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<第6話>比翼の鳥Ⅱ

 七月八日午前一〇時四五分――。

 紅い翼のワルキューレに出会った、次の日。


 藤堂虎次郎はいつも通りに高校に通っていた。

 両親が死んでも続けるルーチンワーク。

 無意味なことじゃない。

 本当は意味がある。

 だけど、今それを感じることはない。

 来年には卒業するが、大学に進学するという選択肢は彼の中から消えていた。


 気怠い一限目が終わり、休憩時間に入ると後席の女子が声を掛けた。


「おはよう、トラ君。よく眠れた?」

「……うぃす、おはよ。ふああ~~っ。よく寝れたよ」


 特大の欠伸を隠しもしない藤堂に、長い前髪で目元を隠した地味な少女はくすくすと笑った。


「先生、呆れて声も掛けなかったよ。寝不足? ネトゲのしすぎじゃない?」

「お前だってゲームが止まらなくなるときあるだろ」


 少年は寝不足の理由を誤魔化した。本当は、徐々に湧いてきた興奮で寝れなくなってしまっただけだ。

 少女は三つ編みにした黒髪の毛先をいじりながら苦笑いを浮かべた。


「私も偶にはするけど、流石に一限目からは寝ないよ」

「今度、加賀美が寝ていたら悪戯してやる」

「そのチャンスは永遠に来ないかな」


 前髪の奥で光る少女の瞳は楽しそうに笑っていた。


「もう、この学校には慣れたか?」

「慣れたかな。私、元々進んで友人を作るタイプじゃないから」


 今年の春に転校してきた少女――加賀美冴子は素っ気なかった。

 それが虚勢でないことを藤堂はよく知っていた。

 彼女は読書好きでゲーム好きな、俗に言う陰キャな性格だった。彼女は一人が苦で はないし、本――主に漫画本とゲーム、アニメさえあれば、どうでもいいような性格。

 それでいて地味な雰囲気とは裏腹に肉体的にはなかなかのボリュームがあるので、一部の男子からは注目されていた。


「それなら良かった」

「トラ君の方はどう? ひとり暮らしはもう慣れた?」

「ボチボチと……アドバイスは役に立っているよ」


 一見、無神経かと思われるような台詞だが反感はない。

 加賀美も藤堂と同じ境遇で、両親を星獣に殺されていた。


「なら、良かった。お金は有限だしね」

「家計簿は付けてないけどな」

「付けなさいよ」

 的を得た正論に反論など早々出来るはずもなく、藤堂は応えに窮した。


「で、本当は何が理由なのよ? 寝不足の原因はなに?」

 少しばかりやり込めたので満足したのか、加賀美は口元を少し綻ばせて訊いてきた。

 僅かばかりの躊躇いの後、藤堂は正直に話し出した。


「昨日、初めて本物の戦乙女ワルキューレを見た所為かな……戦乙女ワルキューレが出てくる夢を見たんだ」

「――え……だ、誰、誰を見たの? 昨日だと迎撃に出撃したブリュンヒルデの神桜さん? それとも遊撃専門のラーズグリースの敷波さん? 他には誰がいるかな……」

「相変わらず雑学関係はやけに詳しいな、お前。あの女性ひとは、あれ……そう言えば、誰だろう? ネットとかで見たことのない戦乙女だったな」

「あのさ……本当に戦乙女ワルキューレだったの? 実は見間違い? 白昼夢?」

「見かけによらず、失礼なことをペラペラと早口で言いやがって……思いっ切り、俺のことを疑ってるな、この野郎。いや、この女郎。戦乙女であることは間違いない。俺の目の前で磁翼を生やして飛んでいった。あの風圧を予告もなしに受けるとマジにビビるね」

