第17話:お義姉さまと私②
私は、閃きをそのままに口に出すことになります。
「……あ、あの、朝宮さまでしょうか?」
まっさかそんなうふふふふなんて気分だったのですが、あらー? 美男子さんは朗らかな笑い声を上げられます。
「あはは、ひどいなその物言いは。婚約者に対して他人行儀が過ぎるんじゃないかな?」
……あらー? ちょっと硬直しちゃいます。余裕たっぷりの迂遠な物言いでしたが、あんら? そうなのですか? そういうことなのですか?
「あ、朝宮さま? 朝宮 泰久さまなのですか!?」
お義姉さまが先に驚きで確認を叫んで下さいました。それに対する美男子さんは鷹揚に頷かれます。
「はい。朝宮家の当主、泰久と申しますが……咲江さん?」
さすがに紹介を求められているのは分かりますが、あの、私の胸中にある疑問の声はどうすれば? まぁ、疑問の声を求められていないのは空気で分かりますので、とりあえずここはちょいと冷静に。
「お義姉さまです。久松本家の久松 久美子さまで」
「あぁ、貴女があの。初めまして、咲江さんからお世話になっていたと聞いております」
伝えた覚えはございませんとか思わず横槍を入れたくなったのですが、しっかし、ご趣味なのでしょうかね?
お義姉さまは私が今までに見たことが無いような表情をされていました。推定朝宮さまはごくごく自然に私の隣に腰を下ろされたのですが、そのお顔をお姉さまは頬を赤らめながらにポケーと見つめておられます。
うーん、恋する乙女的な風情を感じます。呆然とされている時間は長くありませんでした。「あ」なんて口にされて、慌てた様子で口を開かれました。
「は、初めまして、久松 久美子と申しますが……あ、あの、本当に泰久さまで? 朝宮家のご当主で? 貴方のような方がご当主だとは聞いてはおりませんでしたが……」
良い疑問の声を上げて下さるお義姉さまでした。まったくもってその通りです。私は実感を持って、こんな方はここにはいらっしゃらないと断言出来るわけですが、
「ははは、そうかもしれませんね。私がこの屋敷に入ったのはつい最近ですから」
「は、はい?」
「父が故郷の田舎に引っ込みたいというので、最近私が当主を継ぎまして。なので、はい。私が朝宮家の当主で、この屋敷の主であることは間違いありません」
まぁ、はい。
明らかにされた衝撃の真実とかでは無いことは分かります。だったら、今日の朝までの朝宮さまは何なのかって話になりますし。今日の朝に隠居を決定されて、今こうして代替わりをされた可能性とか、考えるのもアホっぽいですし。
となるとやはり……この朝宮さまは、あの朝宮さまと同一人物。そう判断するべきなのでしょうか?
ともあれ、今気になるのは目の前のやりとりです。正確にはお義姉さまのご様子です。
「そ、そうなのですか? それは初めて聞きましたが……」
一瞬です。お義姉さまはギロリと私をすごい顔でにらみつけられました。内心は手に取るように分かります。こんなことなら、コイツを婚約させるんじゃなかったってところでしょうが……あ、なんかこれからの展開が読めたような。
「しかし、申し訳ありません。朝宮さま」
不意に、お義姉さまが深々と頭を下げられます。暫定朝宮さまは不思議そうに首をかしげられました。
「あー、それはどういう意味でしょうか?」
「いえ、大変な心労を抱えていらっしゃるだろうと思いましたので。咲江などを婚約者とされてしまってお気の毒に」
あ、やっぱりなんて思ったわけですが、あとは矢継ぎ早でした。返事も待たず、お義姉さまは私をニヤニヤと横目で見ながらに言葉を続けられます。
「大変ご不満を覚えておられることでしょうね。なにせこの子は、何もかもまったく出来ない子ですから。名家の女子らしいことは何も。ろくに学も無ければ、風流なことはまったく。文字の読み書きだって怪しいぐらいで、自分の容姿の取りつくろい方だって本当さっぱり」
特に反論の余地は無い正論の嵐でした。お義姉さまは笑顔でした。わずかにシナを作った上で、上目遣いに朝宮さまであろう殿方を見つめられます。
「いかがでしょう? 私からであれば、父も色々と気を回して下さると思いますが……」
やっぱり、好みなのでしょうかねー。代わりには私はいかが? 的な着地点でございました。
まぁ、お義姉さまの恋模様はともかくとしてです。この人、どう応じられますかねー。
気になるのは、もちろん朝宮さまの対応です。別に、私は受け入れるだけですので。そうだね、コイツ要らんわとなりましたら、素直にそれに従うだけですが……しかし、うーむ。
なんでしょうね、この感じ。なんとも安心出来るこの感じは。
朝宮さまだから……そういうことでしょうか。
あの人のことですからね。どれほど私に不満を覚えていたとしても、本人の前ではなかなかそういうことは言えないでしょうから。そういう性格の方ですから。
朝宮さまは優しげな笑みで口を開かれます。
「彼女の作るご飯は美味しくてね」
私は内心「は?」でした。いきなり何を言い出されたのかってことですが、私以上にお義姉さまは「は?」と口を半開きにされます。
「ご、ご飯が……ですか?」
「そうとも。当家の女中が驚いていたけど、本当に美味しい。当人はもうちょっと薄味が好きらしいんだけどね。私が美味しく思えるように作ってくれる」
「は、はぁ」
「あと、どうかな? この着物だけど、ところどころ破れて捨てようと思っていたんだ。でも、彼女がきれいにつくろってくれた。もう跡すら分からないけど、丁寧に根気よく直してくれた」
褒められてる……で、いいんでしょうかね?
受け入れるだけ、受けれいるだけ。そうは思いつつもなんとも妙にむず痒い気分にさせられるわけですが、当然お義姉さまの受け取り方は違います。
「ふふ、それは他に能が無いからの最低限で……そもそも名家の女子がそのような仕事は……」
蔑むような笑みを浮かべてのお言葉でした。それに対しての朝宮さまですが、
「そうですね、貴女のような貴婦人にはこの凄さは分かり辛いかもしれません。ただ、私には分かります。実感しています。まだ短い期間ではありますが、彼女の素晴らしさというものを実感しております」
「す、素晴らしさ……しかしそれは、お金をかけるだけですむだけの話で……」
「ははは、そもそも料理や裁縫で彼女を語るべきでは無かったかもしれませんね。彼女の素晴らしさはそんな所には無いのですから。ただ……貴女には、その辺りはどうも説明のしようが無いように感じるな」
私は「わ」なんて声を出しそうになりました。不意にです。朝宮さまは私の肩にポンなんて手を乗せられてですね、そして目を弓なりにした笑みでお義姉さまを……多分ですが、にらまれました。
「ともあれ、久松様によしなに。咲江さんをいただけたことに、この朝宮 泰久は無上の感謝を覚えているとお伝え下さい」
なんと言いますかその、敵意なんてものは笑顔でも十分に伝えられるものなんでしょうかね。
お義姉さまは顔を真っ赤にされていましたが、それは自分が拒絶されたと思われたからでしょう。多分、屈辱にも思われたでしょうが、それは行動にも見て取れました。
一度私をすごい顔で睨まれまして、後は嵐のようでした。荒々しく立ち上がられまして、早速ご帰宅のようで。障子戸を壊れそうな勢いで引き開かれたと思えば、あっという間に客間を後にされました。
なんだか後が怖い幕引きでしたが……ともあれ、2人きりですね。
「あのー……朝宮さま?」
説明の方をということでお顔を見上げさせてもらうのですが、え、えーと?




