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<第3話>戦乙女のいない死せる兵士Ⅲ

 加賀美の視線の遙か先では、貨物扉を開いたままのC2中型輸送機一機と、それを取り囲む巨大な紅い梵字を刻まれた四機のF15J改二戦闘機が編隊フォーメーションを組んだまま旋回中だった。


 そして、輸送機後方の貨物扉上に設置された射座には、巨大な対物狙撃銃を伏せ撃ちで構える一人の青年。


 彼女がそれを視認するのとイヤーカフ型無線機から聞き慣れた声がするのは、ほぼ同時だった。


『――視線にて穿て、我が弾丸』


 青い空に放たれた弾丸が、血のような赤い軌跡を残しながら星獣へ飛ぶ。


 ――当たった。


 見ていた戦乙女と死せる兵士たちの誰もがそう確信した瞬間――。

 赤黒い弾丸は不可視の壁に激突し、虹色の光を激しく放ちながら砕け散る。


 だが、それに一番驚いたのは戦乙女ではなく、山のような巨体を持つ星獣の方だった。

 星獣は怯えたように――複眼で脅威を認識しながらも――蜻蛉のような頭を急旋回中の輸送機に向けた。


『――殺意にて貫け、我が魔弾』


 射手の言葉が再び響く。

 元より一撃で決まるような戦いでも相手でもない。

 淀むことなく引き金を素早く二回引き、二発の赤黒い弾丸が禍々しい軌跡を残して飛ぶ。


 通常弾の数倍にも及ぶ速度で撃ち出された弾丸。

 それは先ほどの障壁を容易く貫き、星獣はそれを予期していたように身をくねらせたが――。


 星獣の尾を掠めた一発が、その部位を瞬時に消滅させた。

 信じがたい事象と耐え難き苦痛に、星獣は身の毛もよだつ金切り声を上げる。


 その直後、輸送機という見た目を完全に裏切る機動性で、急旋回急降下による緊急回避行動に入るC2中型輸送機。

 激しい機動で、先ほどの狙撃手は射座から放り出された。


『――トラ君! 何で来たの!?』


 黒ずくめ戦闘服を着込んだ、少し細身の死せる兵士(エインヘリヤル)――藤堂寅次郎に、無線機から響く加賀美冴子の問いに応える余裕などない。


 ジェットコースターさながらに螺旋状に急下降するC2輸送機。

 その至近距離を星獣が放った巨大な棘が掠めた。

 擬似的な無重力状態の機内で翻弄される藤堂。

 機外に放り出されていないのは、命綱が彼と機体を結んでいるからだ。


 天地がひっくり返る青年の視界の片隅で、三人の屈強な男たちが動く。

 彼らは回転する機内の壁や床を器用に飛び跳ねながら――まるで忍者のように青年に近づき、即座に床にある射座へと力尽くで押さえ込んだ。

 酸素マスクとバイザー付きのヘルメットを身に付け、迷彩柄の戦闘服を着込んだ彼らの素顔は見えない。


 だが、藤堂寅次郎と彼らの間には、確たる信頼と連携があった。


 Gに耐えながら巨大な50口径対物ライフルを構えようとする青年を、彼らは完璧に支援した。

 斜めに旋回する機体から藤堂が浮かないように押さえ付け、銃を押さえ、弾倉も交換。

 まるでレースのピットクルーのように作業し終えると、彼らの一人が青年の肩を強く叩く。


 それを合図に、藤堂寅次郎は敵を肉眼で見た。

 冷気が肌を突き刺す痛みに耐えながら獣のような目を細める。


 星獣の巨体が照準器と重なった瞬間――二十代前半にしか見えない青年は、再び異能を発動させた。


「――殺意にて貫け、我が魔弾」


 呟きとともに連射。

 銃口から吐き出された五発の赤黒い弾丸。

 一秒ほど飛んだそれが星獣の障壁に着弾すると、不可視だったそれを虹色に閃かせ、甲高い金属音と共にガラスのように砕け散った。


 蜻蛉頭の星獣は山のような巨体を器用にくねらせながら避けるが、最後の一発が羽を掠めると巨大な穴を開けて引き千切る。


 この痛撃で、星獣は藤堂を最大の脅威と認め、間合いを外して――数キロの距離を取った。


 三〇〇メートルを超える星獣を敵に回し、たかが直径12.7ミリの弾丸で戦えるだろうか?

 ましてや、それで殺せるのだろうか?

