第1章 第1話 | 俺は、異世界転移の間とか言うところで、怪しい女神様に怪しいスキルをもらった。
俺。享年17歳。夕暮れ過ぎの学校帰りに、焦って道に踏み出したら、そこにダンプカーが突っ込んできて。
あまりにもありがちな交通事故で死んだ。
その死んだはずの俺は、いつのまにか、そして何故か、オフホワイトの雲みたいな上に立っている。
……ここどこ?
見た感じ、地獄ではなさそうだけど……
ダンプに吹き飛ばされて、最後に視野に入ったのは、猛スピードで迫り来る電柱だった。目は閉じて、死を覚悟した。
が、その電柱も、ここには無い。電柱に100%ぶつかるコースだったが、何故か当たった記憶は無い。
ダンプにぶつかった時点で、きっと俺の手足や頭も無事では無かっただろうに、痛みも無く、傷も無い。服の汚れすら、全く無い。
「あら、気付いた?」
後ろから唐突に女性の声が響いて、俺の口から変な声が漏れた。
まぬけな声のついでに振り抜いてみると、そこには銀髪に金色の瞳、白いワンピースの様なふわふわした服を着た女性がいた。
ワンピースのウエスト部分に金の少し太い紐が結ばれていて、それが雲のような床すれすれに揺れている。
腰より少し短いその銀髪も、柔らかそうにふわふわと揺れている。ニコッとしているが、何だか違和感を感じる。
「あ、えーと? 俺、あれ……?」
「まだ混乱してるみたいね、無理もないけど」
言うとその女性は、俺の困惑をよそにスタスタと俺の横をすり抜け進んでいくと、くるっと俺の正面でひるがえった。
その瞬間だ。
女性が全身からまばゆい光を放った。
視界は一瞬で真っ白に染まり、俺は思わず目をつむり顔を横に逸らした。
顔を横に逸らしたはず……だったのだが、再び目を開けた時、俺の視点は雲の床に固定されていた。
いつの間にか、何の自覚も無く、正座して土下座姿勢になっていた。
身体を上げ前を向こうとしても、背中が固定されているような、硬直しているような感じで身体が起こせない。
「こ、これは一体」
「あら、あなたこの場所初めてなのね。慣れれば、ただまぶしいだけよ」
女性の声だけが耳に届く。それから、パンパン、と2回手を叩いた音がすると、背中の硬直が急に解けた。
土下座姿勢のまま、顔を上げ前を向く。いつの間にか白い大理石の様な立派な椅子に、その女性は腰掛け足を組んでいた。
相変わらずまぶしいが、さっきの目がくらむ程の光ではなく、背景に強い照明がある程度の明るさになっていた。
「ここは転生の空間。時には転移の空間としても使うけれどね」
転生?! 転移?!
ひょっとして、これはこれで轢かれてラッキーって展開か?!
「あ、あなたは……女神様か何かですか」
俺は、内心の動揺を気取られないよう気をつけつつ、言葉少なく聞いてみた。
「そうよ。異世界転生と転移を司り、光の女神でもある、ペルナ。人族にはサンタ=ペルナと呼ばれることが多いわね」
「サンタ、ペルナ……様?」
「ペルナで良いわよ。サンタ、は敬称だから。この空間に来られたのも、縁あっての事だし」
クスッと女神サンタ=ペルナが笑顔になる。
笑顔なんだが……何故かこう、すんなり心に入ってこない。何か引っかかる笑顔に映る。
「ペルナ様、少し質問とか……時間はありますか」
俺がまず気になったのは、転移なり転生なりまでに許される時間だ。
読んだことのあるラノベでは、こういう空間に延々居続けられた作品は無い。
フィクションと『今の俺の現実』というノンフィクションを一緒にしてはいけないが、時間の限界があるならばそれに準じた方が良い。
「質問? 時間はあるかって、どういう意味かな?」
女神様がキョトンとした顔をして、小首をかしげる。
何だか知らないが、内心がざわざわする。
相手が神様っていう「異種」だからなのか、それとも何か別の理由があるのか、女神様の動きに何か裏がある気がして、素直に受け取れない自分がいる。
「時間は……その、転移とか転生先を決めたりするまでの、俺に残された猶予の時間、と言うか……」
「猶予? タイムリミット的な?」
「そう、そうです。あと何分以内にあれこれ決めないといけない、とか、何分過ぎたら強制転移だ、とか」
「無いよ? 人間界の『イデア』の写しには、何故かこういう場って時間制限付きよね、おかしなの」
イデア?
