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一目惚れとは言わせない! 友達以上恋人未満の彼が好きになったのは学園のアイドルではなく私でした

作者: 雨空りゅう

おしゃれに気を使う女子高生、水城明日香みずしろあすかは同じクラスの男子高校生、進藤夕也(しんどうゆうや)に片思いしていた。

友達以上恋人未満な関係をどうにかしようと考える毎日。ある夏の日、様子のおかしい夕也に声をかけるとどうやら彼はとある女子にフラれたらしく!?


 セミがけたたましく鳴く放課後。住人がほとんどいなくなった教室に二人の男女がいた。窓越しの空に湧き上がる入道雲を眺めながら下敷きで扇ぐ女子と机にうつ伏せになりつつ、局所的に湿度が高くなっているようなどんよりとした空気を醸し出す男子。

 

 帰りのHRから約十分、ピクリともしない親友に水城明日香はいい加減うんざりしていた。ただでさえ高温多湿で暑苦しい日だというのに後ろに辛気臭い男がいると午後の授業に身が入らなかった。


 この男、進藤夕也が落ち込んでいる理由を明日香はなんとなくだが察していた。夕也は良くも悪くも直情的で感情が表に出やすいタイプ。高校に入って二年の付き合いで夕也という人間の生態はあらかた把握していた。


「いい加減さぁ、泣くのやめなよ。男らしくない」


 明日香は自分に仰いでいた下敷きを早く起きろと夕也の頭に向かって扇ぐ。北風効果はあったようでそのまま突っ伏しながらくぐもった声を出す夕也。


「泣いてねぇし、男とか関係ないし」


 今まで死んだように黙っていた夕也がようやく反応したことで北風がもうひと吹き必要かと明日香は追撃する。


「じゃあその辛気臭いオーラ出すのやめて。こっちに移る」

「……フラれた人に言うセリフかよ。優しくないな」


 のそりと夕也は顔を上げた。この男には太陽ではなく北風が効くと自身の見立て通りに事が進んだ明日香は満足げな顔をした。今日のような真夏日に太陽は二つも必要ない。特に目の前の男には北風で十分である。


「あんたがいつまでも終わった恋を引きずるからでしょ。うっとおしいわー」


 明後日の方向を見ながら下敷きで自分の顔を扇ぐ明日香。なんてことない表情をしながら唇を少し噛む。自分の予想が当たったことで、夕也を理解できているという嬉しさ半分、この男は親友の自分に何の相談もなしに告ったのかと悲しさ半分の気持ちになった。


「友達なんだから優しくしてくれ。慰めるかご飯をおごってくれ」

「あんたの性格だと寝れば治るでしょ。しかもあたし今、金ないし」

 

 自分の気持ちを知らないで厚かましくタダ飯にありつこうとする夕也を明日香は突っぱねた。親友の一大事、奢るのはやぶさかではないが現実的に考えて明日香の懐事情では無理だった。


「先週バイトで金溜まったって言ってたじゃないか。全部使ったのか?」

「女はいろいろ入用ってやつ。あんたのおごりなら付き合ったげる」


 夕也は不思議そうな顔をして見上げる。明日香は肩にかかった自分の髪を撫でつつ、自身のお金の使い道を追及されたくなかったので冗談を交えて誤魔化した。ガサツな自分がおしゃれに気をつかっているなんて恥ずかしくて言えるわけがない。


「まあ、話聞いてくれるなら……」

「今聞くわよ。飯時にまで辛気臭さ持ってこられたくないし。今でさえ引きずりすぎなのに」


 冗談を真面目に受け取る夕也に慌てて明日香は話を聞こうとする。明日香にとってご飯を二人で食べに行くこと自体は嬉しい。だが、話を聞きながら食事をするのはごめんだった。いつものとりとめのない話ならいいが、今回の話をされると食事が喉を通らなくなりそうだから。


「……フラれてから数時間しか過ぎてないんだけど」


 顔だけ上げた状態から夕也は上半身を起こし座り直す。椅子が音をたてて軋む。


「あんたの落ち込み具合からして挽回のチャンスがないくらいのフラれ方したんでしょ? 違う?」


 明日香は下敷きを机の上に置いて自身の推測を述べる。昼休みから今にかけてのゾンビのような状態から色よい返事をもらえてないのは分かり切っていた。どうせならもう二度とその女子に告白できないフラれ方であってほしいとほんの少し悪い期待があった。


