烈な光が、この辺り一帯に炸裂してるので……」
ヒューさんは、とても真剣な顔をして、何度も頷いている。
「俺は……女神様にも、許してもらえるのかなぁ……」
何となく、口を突いた。
「暁の光をもたらすと言われるサンタ=ペルナ様は、別名を『殺戮と破壊の女神』とも申されます……シューッヘ様の行いを、お褒めになる事はあっても、お叱りなど決してございますまい」
「そっか……女神様からしても、俺、殺戮兵器だったんだ……」
「まぁ、生きておれば良いことも悪いこともございます。今日の日のことは、決して忘れることは出来ないでしょう。
されど、いずれの日にか、この経験をしておいて良かったと思える日が、必ず参ります。サンタ=ペルナ様の御使者ともなれば、間違いなく」
はぁ……と、口からため息が漏れる。涙はいつの間にか止まっていた。
手を見る。何となく、握ったり開いたりしてみる。
何の変わりも無い。殺す前も、殺し終えた今も。
「気に……しなければ、いいんですかね」
誰にいうでも無い言葉。察してくれたのか、ヒューさんは黙って目を伏せていた。
「俺……頑張ります。この世界は厳しいですけど、ここに来た以上、それに、女神様がここに送ってくれた以上は……」
「全力をもって、このヒュー・ウェーリタス、英雄シューッヘ・ノガゥア様に、終生お仕え申し上げまする」
目の前で、ヒューさんが深々と頭を下げた。