「イデア、分からない? 元々の物は全て上位世界にあって、地上にある物は全てそのコピーだって考え方。あれ? 哲学かも?」
言われれば、何かでイデア論、という単語で聞いた事はある。けれど、詳細は知らない。
ギリシャ哲学とか、もっと古い哲学かも知れない。それ位しか読んだことはない。
「とにかく、あなたのいた世界だと、こういう場面にタイムリミットは付き物だったのよね。でも、実際は時間制限とかないわよ?」
「それは、つまり……例えば、行き先はこういう所が良くて、こういうスキル付きで転移したいとか、すっごくじっくり時間掛けて話したりとか?」
「全然OK。むしろ、転移とか転生の偶然に出会える人って少ないから、私ってば暇してるのよね」
そう言うと、ペルナ様は立ち上がって、その場でくるっと一周し、
「ここに長くいてくれるのって、お互いWin-Winじゃない? 良い考えって思うけど、どう?」
と。
正直俺は困った。
「どう、と言われても……考える時間がとてもあるのは素敵かもですが、ありすぎるのも……」
「持て余しちゃう?」
「持て余す。うーん、そもそも何を選択できるのかすら分からないので……」
転移か転生は、出来るらしい。
けれど、小説の様に、女神様から特別なスキルの付与などあったりするのか、ないのか。
そして、転移なりしたとして、持ち物は持っていけるのか、言語は大丈夫なのか。
次から次へと頭の中に疑問符が浮かび上がり、段々頭が回らない状態になってくる。
「あら、ホントに困り切っちゃった顔してるわね。それじゃ、私からオススメでもしようかな」
そう言うと女神様は、くるっと向こうを向いて、中空に手をかざした。
するとそこに、ホログラフのスクリーンの様なものが浮かび、山と森の様子が映し出された。
「あなたに向きそうな候補の1つね、『エヴァルド王国』が主要大陸をしっかり押さえてて、治安も良好。どう?」
「どう、と言われても……例えば言語とかは」
「言語は、どの世界へ転移しても、女神の加護を付けてあげるから全く不自由しないわ。それこそ、同時通訳で一旗あげる、とかも出来るわよ」
「な、なるほど。言葉の心配はいらないんですね。じゃ飲み水とか……」
泡食いながら話す俺に、女神様が一歩詰め寄ってきた。
笑顔、なんだが……何かやはり怖い。
「ねぇあなた。地球にいた時、凄い心配性だって言われてなかった?」
「い、言われてました……石橋を叩いて、叩いたことを忘れ去って生きる男、なんて事も」
「変な異名ねぇ。まぁ良いわ。じゃ、あなたが望むエッセンスだけ教えて。そしたら、もっと良いマッチングが出来るかもだから」
うーん、と俺は腕組みして頭を巡らせてみることにした。
ようやくこの「転移の空間に女神様とやらがいる」という現実にも、慣れてきた。
異世界転移か転生か……だったら、転移が良いかな。
ゼロ歳からだと、ちょっと幼い時期がめんどそうだから、転移で。
エッセンス、か。魔法がある世界、やっぱ憧れるよなぁ。
もしゲームに例えるなら、俺のゲーミングスタイルは常に「遠距離必殺」。
使うのが魔法にしろ銃器にしろ、極遠距離狙撃の、純粋スナイパースタイル。
でも……実際に「死んだら死ぬ」世界で人生再挑戦出来るのならば、そもそも戦いが無いところとか?
戦いが無い……日本って、そんなとこだったな。その代わり、小さな小さな戦いで敗れ続けた俺は、万年いじめられてた。
それを考えれば、むしろ大きな戦いが外界にあって、そこでのし上がれる方が、楽しいかも知れない。
「ちょっと意識、読むね」
「えっ」
俺が驚いて目線を上げるや、女神様の目が青く光った。直視してしまった。
見てはいけないものを見てしまった気はしたが時既に遅く、女神様は「んーなるほどー」とか言ってる。
「今ので、お、俺の考えとか全部……?」
「うん。見せてもらったわ」
「プライバシー……」
崩れ落ちる様に言う俺に、女神様は追い打ちに言った。
「神々が本気出せば、24時間監視プラス内心を全部トレースするんだって簡単に出来ちゃうんだから、今更恥ずかしがったって」
そう言い、あはは、と楽しそうに笑っている。
……もしかして、いつから、見られてた?
「あーおもしろ。とにかくあなたの希望は大体分かったわ。それだと、もう少し未開地の方が良いわ」
また後ろを向いて、スクリーンに手をかざす。
今度映し出されたのは、砦、だろうか。但し、その周りを囲う塀が、片面だけ半壊している。
「ここ、今の最前線ね。魔族軍に押されて、北方連合軍はかなり追い詰められてるわ」
くるっとこちらを向いた女神様は、
「もし君が、この世界で活躍したい、またそうしてくれるんなら、転移の儀で英雄の初期スキルと全範囲の魔法初期値を入れておいてあげる。どう?」
と、ちょっとさっきより真剣そうな面持ちで言った。
全ての魔法と、中身不明だけれど「英雄」の、素質? かな? 悪い待遇では無いのかも知れない。
こういうのは勢いだよな……無限にいて良い『余白の空間』で、いつまでも決められない。
そういう優柔不断なところが、俺自身嫌だったんだ。
生まれ変われるんだ。
今、もう、生まれ変わろう!