「…………タイプじゃないって言われた」


 中途半端な優しさが込められたフラれ方に明日香は振った女子に苛立った。その優しさを引っぺがしてその女子の本音を夕也にぶちまける。


「あー、それはご愁傷様。眼中にないってことオブラートに包んだだけ優しいわね。相手の女子は」

「……やっぱそういう意味だよなぁ。辛い」


 傷口に塩を塗られた夕也は俯いてしまう。


「オーラ三割増しにすんな。で誰に告った?」


 一番重要なことを明日香は尋ねる。良くも悪くも夕也は分かりやすい男である。明日香は自分がこの学校で進藤の一番の親友は自分であるという自負があった。

 

 それなのに今日に至るまで夕也に好きな女子がいるということすら把握できていなかった。夕也は感情的ではあるが惚れっぽいというわけではない。自分の知らない交友関係があるなら知らなければならない。あくまで親友として。


「いや俺が告白したこと知ってるなら誰か分かるだろ」


 夕也は首を傾げる。知っているかのように話す明日香に勘違いしている様子だった。


「知らないけど? あんたが午前中浮足立ってて、昼休み終わったらこの世の終わりみたいな顔してたからカマかけただけ」


 告白したことすら聞いてないと夕也の勘違いを明日香は正す。


「……そんなに分かりやすかった?」

「かなり分かりやすかった。で誰?」


 夕也の問いに同意する明日香。告白した相手を中々言わない夕也に明日香はじれったい気持ちになり答えを急かす。急かされた夕也は口ごもりながら意中の相手を言った。


「……2組の早瀬さん」


 夕也の答えに呼吸が止まる。会話に夢中で聞こえていなかったセミの鳴き声がいやに響く。外から流れ込んでくる蒸し暑い風がカーテンを押し出し二人を遮る。その人の名前だけは聞きたくなかった。


「水城?」


 黙りこんだ明日香を夕也は怪訝そうな目で見つめる。はっとした明日香は慌てて話を続けようとする。自分の声は震えていないだろうか、不自然に思われていないだろうか。


「まじ? それはフラれるわけだ。相手いるようなもんじゃない」

「でもまだ付き合ってない。なら告白してもいいだろ」

「けど十中八九フラれると分かってたんでしょ? 当たって砕けろの精神でいったわけ?」


 早瀬結衣。学校一の美少女。明日香と夕也の同級生で自身の美しさに鼻をかけることなく、学業やスポーツで優秀な成績を修める文武両道の持ち主。二年の夏までに学校の半数以上の男子が告白してすべて玉砕した。それでいて女子に反感を持たれていないのは津ケ谷宗助という少年を一途に慕い続けているからだ。

 

 目の前の少年は結衣に告白していない少数派の人間だった。それはもう過去の話になってしまったが。


「いや本気だったよ。本当に好きだったから指をくわえて見るなんてできなかった。相手に好きな人がいるからって身を引くのはしたくなかった。本気で付き合いたかったから自分の気持ちを精一杯伝えたよ。けどダメだった」


 落ち込むことはもうしないのかいつものように真面目な表情で夕也は心中を吐露する。明日香が思っている通り夕也は見た目で告白する軽薄な奴らとは違う。結衣の何かに惹かれたのだろう。自分は近くにいたのにそのことに気づきもしなかった。


 そんな自分に、八つ当たりとは分かってはいるが結衣とくっつこうとしない宗介にいら立ちが募る。結衣と宗介が恋人関係であれば目の前の少年は告白をして傷つくことはなかっただろうに。


「……あんたって行動力は一人前ね。早瀬もあんな優柔不断な奴のどこがいいんだか」


 明日香は思わず結衣の男の趣味に文句を言ってしまう。明日香の言葉に夕也は顔をしかめる。


「津ケ谷は良いやつだぞ。誰にでも優しいし」

「終わった恋とはいえ恋敵の肩を持つのってあんたらしいというかなんというか」


 今日フラれたばかりだというのに意中の相手の好きな人をかばう夕也に明日香は呆れながら笑う。フラれて辛いだろうにフッた相手とフラれた原因に悪感情を持たない、そのさっぱりとした性格だから傍にいたいんだと明日香は心の中で夕也を褒めちぎる。


