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<第10話>比翼の鳥Ⅵ

 クリスタル状の星獣は太陽のように輝き、あまりの眩しさで直視できない。


 最初の一撃と同じものが来る――。

 

 藤堂はそう思った瞬間、懐かしい光景を幾つも見た、


 困惑する母と共に遊園地ではしゃいだ。

 負けず嫌いの父と共に海で泳いだ。

 友達と共に公園の木に競争しながらよじ登った。

 そんな風景が次々と流れ去るように鮮やかに甦る。


 加賀美も同じように走馬灯を眺めている。


 蜂蜜たっぷりのホットケーキを作ってくれた母の笑顔。

 夏祭りの幻想的な夜景の中、肩車してくれた父。

 病室で看取った祖母が最期に浮かべた微笑み。

 川遊びにつれて行ってくれた無愛想な祖父。


 星獣から再び響き渡る、甲高い爆音が全ての空間を埋め尽くす。


 逃れられない死の予兆。


 だから、二人はその直後に発生した事態に対応出来なかった。

 否。

 仮に走馬灯を見ていなかったとしても、あまりにも非現実的な光景に対応出来なかっただろう。


 瓦礫と化した校舎の壁。

 その無数の破片が二人の眼前に引き寄せられるように集まり、組み上がり、逆再生のように校舎の壁が復元していく。

 同時に、前触れもなく天空から降り注ぐ無数の炎の槍。


 光る多面体の星獣の外殻とワニ型の星獣の鱗を、紙のように貫き、巨体を引き千切り、敵の体組織を焦がしながら、細切れの肉片へと変えていく。


 だが、星獣も容易く絶命しない。

 死なば諸共と、己の生命力を爆発に変換して解き放つ。


 藤堂と加賀美はそれらの瞬間を瞳に焼き付けながら、再び閃光と灼熱の濁流に飲み込まれた。



 ――――――――



 数分後――。


「……―――を覚まして! お願い、目を覚まして!」


 藤堂は自分に問い掛ける叫びで意識が戻った。

 どこか遠くに聞こえる少女の声。

 焦点が合わない視界には、輪郭がぼやけた誰かの顔。

 なぜか身体の感覚がなかった。


 ただ、夜空の星の瞬きが目に入り、綺麗だと思った。


「…………」

 誰だ? と、言ったつもりだが、自分の声も聞こえない。

 不意に、藤堂は少女に抱きかかえられていることに気が付いた。


「もう大丈夫よ! 私が全部治すから安心して!」


 薄らぐ意識に響く涙声。 

 藤堂はそれで、声の主が夢で語りかけてきた少女と同一人物だと確信したが――。

 彼の意識は、再び泥沼のような奈落に墜ちていった。



 ――――――――



 それから、さらに四時間後――。


 藤堂寅次郎は誰かが近付いてくる気配を感じて、不意に目を覚ました。

 目に映るのは白い天井と眩い蛍光灯。消毒液の臭いと、視界の片隅には吊り下げられた点滴。

 ここが病室であることを理解し、深く安堵の息を吐いた。


「――目が覚めた?」


 薄いカーテンが開いて一人の少女が入ってくると、藤堂の視線は彼女に釘付けになった。

 その少女を見た藤堂の第一印象は夕日だった。

 身体付きは少し細身の中背中肉。モデルのような小顔で高い等身。端正な顔立ちは凜々しさを纏い、大きな瞳には内に秘めたる激しさと情熱を感じさせる光を宿していた。肩口で切り揃えた赤みがかった髪は絹のように滑らかで、歩く度に揺れるそれは艶やかとしか言いようがない。


 端的に言えば、少女は誰でも綺麗だと言い表す美少女であり、それに藤堂が見とれるのも無理もないことだった。


 少女は見とれるだけの藤堂に労るように声を掛けた。


「意識ははっきりしてる? どこか痛いところや、動かないところはない?」

 少女が無防備に近付いて来ると、藤堂は慌てて上半身を起こした。


「無理しないで」

 近付いてきた少女が耳元で囁く心地よい声音に、藤堂の心臓は跳ね上がった。


「だ、大丈夫だと、思うよ……」

 照れ隠しで愛想笑いを浮かべながら後頭部を右手で搔く。


 そこで、ふと信じられないことに気が付いて、藤堂は情けない悲鳴のような声を上げた。


「――ふぁ!? み、右手が――!?」


 驚愕のあまり、それ以上は言葉にならなかった。

 無くなったはずの右手が寸分違わずに存在している。

 激痛で苦しんだ記憶ははっきりとあるのだが――。


 藤堂はまじまじと、失ったはずの右手と右前腕部を見つめた。

 右手を握りしめると、思い通りに動く。何度か右手を握っては開く。

 今までと何ら変わりがない、右手を動かせる感覚と感触。

 失った痛みと記憶が、彼の中で折り合わなくて戸惑う。


「私が治しておいたわ。違和感もないでしょう?」


 少女は事も無げに言うと、呆然としたままの藤堂の両肩に優しく手を掛けて、再び横になるようにと促した。


「……君は?」


 藤堂は促されるまま横になると、固まった喉をなんとか震わせて疑問を口にした。

 そんな視線に慣れているのか、少女は淀みなく応えた。


「私の名前は鷹峰結華たかみね ゆいか。スールの戦乙女の一人。やっと直接会えたわね、私だけの死せる兵士(エインヘリヤル)


 そう言うと、少女――鷹峰結華はまるで花が咲いたように微笑んだ。



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