「羽の色は何色だったの?」

「赤色だった。赤、それも夕焼けのような綺麗な赤だったな」


 そう答えた直後、二人の会話に割って入る者が表れた。


「藤堂! 今朝の『世界樹のまとめ』の最新記事を見たか!?」


 二人の間に、文字通り前のめりで首を突っ込んできた同級生――後藤賢治に、加賀美は盛大に顔を顰めた。

 残念なことに、彼女のそれは長い前髪に隠されてほとんど周囲に伝わらないが、正面にいる藤堂には充分すぎるほど伝わった。


「いや、見てないよ。後藤、それよりもいきなり首を突っ込んでくるなよ。目の前に野郎の顔を出されても嬉しくねーよ」


 後藤という名の藤堂と加賀美の悪友は、その程度の苦情を真摯に受け取るような性格をしていなかった。


「おいおい、照れるなよ。俺にキスでもしたくなったか?」

「今の流れから、どうしてそういう言葉が出てくるんだよ!? 死ねよ、ボケ!」


 ここら辺の後藤との遣り取りはいつものボケと突っ込みなので藤堂は気にしていないが、加賀美はドン引きというかゴミでも見下ろすような半眼ジト目になっていた。


「まったく、寂しい奴だぜ。そんなことより、今日のネタはスゲーぞ!」

「だから、何が?」

「後藤君、少しうるさい」


 二人からの苦情も意に介さず、興奮した口調で後藤は続けた。


「ブリュンヒルデでトップの神桜真綾が、星獣を仕留め損なった」

「はあ? 何だ、それ?」と零す藤堂。

「――本当の話しなの? ガセネタだったら許さないわよ」

 不穏な雰囲気さえ滲ませて、加賀美が呟く。


「政府発表だと迎撃任務成功で星獣は殲滅。周辺地域に被害なしだろ?」


 藤堂が今朝目を覚めた時、布団の上でスマホで見た記事にはそう書かれていた。


「いや、マジマジ! そうとしか思えない状況でよ、これ! これ見てくれよ!」


 後藤は自分のスマホで数枚の画像を見せた。

 写真は全て早朝に撮影されたらしいものだったが、それらは――。


 辺り一面、焼け落ちた無数の民家とその周辺の田畑。

 隕石でも落ちたかのように崩れ去った漁港と、ひっくり返って散らばった無数の漁船の残骸。

 燃えさかる住居に消火活動を続ける消防。

 救急車を通すために交通整理に当たる警察。

 人命救助のために瓦礫を退ける日本陸軍。

 急患が運び込まれた病院のロビー。

 そこはさながら野戦病院のように見えた。


「……これ、フェイクじゃないの?」

 青ざめた顔色の加賀美が画像を指差した。髪で顔色はほとんど見えない彼女だが、それでも悪いと分かるほど酷かった。


「いや、フェイクじゃない。同じ場所でアングルが違う画像が何枚も上がっているし、発信者数名の履歴も確認した。今までの投稿歴で、デマを撒き散らす奴はいなかった。これは、ほぼ間違いなく現実だ」

 さっきまでとは打って変わり、後藤は真面目な口調で言い切った。


「お前がそこまで言い切るなら、それは確かなんだろうな」

 藤堂は画像を食い入るように見ながらそう言った。

 彼はこの手のことを調べ上げる時の、悪友の手腕を信用していた。


 後藤は脈絡もなく変なことを言う奴だが、物事を調べるということに関してはずば抜けていた。喋る口調や内容とは裏腹に、外見は黙ってさえいれば、比較的まともな風貌で運動も得意で体格も良い。学業もそこそこ悪くはないのだが、我が道を征くという性格のためか、友人は少なかった。


「だったら、これはどこの写真なの?」

 沈んだ声音で聞く加賀美に、後藤は平坦な口調で答えた。


「写真は全部、神奈川県三浦市。画像が出回り始めたのは今朝……四時過ぎだな。破壊された港は三浦漁港。映っているのは陸軍の三一連隊。病院は横須賀病院。それ以上、細かいことは分からない」

 三浦市という地名に聞き覚えがあった。


「昨日の避難地域……だよな」

「その通り。だから、仕留め損なった。って言っている」

「もしかして、別の星獣の可能性もあるんじゃないか」

「ああ、確率的には無いとは言えない。だが、政府の星獣関係の注意報やら警報は、確認した限りでは昨日の夜に出たのが最新だ。第一、駆逐出来ていないときはまだ注意報は解除しないのに、今朝の四時には全地域で注意報は解除されている」

「昨日の戦いでの被害とかじゃないのか?」

「政府は昨日、地上の被害ゼロ。洋上で迎撃出来た。って、記者会見で言い切っている」

「じゃあ――」


 お互いにスマホで更なる情報を求めて検索を始めようとした時、狙い済ましたように休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「おっと、いけねぇ。この話は昼休みにでも話そうか」

「分かった」

「……」


 次の休み時間、藤堂と加賀美がニュースサイトを検索すると、後藤が言っていたことは徐々にインターネット上で拡散されていった。


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