「ペルナ様、俺この世界で、活躍したいです」
「本当に? この世界へ行ってくれるの?」
「はい。ただその……頂けるスキルとか、もう少し盛ってくれたら、もっと嬉しいと言うか……」
ちょっとごねてみた。というか全魔法の「初期値」ってのが怪しい。
1レベル上げるのに修行5年、とか言ったら、2桁レベルになる前にその世界で寿命になりそうだ。
また俺の目に青い視線が注がれる。あぁ、また読まれたんだな俺の意図を……
「そっか、そこ心配なのね。地球って魔法と、その成長の概念が無い世界からだから、無理もないか」
女神様が、手を皿のようにして掲げる。するとそこに、色とりどりの光の粒が渦を巻きながら集まってくる。
光の粒は一箇所に集まっていき……しばらくすると白いまばゆい光の玉が出来上がった。
「痛くないからねー、ちょっとそのままねー」
ん? なんか不穏な気配が……
ガツン!
と、俺の額に光の玉を叩き付けられた。いや普通に痛いんですけど……
「あっ、ごめんここまで簡単に入るって思ってなかった」
女神様に目をやると、ちょつとびっくりした様な感じに両手を口元に当てている。
どうにも、この女神様、いちいち行動が「何かうそくさい」。絶対裏がある。
でも、裏があっても。
これでクラスメイトへの恨みしか無かった17年におさらばして、新しい世界でその世界の「特別」になれるなら。
額をどつかれたのも、無遠慮に心を読んでくるプライバシーの無さも、全部許せるような気がしてきた。
「女神の特権で、転移前授与ってことで、私の領分になる光魔法を標準で、かつ一切代償無く使えるようにしたわ」
「代償? 魔法って代償がいるんですか?」
「代償って言っても、通常魔法の次元であれば、単に……あなたの世界で言えばMP? を対価に発動出来るわ」
「MPも俺の世界ではフィクションなんですけど……」
「そうね。少し感覚が摑めるまで時間掛かるかもしれないけど、素質は与えるから大丈夫」
ふと、女神様が視線を上に投げて、言った。
「あとは、今あげた無消費魔法の使い方かな。無制限・無尽蔵に使えるけど、
それってその世界の人からは『異常』だからね。扱いに気をつけて」
「はぁ。因みにどんな魔法が、その『無制限・無尽蔵』に使えるんですか?」
ここ重要だ。光で地面を掘る魔法ですとか言われたら、俺は鉱山で働くしか道が無くなる。
「光による絶対防御結界と、光の自由操作。この2つが自由に使えるわ」
言われてもピンとこない。光の自由操作って一体何?
結界は、俺を守るためかな。光の自由操作が……攻撃サイド?
でもなんでこの2つなんだろう。
女神様の属性とかからなのかな、聞いてみるか。
「因みにペルナ様、わざわざ1つではなくて2つがセットなのは、なにか理由があります?」
「あるわね。光って、目で見える光だけじゃないじゃない?」
「紫外線とか、X線とか?」
「そうそう。あなたの『自由操作』スキルを使うと、光の波長もその強さも、自由に出来る。しかも、対価はほぼゼロよ」
「自由って……でもある程度、上限はありますよね、太陽レベルでドカンっ、とかは、さすがに」
「それ出来ちゃうから怖いのよね。目の前に太陽と同じ波長の、宇宙放射線の塊の光を、突然出せる。けれど、光は敵味方を区別しないから、君自身も傷つく。その為の、絶対結界よ」
童謡じゃないが、手のひら「に」太陽を、みたいな? 摑んで投げつける的な?
それって、そのまんま熱核兵器では……
「そうね、地球のそれに近いかも。使い方を誤ると、巻き込まれる範囲が大きすぎるから気をつけて。一国壊滅とかね」
この女神さらっと言った!
それ「気をつけて」ってレベルじゃない絶対!
「じゃ、いよいよ君が召喚されるタイミングが来たからね、送り込むわ」
「えっ、ちょっ、スキルが異常にヤバすぎでは?!」
「うん、その位ヤバい世界だから、向かう先は」
「えええぇぇぇぇぇ?!!!!」
俺の叫び声がこだましたのを最後に、俺の視界は瞬時に暗転した。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなどなど、私に分かる形で教えて下さい。
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