第1話:久松家と私
私がどれだけ恵まれているのか?
それはこの朝食の風景からも如実に分かるものでした。
「……失礼いたします」
私はお盆を抱えて座敷間に入ります。広い座敷間です。ひろーいって感じの座敷間です。それはもう、無駄なぐらい……などと口にしては怒られるのでもちろん胸中におさめておくのですが。
ともあれ無駄に立派なお座敷です。そして、そこでは1人のお嬢様が長卓を前にしておられます。
久松 久美子様。
美しくも華やかなお嬢様でした。一応、同い年ながらに姉に当たる方なのですけどね。ただ、頭に義理の義がついていたり、腹違いのとつくだけはあると言いますか。
さっぱり違うのです。腰までの御髪はつやつやと輝かんばかりで、お着物もそれはもう立派なものです。この国有数の名家、久松家のお嬢様にふさわしい風体です。
比べて私はと言いますと……まぁ、はい。質実剛健を体現したような無駄のない素晴らしい容姿ということにしておきましょうか。
正直、比べようがありませんので無駄なことに頭は働かせないことにします。私、かしこい。実際は勉学なんてやらせてもらってはいないので頭ぱっぱらぱーなのですがね。ふふふふ。
まぁ、私の頭の出来はともかくです。お義姉さまは私を一瞥されました。なので私はお盆を片手に食卓の横に着きます。正座をしましてお盆は横に。そして、お盆にあったお椀をお義姉さまの前へ。
これがですねー……ふふふ。私がいかに恵まれているのか。それを示す大きな一端となるのですねー。
お義姉さまはお椀のふたをぱかり。そこからは流れるような動作でした。私渾身の作のお味噌汁を、お椀ごときれいに私の顔に叩きつけられました。私は顔面でお味噌汁を味わうことになったわけですね。あつーい。
「……相変わらずこんなものしか作れないの? とんでもない愚図ね」
そして、お義姉様のありがたいお言葉をいただきました。私は「申し訳ありません」と頭を下げさせていただきます。
と言うことで、私の幸せの一端を示す光景なのでした。
毎朝の光景なのですがね。私が汁物を作りまして、それをお義姉さまが私の顔に毎朝進呈して下さるのです。
頭を下げたままでしみじみと思ってしまいます。世の中で、私ほどの幸せものはなかなかいないのでしょうねぇ。妾の子なんぞに世の中は甘くないぞと、お義姉さまがお手ずから教えて下さっているのです。まったくありがたいものでした。まったくもってありがた迷わ……いえいえ。文句なんてこれっぽちもありませんよ、えぇ。
それだけの話ですから。
私は久松家に妾の子として生まれ、実父の興味は注がれず、お義姉さまの玩具として生きている。
それだけの話です。受け入れるべき、ただそれだけの話です。
なんにせよ、お義姉さまのご指導はここで終了です。女学校からお帰りなられての夕の部もあるのですが、とりあえずは終了となります。
ご朝食の邪魔をしてはいけません。私はすかさず、いつも通りに退出させていただくのでした。お椀を片付けまして、いつも通りに……
「待ちなさい」
私は内心首をかしげながらに居住まいを正します。呼び止められるとは珍しい。味噌汁臭ければさっさとどけというのがいつものお義姉さまなのですが。臭いの趣味でもお変わりになられたのかどうか。
お義姉さまはにこりとされました。いつも通りの、私の前で浮かべる楽しそうな笑みをされました。
「おめでとう、咲江。あなたの縁談が決まりました。あなたにふさわしい素晴らしい縁談です」
とりあえずのところの私の感想としてはです。
良い笑顔されてますよねー、って感じでありました。私の髪に火を点けられた時のお顔に似ているような気も。これはですね、はい。きっと素晴らしい話なのでしょうねー、ふふふふふ。