序章:夢の中のたぬきさん
うーん。たぬきですね、これは。
変な夢を見ていました。そろそろ夜明けかなと頭の端に引っかけながらの心地で見る夢です。
正直、迷惑でした。熟睡に浸りたいところなのです。ただまぁ、人生なかなか上手くいかないものですし。諦めて半覚醒の夢見を味わうしかないのですが……たぬきですねぇ。本当、たぬきです。
多分、お屋敷でした。
私――久松 咲江が今も暮らす屋敷のお庭です。そこに私がいました。いや、いるような感じがあります。なにぶん、夢の中の話なのでおぼろげです。年の頃は7つぐらいでしょうか? これもおぼろげにですがそんな気がします。
そんな私の前にいるのです。たぬきです。目をくりくりとさせた可愛らしい子たぬきです。そんなたぬきさんは7つの私に口を開いてきます。
「だ、大丈夫?」
おそるおそるといった様子で心配を尋ねかけてきました。うーん、あるいは思い出が夢として顔をのぞかせてきたのかと思ったのですけどね。純粋な夢みたいですね。私はたぬきがしゃべりだすような騒々しい世界には生きていないはずですし。多分。
ともあれ、7つの私は何を思ったのでしょうか? 少なくともたぬき鍋にしてやろうかとは思っていないようです。
「ありがとう。なんでもないよ」
心配りに対して素晴らしく礼儀正しい姿勢を示したのでした。さすが私です。優秀です。たぬきがしゃべるという事実に対して無感動すぎるのは多少頭の出来を疑わざるを得ませんが。まぁ、器が大きいということでここはおひとつ。
一方で子たぬきさんは普通の感性をしているようでした。不思議そうに首をかしげてきます。
「……僕しゃべってるよ?」
その疑問に対しての私ですが。
「うん」
それだけでした。うーむ。不思議を不思議と理解出来ないヤバげな子供の匂いがぷんぷんします。私こんなでしたっけね。もうちょっとマシな出来だったと思うのですけど。
まぁ、7つの私への不信は置いておきまして。
私の返答は子たぬきさんのお気に召したようでした。なんか仲良くなったみたいです。1人と1匹で色々と話したようでした。その最後にです。子たぬきさんは妙なことを言ってきました。
「きみって今いくつ?」
「7つ」
「じゃあ……10年後。むかえにきていい?」
そして私は頷いたようですが……ふむ。
がばり、と私は布団から上体を起こします。どこかでスズメどもの声がうるさいですが、それはどうでも良いことでした。
7つじゃない現在の私は腕組みをすることになります。妙な夢を見ましたね。なかなかの夢です。たぬきに人語を介させるとは。私の秘めたる創造性を想起させるような代物でしたが、ふーむ。
1番気になるのは最後です。むかえにきていい? ですか。まるでその、私が心の深いところで迎えを欲しているみたいですよねー。
私は部屋の片隅を見つめます。四畳一間のそこには慎ましくも母上様の位牌が鎮座されているのですが。私は1つ頷きを送ります。
「大丈夫です。分かっていますので」
そうです分かっているのです。私がどう生きていくべきか。その辺りは重々ですね、はい。
しかし……んー?
ちょっと首をかしげます。夢の中で子たぬきさんは10年後とか言っていたような気がしますけど。そう言えば私ってそんな年頃でしたっけね? はて。