第2話:いざ嫁入り①
味噌汁女にふさわしいと言うことで、てっきり味噌問屋などに嫁がせていただけると思ったのですがね。どうにも、そうでは無いようでした。
「……ふぅ」
ちょいと立ち止まりひと息をつきます。疲れました。帝都の中心から西の奥地へ。朝から歩きっぱなしでした。体力に自信はあるのですが、これはなんとも。
見渡せば、きれいに山の中です。もう鬱蒼とした森、森、森です。狐狸妖怪のたぐいにでも嫁がされるのかと疑いたくなるのですが、それもまた違うという話でした。
地主さんとかなんとかんとか。
お義姉さまはそうおっしゃっていました。色々と土地をお持ちで、それで生計を立てておられるとか。
けっこう裕福なお方なのだそうです。そんな方に嫁がせていただけるなんて、私ってなんて幸せなんでしょう。そう思えた時間はひと時もありませんでした。なにせ我が素晴らしきお義姉さまが親切に色々と教えてくださったので。
歩みを再開しつつ思い出します。お義姉さまはなんておっしゃっていたでしょうかね。あなたにふさわしいと何どもおっしゃってはいましたが、えーとですね。
若く明るく見目良い……を反対にしたような感じでしたっけ? 正確に言えば、五十絡みのお方で、いつもむっつりと黙りこまれておられていて、化けだぬきと陰でささやかれておられるとか。
まぁ、はい。
なんでもいいんですけどね。私はただ受け入れるだけなのですから。
ともあれ到着したようでした。
森の中に、ひっそりとお屋敷が建っています。他に建物もなければ、まずアレが目的地でしょう。
早速正門の前に立たせていただきますが……素晴らしいお屋敷ですねー。
ここで暮らすことになると思えばそう思いたいところでした。ぶっちゃけ妖怪屋敷です。屋敷自体はわりときれいに見えますが、かなりのところ周囲の森に侵食されています。
もう少しで夕方の頃合いではあるのですが、それにしても暗いです。風のざわめきの中で幽鬼の叫びが聞こえてきそうです。私、幽霊とか信じてる方です。率直に言って怖いです。
中に入れさせていただければ多少はマシでしょうかね? いそいそと人影の無い正門をくぐらせていただきます。そのまま玄関へ。早く中に入りたい一心で私は来訪を叫ばさせていただきます。
「すみません! 久松 咲江と申しますが!」
幽霊に祟られない内になにとぞって話でした。幸い間に合ったようです。引き戸が開かれます。そこには五十絡みの女中さんでしょうかね? おられました。不審の表情で立っておられました。
「……どなたでしょうか? お若い方のようですが、このような場所にどんなご用件で?」
多分、名前の方が伝わっていなかったのでしょうね。そんな疑問の声を投げかけられてしまいました。
くくく、この屋敷に奥方として君臨すべき我が名を知らぬとは……なんてふざけても女中さんを困らせてしまうだけでしょうから。私は素直に再びの自己紹介をさせてもらいます。
「お初にお目にかかります。久松 咲江と申します。当主の名により、こちらのご当主に妻として仕えるよう仰せつかっております」
本当は当主からと言うよりはお義姉さまからなのですが、まぁ向こうさんからすればどうでもいい話でしょうし。ともあれしっかりと挨拶させて頂いたのですが……はて?
女中さんに納得の雰囲気はありませんでした。相変わらずの不審の表情で私を見つめられています。
「久松の? 確かにその、当家は久松のお嬢様を迎えることになっておりますが、本日との連絡は無く……それにお1人ですか? 久松のお嬢様がまさかこんな場所まで1人でいらっしゃるとは……」
なるほどと頷くしかありませんでした。まずですが、連絡は無かったのですねぇ。私は今朝、いきなり嫁入りじゃってお義姉さまに追い出されたわけですが、てっきり連絡ぐらいはされていたものとばかり。
そんな状況で、久松を名乗る貧相な小娘が単独で訪ねてきたわけですからね。
女中さんの困惑にも納得しかありません。久松の名を騙る小娘って、そんな理解をされるのが自然でしょう。うーむ。今頃お義姉さまは、さぞ素晴らしい笑顔を浮かべられているのでしょうねぇ。しみじみ。
しかし、さてはてさて。
困りました。この状況、私が久松 咲江だと分かっているのは私だけのようなのです。そして、私が私であることを証明するには……どうすれば良いのでしょうね?
証言して下さる人がいなければ品物も無く。お着物を出来るだけ汚さない味噌汁のかぶり方とかであればご披露出来るのですが、まぁ、ダメでしょうねぇ。なんの証明なんだって、一般的にはなるでしょうし。
ただ、「はい、承知しました」と頷いて帰る家も無いわけです。本当、どうしましょうね。困りました。さすがお義姉さま。これは困りましたよ。しみじみ。
「……いえ、失礼しました。お上がりください」
そして私は目を丸くすることになりました。
なんとです。女中さんは頭を1つ下げられた上で、私を屋敷へと誘われたのです。これは……えーと? 私から漂う味噌汁の香りがなにかしらの説得力を生んだ可能性はそりゃ無いとしまして。
「あの、良いのですか?」
妙な妄想は止めて尋ねかけます。女中さんは淡々と頷かれました。