 常識で考えれば、殺せるわけがない。

 普通、誰もがそう思う。


 ――だが、藤堂寅次郎は殺せるのだ。


 それが藤堂寅次郎が持つ異能の証。

 彼が撃った弾丸が、生物に当たれば死ぬ。

 どこに当たったかなど関係ない。

 どこに当たろうと一撃。

 必ず一撃。

 まさに必殺。

 流石に掠ったぐらいでは肉体を跡形もなく抉る程度だが、まともに当たれば必ず殺せる。


 世界樹の力――正確に云えば地球の力が、藤堂寅次郎を媒体として弾丸に宿る。

 魔弾の射手たる藤堂寅次郎だけが持つ力。


 極めて突出した異能の力だが、今の彼には、その力しかない。


 二枚も羽を失った蜻蛉の頭をもたげ、空中で力を蓄えるように蜷局とぐろを巻いた。


「術式、連結解除! エインヘリヤル3への防壁展開! 分裂獣を近付かせるな!」

 星獣の狙いを察し、加賀美は慌てた。


 敵はワルキューレ19――本田加奈を殺害した、稲妻の如き超高速突撃を使うに違いない。

 今、藤堂寅次郎を――人類の切り札を失うわけにはいかない。

 人類として、戦乙女を束ねる立場の一人として、親友との約束として、今も思慕を重ねる青年を守らねばならない。


 だが、そんな加賀美冴子の視界の中で、藤堂寅次郎は「やっぱ、当たんねぇか」と呟き、高度一万三千メートルの輸送機から無造作に飛び降りた。


「――トラ君!」

 半狂乱で叫ぶ加賀美冴子の声は、藤堂寅次郎には届かない。

 彼は落下ながらも、右脇下に銃を挟んで銃口を上へ――星獣へと向ける。


 藤堂寅次郎には出来ないことが多い。

 まず、空を飛ぶことが出来ない。

 戦乙女や死せる兵士ならば、誰もが出来る当たり前のことだが出来ない。

 身を守る防壁もない。

 彼を翻弄する大気圏の風に容赦はなく、切り裂くほどに冷たい風が身体の熱を奪い、露出した肌は薄く凍り付く。

 傷を癒やすことも出来ない。

 本来ならばあるはずの、地球からの生命に対する恩恵が一切ない。


 星獣の一撃が掠っただけで彼は死ぬ。

 それらのことを一切合切承知の上で、藤堂寅次郎は戦場ここに来た。


 ――星獣が金切り声のような咆哮で空を震わすと、蜷局を巻いていたその姿が掻き消えた。


 戦乙女たちの視界を掠める星獣の残像。

 敵が狙うは、ただ一人の狙撃手。


 そして彼らは誰も――星獣に追いつけない。


 加賀美冴子は迷わなかった。

 彼女の意に従い、最大出力の磁力と電磁力が雷となって細腕を包み込む。

「――熱核砲撃術、限定解除っ!!」

 加賀美が己の掌を、敵に――その延長線上には人々が暮らす地表がある――向けた直後――。


『使うな』

 インカムから響く藤堂の冷めた声音が術を止め、加賀美の視界は涙で滲んだ。


 一瞬の躊躇――。

 彼女の攻撃では、もう間に合わない。


 音速に迫る速度で落下しながら、藤堂寅次郎の瞳は星獣を捕らえ続けていた。

 一秒前には、本当に、小さな点にしか見えなかった。

 それが閃く。

 瞬きもできない内に、蜻蛉のような巨大星獣が覆い被さるように眼前にいる。

 出来の悪いコマ落ち映画のような――だが、絶体絶命の状況下で、彼は皮肉げに嗤った。


 敵は愚かしいほど単純な罠に落ちた。

 あとは己の経験と勘、技と力を信じて、異能の引き金を引くのみ――。


「――血を以て屠れ、星砕き」


 その直後――。

 澄み渡る青い空に、天へと伸びる一条の黒線が引かれた。

 藤堂を起点として生まれた、星獣を貫く黒い軌跡

 それは決して、弾丸が飛んだ跡ではない。


 突如として発生したそれは成層圏の彼方まで伸び、漆黒の虚空と混じ合う。


 音もなく、大きな風穴を穿たれた星獣は、やがて抜け殻のように落下し始めたが――

 数瞬もしないうちに、黒い線も巨大な星獣も、さらには無数にいた分裂獣さえも掻き消えるようにして消滅。


 同時に発生した巨大な乱気流は、竜巻のように周囲の者全てを飲み込んだ。


 無論、藤堂寅次郎とて例外ではない。

 彼も乱気流に飲み込まれると、木の葉のように翻弄されて気を失ったが――。


 その最中、彼は初めて戦乙女と出会った時のことを思い出していた。


 ――これは藤堂寅次郎という青年が、人類の切り札になるまでの物語。

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