<第1話>戦乙女のいない死せる兵士Ⅰ
宇宙物を書いていたんですが、とある映画に触発されて勢いだけ書いた。
後悔は……ちょっとしてる。
人類が火星に到達し、本格的に開発し始めた頃――。
星獣と呼ばれる巨大生物が、地球に襲来するようになった。
奴らは数百メートルにも及ぶ巨体と、超能力にも等しい――生物の範疇を超えた異能の力を以て、人々を飲み干すように喰らい、山脈を打ち崩し、海を腐らせた。
為す術なく打ち砕かれていく文明社会――。
人々がもはや地球滅亡を防ぐ術がないと諦め始めた時、救いの手を差し伸べたのは、他ならぬ地球そのものだった。
その日、人類は遂に地球の自我――惑星意識体の実在を理解した。
それは一夜にして、世界各地に世界樹と呼ばれる途方もない巨木を配置し、神託の如き啓示に導かれた乙女たちは超常の力を貸し与えられた。
導かれし乙女たちは、やがて戦乙女とも呼ばれるようになり、彼女たちに選ばれし者たち――死せる兵士に選ばれた男たちと共に、人類を救うべく、地球に具現化する星獣と戦い始めた。
それから三〇年――。
日本は地球上における最激戦区の一つであり、人類防衛の要の一つ。
それには様々な理由がある。
現存する世界最大級の世界樹が二本も存在すること。
神道の概念が惑星意識体との関係強化に有利に働いたこと。
終末戦争の最初期に数多くの戦乙女と戦巫女を生み出し、地域防衛に成功したこと。
そして何よりも、日本政府が惑星意識体を認め、国家の大改革を行ったこと。
結果、日本は最も守りの固い地球防衛の要衝の一つとなった
だが敵から見れば、そこを打ち砕けば戦局が変わる。
日本の首都――東京の遙か上空にある、青と黒の境目を白い光が作る空間。
Edge of earth――地球と宇宙を分かつ境目。
星獣が大気圏外間際で具現化する以上、人類の迎撃も大気圏外縁から始まる。
周囲を見渡せば、球のように丸くなった地平線の先さえも眺める場所で、無数の悲鳴と怒号が混じり合う無線が響く時――。
大空の彼方で、今日も誰かが散華する。
房総半島全域から太平洋側に、日本国防軍と防衛軍が設定した約三〇〇キロ四方ほど囲んだ空間がある。
その空間の防空識別コード、エリアC。
澄み渡る青い空に、そこそこに厚い雲が浮かぶ空模様。
地上から見る者が見れば、その雲量を四――雲が空の半分近くを占めている――と判断するだろう。
その雲上に生と死の境目がある。
蒼い空は地上から見れば綺麗だが、実際に足を踏み入れれば人が生き残るには過酷な環境。
今日の戦場は、そこだった。
『V14、墜落中! まだ生きてる! 誰でもいい! 救助を!』
『E14、爆散! 即死です!』
次々と屠られる仲間たちの惨状に、AWACSの新人管制官が悲鳴に近い声を上げた。
次の指示を出す間もなく、大型旅客機を改造した日本空軍の空飛ぶ防空センターが機体をほぼ真横になるほど傾けた――機体のリベットが軋むほどの急旋回。
その直後――。
音速の数倍の速度で放たれた巨大な砲弾――星獣の尾から放った三本の棘を、間一髪のところで回避。
遅れてきた衝撃波が、鯨のような機体を激しく揺さ振る。
彼らはとても運が良い。
傷一つ無く生き残ることが出来た。
しかし、地上にいた八八名は運がなかった。
約二分後――。
千葉市のど真ん中にある商業ビルに着弾した長さ一〇メートル以上もある棘は、直径六〇メートル、深さ三〇メートルのクレーターを作り出し、死者・行方不明者合わせて八八名、負傷者二四九名の大惨事を引き起こしたのだから。
