第13話:失敗の結果①
結果としましては、私は朝宮さまに嫌われてしまったようでした。
翌朝です。
私は今日も庭で掃除をさせていただいているのですが、竹箒を振るいながらにその事実を思い起こします。
結局、あれから私は朝宮さまにお会い出来ませんでした。
もう一度しっかり謝ろうと思ったのですけどね。どうやらあれ以降、朝宮さまはお屋敷にいらっしゃらなかったようなのです。
夕食はもちろん、朝食の時にもあの方は座敷間にはおられませんでした。女中さんは不思議そうにされていました。今までこんなことは一度も無かったのに、と。
なかなかの避けられようですよねー、はい。
けっこうな申し訳なさがありました。私の勇み足が、あの方を屋敷に居づらくしてしまったようで。
女中さんには、昨日のことは私の早とちりであったと釈明はさせてもらいましたが……まぁ、善後策はともあれです。繊細そうなあの方には、昨日のことは大変な心労だったことでしょう。
嫌われるのも当然のことでしょうね。
そして利己的な私は、今後自分がどうなるのだろうかなんて思っちゃうわけです。
もちろん、お帰り下さいってなることでしょう。私に帰る家なんてありませんが、そんなことは朝宮さまにとっては知ったこっちゃないでしょうし。おそらく今日の夜には、私のこの屋敷の門の外でうろうろすることになっているでしょうね。
ま、自業自得としか言いようがありませんし。
受け入れるだけです。私の生き方です。当然のこととして、ただ受け入れるだけ……のはずなんですけどね。
「はぁ」
ため息がもれちゃうのでした。掃除の手を止めて、眉間を押さえつつに憂鬱な心地を味わうことになっています。
何故、私はここまで落ち込んでいるのか。
理由は分かるような分からないような。路頭に迷うことを恐れているって感じではありません。多分ですが、朝宮さまのおっしゃったことですよね。
私だからこそ嫁に欲しかったみたいなことをおっしゃられて。そのことが何かしらの効果を私の中に生んでいるのでしょうか。
「……ふん。バカらしい」
私は一度鼻を鳴らした上で掃除に戻ります。脳裏には、今は亡いお母さまの顔が浮かんでいました。
そうですよね、お母さま。妙な執着や、期待をせずに生きる。それが私たちが幸せに生きるための唯一の手段なのですから。
「おや?」
私は掃除の手を止めて遠くを見つめることになりました。
意識を引かれるものがその先にあったのです。女中さんがですね、正門からお屋敷に戻られる姿が見えまして。
良い人でしたが、あの人とも今日ばかりの縁ですかねー。そんなことを、少しばかり寂しく思ったものですが……ん?
「ん?」
声にも出して目を細めることになりました。女中さんは表の掃除をされていたはずなのです。なので、その片手には竹箒が握られていますが、問題はもう1つの手の方でした。
なんか握られてます。いや、捕まえられてます。
ふさふさの毛皮をした獣っぽい何かです。それは女中さんに尻尾を掴まれて、逆さ吊りにジタバタともがいていますが……いやあの、そんなのがいるのですが……
あれってたぬきですよね?
私の目にはそう見えました。そして頭に浮かぶのは朝宮さまです。あの方はたぬきでした。ただ、いや、しかし、まさかですよね? あれが朝宮さまってことは無いですよね?
昨日は油断を突いて捕まえることが出来ましたが、朝宮さまはかなり神経質な方っぽいですし。そんな簡単に女中さんに捕まることは無いでしょうとも。多分。その、えーと、多分。
とにかく疑惑の目で見つめてしまいます。
すると、不意に目が合ったのでした。たぬきさんと目が合いました。そのたぬきさんは必死の様子で口をパクパクとさせてきました。
あいにく、私にたぬきへの読唇術の心得は無いのですが、不思議と何を言われているのかは分かりました。
おねがい、たすけて。
……えーと、はい。野生のたぬきが、人間に口の動きで何か訴えかけてくることも無いでしょうし。多分、これはそういうことでしょう。
「ちょ、ちょちょ、ちょっとすみませんっ!! 待って下さいっ!!」
私にしては慌てふためいて女中さんを追いかけることになりました。だってその、仕方ありません。このままですと、朝宮さまになかなか血みどろな未来が待ち受けているだろうことは想像に難しくないですし。
「あら、咲江さま」
幸い、女中さんは立ち止まって下さいました。私は息を切らしながらに声をかけさせてもらいます。
「あ、あの、その……はぁ。良いでしょうか? そのたぬきはえーと、どうされました?」
「このたぬきですか? それは別に門の前で……いえ、それよりも咲江さま? 息を切らしておられますが、何かございましたか?」
「わ、私のことは是非横に置いておいていただければ! それよりもたぬきさんです。門の前で何なのでしょうか?」
「本当に大丈夫でしょうか? まぁその、このたぬきに関しては門の前に倒れていたのです。息を切らして力尽きたといった様子でした」
私は首をかしげることになります。門の前で力尽きて倒れていた? 昨日から姿を見せていない朝宮さまですが、今まで一体何をされていたのか。
「そ、そうですか、力尽きて……」
「えぇ、しかも傍らにはこんな小箱がありまして。どこからか盗んだのでしょうが、まったく迷惑な獣で」
女中さんは竹箒を握る手で、器用に手のひら大の小箱も握っておられました。品の良い革張りの小箱でした。これが朝宮さまが何をされていたのかを示す手がかりになるかもしれませんが、それはともあれ。
「あ、あの……このたぬきですが、どうされる予定なのでしょうか?」
そこが大問題なわけです。女中さんは困ったように首をかしげられました。
「それなのですが、正直どうしたよいものかと。害獣であれば放すなんてことは無いのですが、初めてのことであればどう始末をつけたら良いものか」
納得のお悩みの声でしたが、やっぱりそうですよね。生かして返すわけにはいかないってそうなりますよね。
推定するところの朝宮さまは、あわあわと何とも絶望している感じの表情をされていました。なんか心労でそのまま息絶えてしまいそうな感じですね、お気の毒に。
もちろんです。私は他人事のように同情ばかりしているつもりはありません。
「わ、私にお任せ下さいっ!」
声を張り上げさせてもらいます。発言の内容へのものか、それとも私の常ならぬ様子へのものか。女中さんは目を丸くされました。
「さ、咲江さまにですか? このたぬきの始末を?」
「はい! 私は久松家の人間ですので! こう、たぬきの始末のつけ方などもえーとそれなりに!」
「そ、そうなのですか?」
「そうなのです! で、では、はい。早速、はい。たぬきはこちらへ、その小箱などもお預かりさせていただきます」
女中さんから朝宮さまの尻尾を奪い取りまして、小箱などもやや強引に。この方の持ち物ですので、はい、一応頂いておこうかと。
「では、失礼いたします」
私は困惑する女中さんを尻目に足早に立ち去らせていただきます。ひと目の無いところと言うことで、昨日の東屋を目指し、無事にたどり着きまして。
朝宮さまを長椅子の上に下ろします。すると、朝宮さまは感涙の眼差しで私を見上げてこられました。




