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<第13話>戦乙女Ⅱ

 加賀美と三峰が地上型星獣を駆逐した日の深夜――。

 都内新宿区某ホテル最上階のロイヤルスイートルームでは、一組の男女が酒を呷ってた。


 一人は、日本最強とも噂される戦乙女――神桜真綾かみさくら まあや

 端正な顔立ちに、すうっと通った鼻梁。大きくて少し切れ長の黒い瞳に浮かぶ光は、見るだけで吸い込まれそうなほどに深い。腰に届くほど長い艶のある黒髪と華奢に感じる細い肩。振り返りたくなるような豊満な胸に、引き締まった細いくびれ。下手な女優やモデルでは見劣りするほどの美貌。


 彼女はバスローブ一枚でソファに腰を下ろし、眉間に深い皺を寄せながら、グラスに満たしたブランデーを勢いよく呷った。


「ぷはぁ~」とアルコール臭い息を盛大に吐き出す。


 神桜真綾のファンが見たら幻滅間違いなしの格好だが、戦乙女の相棒たる死せる兵士(エインヘリヤル)の九門隆一郎にとっては月に数回は見る姿だ。


「二日酔いになるぞ」


 そう言いながら、九門も酒を呷る。

 身長二メートル、体重一三〇キロを超える巨漢。岩のように厳つく精悍な顔立ち。髪はボサボサで手入れなどされておらず、本人にその手のことに関する興味の無さが垣間見える。彼はウイスキーを瓶のままラッパ飲みで胃袋へと流し込む。グラスでちびちび飲んでいたら、酒精が少なすぎて酔えもしない。


「どうせ調査委員会が結論を下すまで、私たちは出撃停止じゃない。気にする必要なんてないわ」


 空になったブランデーグラスに、自ら琥珀色のアルコールを注ぐ。


「こっち! こっちに来て!」

「はいはい」


 酒精で頬を赤く染めた美女は、右手でソファを叩いて男を招き寄せた。

 恋人が隣に座ると同時に撓垂れかかり、まるで猫が甘えるように豊かな胸を男の腕に擦り付ける。


「飲んで!」


 自分で入れたばかりのグラスを、男の鼻先に突き出す。


「俺、ブランデーは趣味じゃないんだよ」


 九門は突き出されたグラスを無視して、テーブルの上に並べられた酒の肴を数個鷲掴みにすると、口の中へまとめて放り込む。

 その仕草に頬を膨らませた神桜は、手に持っていたグラスを引き戻すと、中身を総て口の中に移す。


 彼女は九門が何かを言う前に素早く自らの唇で恋人の唇を塞ぐと、零れるのも構わずブランデーを流し込んだ。


 唇から零れた琥珀色の液体は、二人の頬や喉、胸元へと流れ、バスローブまで濡らしていく。

 やがて注ぎ込むものがなくなった美女は、舌を絡めて男の味を堪能し、やがて唇を離すと童女のように笑った。


「これなら飲めるでしょ」


 囁きながら、男の口元から零れたブランデーを艶めかしく舐め取る。


「お前、もう酔ってんのか?」

「誘ってんのよ! 明日のことは考えなくていいんだから、今夜は気絶するぐらい滅茶苦茶にしてよ」

「まったく――」


 九門は左腕で少し強引に女を抱き寄せた。ただでさえ細いくびれに異常に太い腕が回ると、小枝のように見えてしまう。男の大きな右手は女を抱きしめながらも、まるで赤子をあやすように華奢な背中を優しく撫で始めた。


 やがて女は震えながら、消え入りそうな、か細い声を漏らした。


「……フェイクだとか、嘘吐いてるだとか、詐欺師とか、みんな適当な事ばかり言って――」


 女は男の太い首に両腕を絡めると強く抱きしめる。

 頬が密着し、互いの熱と吐息も伝わり、心の機微は隠しようもない。


「私たちは毎回毎回命懸けなのに、どうして、こんなことまで言われなきゃいけないのよ」


 この美しい相棒兼恋人が、星獣迎撃成功の政府発表をフェイクニュースと報道する騒動を気にしているのは明白だった。


 今日の早朝に発生した三浦半島での星獣によるものと思われる被害と、夕方に起きた埼玉での星獣被害。

 それは両方とも、神桜真綾が討ち漏らしたことで生起した。と、ネット上では今も大炎上中だった。


 ネット上で炎上するのに証拠は要らない。


 それらしい出来事と、感情的な言葉と、人々が信じる映像があれば充分だ。

 多くの人々は物事の真偽ではなく、己の感情で動く。

 悲惨で惨たらしい犠牲者の写真。倒壊し、炎上する家屋。救急車が走り、病院は負傷者で埋まる。

 親を亡くした子供が泣き叫び、子供を亡くした親が咽び泣く。

 それを見つけた報道関係者は大喜びでカメラを回す。

 動画を世界中に拡散しながら、最後に一言加えればいい。


 ――二度とこの悲劇を繰り返さないために、我々は責任を追及しなければなりません。


 あとの事は気にしない。気にする必要もない。

 報道に真実など必要ない。

 報道に真実を広める義務はない。

 会社という営利団体として、お金を生み出すことがもっとも正しいことなのだ。


 無論、ネット上では彼女たちの味方もいる。

 敵味方となった者たちがお互いを罵り合い、貶し合い、誹謗中傷を繰り返し、ニュースはそれも取り上げ、騒動は人々を経由して神桜真綾の耳にも届く。


 ――神桜真綾が失敗したから、死者が出て、人々がいがみ合っているのだと。


「一定数の馬鹿は必ずいる。政府は証拠の映像を公開したし、俺たちはやるべきことを完遂した。倒した星獣以外のことまで責任持てるわけがないだろ。俺たちが気にする必要は欠片もない」

「うん」


 彼らが星獣を迎撃した証拠は、出撃の際に必ず装着しているウェアラブルカメラに納められている。

 それは既に公開されているのだが、ネット上ではそれ自体が偽物だとか、それらは関係ないと国や政府の責任論まで入り乱れて、未だに収まる気配がなかった。


 最強と呼ばれる戦乙女の葛藤を知る者は、九門隆一郎ただ一人。


 神桜真綾は優しすぎるから、救えない犠牲者まで気にしてしまう。

 戦乙女として誰よりも強いから、救えたかもしれないと自らを責めてしまう。

 だから、酔おうとしても酔えない。

 寝ようとしても寝られない。

 ならば、せめて忘れられないほどの快楽を、その美しい肢体に刻み込もう。

 傍にいるだけで、何も考えられないくらいの安らぎで満たそう。

 それで彼女が眠れるのなら――神桜真綾の隣りに必ずいる男として――。


「手加減しないぞ」

「うん。お願い――」


 その夜、九門隆一郎は己の獣性を、快楽に打ち震えながら縋り付く女の中に吐き出した。


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