『V19、離脱しろ! 狙われてるぞ!』
体長三〇〇メートル、横幅一〇〇メートルを優に超える蛇のような巨軀に、鬼ヤンマの頭と羽を八枚持つ、蜻蛉と蛇の融合体のような巨大な星獣。
その周囲を群がるように飛ぶのは、巨大な星獣から生み出された小さな分裂獣の群れ。
それらは大空を優雅に舞いながら、不意に衝撃波を生み出すほどの速度で飛ぶ。
蟲と獣を掛け合わせた歪な怪物どもが執拗に付け狙うのは、腰から黒い翼を生やした一人の少女。
少女は獲物を追う猛禽類の如く、煌めく黒翼を時折羽ばたかせ、滑るように空気の薄い大空を飛ぶ。
彼女は澄み渡った蒼い空に白い軌跡を残して逃げ惑う。
その様は明らかに物理法則を無視していた。
風は不可視の障壁に阻まれて少女の身体に触れることはなく、少女の移動速度は音速手前にまで達している。
制服姿でスパッツを履いただけの黒髪の少女は、襲い掛かってくる星獣の蜻蛉のような巨大な顎から必死に逃げ続けていた。
「――む、無理! 助けて! 徹、助けて!」
「加奈! Uターン! Uターンしてくれ!」
徹と呼ばれた、学ラン姿で両手に黒い長刀を持った少年が必死の形相で、大空を上下左右に逃げ惑う少女を追う。
少年は行く手を阻むように立ち塞がる無数の分裂獣――体長五メートル程で鋏のような顎を持った蜻蛉の化け物を一刀の下に斬り捨てながら大空を駆ける。
だが、その斬り捨てるという僅かな時間が埃のように幾重にも積み重なり、少年は少女との距離が縮まらない。
少年に翼はない。
代わりに彼の足は青白い燐光を放ち、何もない大空を固い大地のように疾走する。
彼が走ろうと思えば、地球上ならばどこであろうと走れる。
戦乙女がいる死せる兵士にとって、それは息を吸うより容易いこと。
『E19! V19を守れ!』
「くそっ! 俺じゃあ追いつけないんだよ!!」
少年の目尻の涙が零れては大空に消える。
彼の走りもすでに音速に到達しようかという程だが、巧みに進路を邪魔する分裂獣の群れに阻まれ、少女の元へ辿り着けない。
『オールVE、こちらAWACSリーダー! V19に緊急援護を!』
援護要請の直後――微かな前触れもなく、巨大な星獣が一条の光と化した。
少女を貫かんと敵の姿が掻き消える。
その残像はまるで蜃気楼の如く――。
瞬時に、少女と星獣の軌道が交叉する。
戦乙女が作り出す防壁と、金剛石より硬い星獣の巨体がぶつかり、盛大な火花と閃光が生まれ――。
「あ――!」
少女を守っていた黒き磁翼の防壁は無いも同然だった。
血に塗れた、凶悪な顎が少女を襲う。
彼女は悲鳴さえ、最後まで言えなかった。
少女の肉体は一瞬で噛み砕かれ、本田加奈という少女だったものは赤い霧となって宙に散った。
「――加奈っ!!!!」
殺された少女の名を呼ぶ悲痛な叫びが木霊する。
だが、応える者は既にこの世にはいない。
戦乙女からの霊素の供給が途絶えた少年は、死せる兵士の権能のほぼ全てを失い、為す術なく落下していく。
彼も、仲間の救助が間に合わなければ、太平洋で少女の後を追うことになるだろう。
高度一万六千メートル。
宇宙との境界線が霞み始め、雲海は遙か下。
風は肌を切り裂き、満足に呼吸できるほどの酸素もない。
仰げば、漆黒の宇宙に星の瞬きが目に映る。
その世界で――腰から翼を生やした戦乙女と死せる兵士たちが各々思い思いの武器を手に、惑星意識体の下僕である星獣との戦いを繰り広げる。
気分転換にペンネーム変更しました。
まあ、意味ないですが。