「だっていいやつだぞ。ほんとに」

「はいはい。でいつから好きだったの?そんな素振りなかったでしょ」


 誰かは聞いた。次はいつ好きなったか明日香はそれが気になった。同学年とはいえ同じクラスではない。一年の時もそうだった。接点など宗介の知り合い程度のはずだ。


「昨日だ」


 一瞬、明日香は首をひねる。意味が飲み込めたとき自分でも驚くくらい冷たい声が出た。


「昨日!?……日曜日。休日に早瀬に会ったんだ……へぇ」

「いや会ってはいない。遠くから一目見ただけ」


 おかしな話だと明日香は釈然としなかった。二年もこの学校に通っているなら結衣の顔など知っていて当然だろうに。


「一目惚れ? でもあんた早瀬なんて隣のクラスじゃない。初対面じゃないでしょう?」

「そうだな。津ケ谷と喋っているときに何回か話したことはある」

「なのにどうして?」


 見た目を好きになったわけでもなく、ほんの少し遠くから見ていただけ。彼女は何をして目の前の少年の心を揺さぶったのだろうか。


「早瀬さんが人助けしてた。その姿を見てかっこいいと思ったんだ」

 

 夕也は明日香から視線を外して窓の外を見つめる。

 その時のことを思い浮かべているのか、進藤は綺麗なものを見るかのように目を細めて幸せそうに笑う。

 

 明日香の心が悲鳴を上げた。同じようなことをしてもやる人が違うだけでこうなるのかと目の前の現実を否定したくなる。叫んで心のドロドロを吐き出したい。そんな衝動に駆られそうになる。明日香は喉元にせり上がった苦痛のかたまりをむりやり飲み込んだ。


「へえ、見た目も良くて中身も良いとそうなるのね。羨ましい」


 感情が空っぽのセリフが教室の空気に溶ける。明日香は自分の心を出さないように我慢した。一かけらでも言葉に乗れば嫉妬している自分に気づかれてしまいそうで。


「別に見た目で好きになったわけじゃないって」


 何か勘違いしてないかと夕也は微妙そうな顔をした。勘違いなわけあるかと明日香は心の中で毒を吐く。結衣は同性の自分から見ても男性に好かれるのがよく分かった。


 濡れ羽色の長い髪、透明感のある白い肌、零れ落ちてしまいそうな二重の大きな瞳、雪の中に咲く椿のような唇。細い腰にすらりとした手足、男性の庇護欲をかきたてる小さな体。すべて明日香が持ち合わせていないものだった。明日香は結衣に嫉妬交じりの羨望の念を抱いていた。


 そんな彼女が良いことをすれば誰かが惚れる。リンゴを手から離せば落ちる、そんなことよりも確かなことだった。まさか目の前の男がその内の一人になるなんて明日香は思いもしなかった。


「しっかしよくわかったわね。早瀬が美人とはいえ遠目からだったんでしょう?」


 街中で知り合い程度の人間から見つけられるなんて美人はやはり違うなと嘆きそうになる。


「まぁな、制服姿にあの綺麗な黒髪ならこの学校の誰もが分かると思うぞ」


 夕也の物言いだと制服と黒髪だけで結衣と判断したように聞こえた。明日香は湧いた疑問を口にする。


「ん? 制服に黒髪って顔は見ていないわけ?」

「ああ、塾に行く途中だったんじゃないか? 泣いてる子供の面倒を見ててさ。後ろ姿だけしか見てない」


 明日香は夕也がとんでもない勘違いをしているかもしれないと思った。はやる気持ちを押さえてゆっくりと口を開く。


「…………もしかしてピンク色の服の女の子だった?」

「そうだけど、何で知ってるんだ?」


 穴があったら入りたい気分だった。


「……いや、その場にいたからさ、わたし」


 明日香は目を逸らしながらつぶやいた。悪気はなかったとはいえ無関係な結衣を巻き込んでしまった。自身の結衣になりたいという気持ちが仕出かしてしまった勘違いの連鎖に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「なんだ。いたなら声かけてくれればよかったのに」


 そうだ、たった一言でも良い。自分の心に正直になれば良かった。そうすれば誰も傷つかずに済んだのだ。


「そうね。声をかければ回り道しないで済んだのにね」


 明日香は立ち上がり、夕也の目を真っすぐ見つめる。


「どうしたんだ?水城」

「進藤、あたしね――」


 頬を撫でる暖かい風が少しだけ心地良かった。

読んで下さりありがとうございます!!

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