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<第7話>比翼の鳥Ⅲ

 昼休み――。

 藤堂、加賀美、後藤の三人は購買部のパンや手作り弁当を、教室で頬張りながら、インターネット上では既に炎上し始めている神奈川県三浦市の被害のことを話していた。


 当然、その話題を切り出したのは後藤である。


「あの神桜真綾が星獣を仕留め損ねるってのが信じられないが……これだけの被害が出ていると、どうしようもないな」


 神桜真綾は、今の日本で誰もが最強と認める戦乙女である。

 彼女は中学生で異能に目覚め、今日まで戦い、生き残ってきた歴戦の戦士である。

 その知名度は下手な政府要人や芸能人では比べものにもならない。


「俺が調べただけでも死者二八名、行方不明者四一名以上、全壊二一棟、半壊等は数知れず。酷いもんだな。見た感じ、星獣の死骸が落ちてきたようには見えないけど」


 藤堂は惣菜パンを囓りながら、スマホで映し出した記事の一部を読み上げた。

 SNS上では政府を非難する書き込みが目立ち始め、迎撃に出た神桜真綾に対する中傷も書き込まれている。


「神桜真綾さんはブリュンヒルデの座――つまり、ブリュンヒルデに分類カテゴライズされる戦乙女ワルキューレで最強の人よ。あの人が勝てないなら、誰が勝てるってのよ!」

「加賀美、なに向きになってんだよ」

「神桜真綾が最強とかの問題で無くて、今回のは政府の発表と食い違っているのが問題なんだ。星獣を発表通りに倒していれば被害なんて無いはずなんだ」

「それはそうだけど、あの人が倒し損ねるわけないでしょ」


 加賀美は怒りながらも、お手製の小さなおにぎりを口に運ぶ。食費を切り詰める為に、彼女は弁当を作って来ている。

 藤堂はぶつくさと文句を垂れ流す加賀美を脇目で見ながら、昨日ネットで見た神桜真綾の姿を思い出していた。


 日本歴代最強とまで言われる、美しすぎる黒髪の戦乙女。

 目を見張るような美貌と凜とした雰囲気。

 有無を言わせぬ実力と実績。

 あの容姿と佇まいなら、一部の者が女神のように誉めそやすのも分からないでもない。


「今日見たいな事件、実は他にもあるんだよ」

 少し勿体ぶった口調で後藤が言うが、加賀美は完全に無視して視線すら向けない。

 藤堂は仕方がないというように先を促した。


「それで?」

「二ヶ月前ぐらいからか、撃退されたのに被害がある地域が出始めているんだ。その頃は大した被害もなくて、ネットで少し画像が出回るだけで終わってんだけどな。それから不思議なことに、今日までに四人も戦乙女が死んでいるんだよ」

「訓練中の事故死や、実戦での戦死じゃないのかよ。戦乙女ワルキューレも死せる兵士たち《エインヘリヤル》も事故で死ぬことがあるって、親父も言ってたぜ」


 意図せずに零れた言葉で、藤堂は不意に思い出した。

 軍人だった父親と母親の笑顔。

 母と晩酌しながら少し酔っ払った親父が繰り返す言葉の数々――それらは二度と聞くことが出来ない。

 だが、感傷に浸りかけた頭を微かに振って現実へと戻る。


 後藤はそんな藤堂を気遣うことなく喋り続けた。


「事故死は事故死として発表されるし、戦死しても同じだ。戦乙女の生死はマスコミが常日頃ハイエナのように嗅ぎ回っている。それに加えて、俺のようなネットジャンキーから、アイドルオタクのような追っ掛けまでいるんだ。訓練中の候補生ならいざ知らず、正式に任命された戦乙女なら公表される」

「じゃあ、なんで死んだんだよ?」

「ガセネタっぽいんだが……四人とも殺されたって噂が出ているんだ」


 秘密の悪事でも共有するかのように、真剣な表情の後藤が小声で告げた。

 一瞬呆気に獲られたが、突拍子もない話題に藤堂は首を横に振った。


「後藤、それとこれがどういう関係があるんだ。フェイクニュースというか虚偽会見というか、まあ政府が嘘を吐いているんじゃないかという話しと、戦乙女が殺されているって話しがどこでどう通じているんだよ?」

「俺はこの二つの出来事が、どこかでリンクしているんじゃないかって疑っている」

「根拠は?」

「今のところは半ば勘、あとは断片情報。説明すると長いぞ」

「じゃあ、証拠が出てきたらもう一度話してくれ。お前の長いは本当に長いから今日は遠慮しておく」

「つれないな~。寂しいじゃねぇか」

「昼休みは貴重なんだよ」


 寝不足だから、少しでも昼寝したいだよ。と、藤堂は大きな欠伸を隠しもしなかった。


「後藤君、どうして殺人だと思ったの?」


 昼食が終わった加賀美が、弁当箱を片付けながら聞いた。彼女の視線は下に向いたままで、長い前髪に隠された表情は二人からは全く見えなかった。

 だが後藤は、加賀美が相槌を打ってくれたことでたがが外れたように喋り始めた。


「あるパパラッチがネットに一瞬だけ流した写真が、被害現場に駆けつけた救急車に運ばれる血まみれの少女が映したものだったんだ。後日、その戦乙女が特定されたわけだが、そんな写真が次々と出てきた。しかも、星獣の襲来もない日にだぜ。通常、戦乙女が任務中に死んだら遺族が拒否しない限り国葬になる。訓練中でも彼女たちは殉職扱いだ。彼女らが死んで国葬にしないのは基本、自殺しかない。だけど、よくよく考えてみろよ。普通、戦乙女に選ばれた人間が自殺するか? 地球ガイアから力を与えられて、超人的なことが出来て、超健康体になった上に老化現象まで抑えられて、みんなにちやほやされて、高給貰えて、星獣まで倒すことが出来るんだぜ。自殺する要因なんて普通ない」

「――後藤君、結構そういうこと詳しいんだね」


 一気呵成に続く後藤の言葉を、事も無げに断ち切る加賀美の一言。

 加賀美は視線を後藤に向けることはなかった。その手は弁当箱を鞄に収納している。


「個人の問題だとしたら――責任とかの重圧から逃げるための自殺……の可能性があると思うけど」


 加賀美の言葉は呟くような小声だったが、後藤は聞き逃したりしなかった。


「首吊りや投身だったら、そう思う。だけど、俺が見た写真はとてもじゃないがそう思えない。掛けた毛布に染みるほどの血が流れている投身なら、遺体は原型を留めているとは思えない。だけど、あの写真のは身体の輪郭がしっかり見えた」

「見かけによらず、結構細かいところまで見てるんだね」


 ガセっぽいなどと言っていたが、後藤自身は微塵もそう思っていないだろう。


「加賀美、藤堂、俺もう限界だから、これ以上は別の場所でやってくれ。寝る」


 真剣味を増す加賀美と後藤の会話に、藤堂が欠伸と共に割り込むと二人は肩を竦めて会話を切り上げた。


 昼休みが終わる予鈴が鳴るまで、藤堂は意識を失ったように寝た。


 彼はその間、夢は見なかった。


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