危ない橋を渡りたくはないよね?
まずは見張りを黙らせよう
作戦実行には少々邪魔になる
気配を消して見張りの真上に移動し、音も無く屋根から飛び降りる
そして、落下の途中で背後から首に手をかけ、腕力と重力で骨をへし折る
うめき声を上げる暇さえなく、見張りは絶命した
念の為、見張りの首をもう一度半周させ、確実に死んでいるのを確認して倉庫の影に放る
これで倉庫の外には誰もいなくなった
「こっちに来てください」
私は小声と手招きで倉庫の上にいるキャルシーさんを呼ぶ
「どうしたの?」
キャルシーさんが音を立てず着地する
流石、猫人族だ
「今から中にいる奴らを安全に倒す準備をするので、手伝ってください」
「任せて!」
キャルシーさんは快く受けてくれる
「じゃあ、これを一緒に塗って下さい。あ、絶対手で触らないで下さいよ?」
「え?何これ?」
とりあえず、キャルシーさんに瞬間接着剤を手渡し、扉の隙間に塗り込んでいく
本当なら、絶対に開かないように溶接したかったのだが、確実にバレる上に、私の魔力ではそんな火力は出せないのでこれで妥協しよう
こういう現代文明の利器は使いたくなかったが、こちらも命がかかっているのだ
仕方がない
そう
これは仕方のないことなのだ!
自分に言い訳をしつつ、さっと塗って容器を回収
闇の力で消滅させて証拠隠滅
これでよし
「え、結局何塗ったのこれ?変な匂いするんだけど?」
五感が鋭い獣人には、あの特有の刺激臭がお気に召さなかったのか、口元を手で覆っている
私は嫌いじゃないので少し残念だが、理解はできる
「扉を動かなくする液体ですよ。あー、蝋燭の蝋みたいなものだと思っておいて下さい」
「わ、わかった」
満足のいく説明がもらえず、納得していない様子だが、問い詰めている場合じゃないというのは二人の共通認識だ
「それじゃあ、そこで見張っておいてくれませんか?私は最後の仕上げをしないといけないので」
「あ、うん、気をつけてね?」
「危なくはないので大丈夫ですよ」
私は再び地面を蹴り、屋根の上によじ登る
「さて、私もやりますか」
屋根に手を当て、意識を集中させる
今回創造するのは、皆さんご存知CO
そうです一酸化炭素です
屋根に手を当て、できる限りの速度で創造を続ける
どうやらこの力、創造する場所に制限は無いらしく、やろうと思えばここからギルドに爆弾をお届けすることも可能だ
だがまあ、離れれば離れるほど難易度は飛躍的に上昇していくので、今の私では周囲十センチ程度が限界だ
しかし、それだけあれば、板一枚貫通させるには十分だ
只今こんなことをしているのにはれっきとした理由がある
この力は創造物について、正確な情報と想像があるほど消費する魔力や時間が小さくなる
毒ガスやら何やらの構造は知らないが、いくつかの気体の構造なら覚えさせられた
いやぁ、こんなところで科学の授業が役に立つとはねぇ
どの知識がどこで役に立つかなんて分からないものだ
ただし数学
貴様は使わん
ここまでくれば皆さんお分かりだろうが、今回の作戦は敵を全員一酸化炭素中毒にするというものだ
既にこの倉庫は密室に近い
大きめの隙間何かは、相手さん方が既に塞いでくれていた
中にはランタンがいくつみあるので、放っておいても勝手になりはするだろう
しかし、それには時間がかかる
夜も明けるだろうし、死ぬ程にまで悪化する可能性も低い
そこで私が追加投入
上手いこといけば全滅だろう
これこそ、戦わずして勝つというやつである
運動に支障が出ないギリギリまで魔力を使い、体感大量の一酸化炭素を生成する
後は待つだけだ
二人で近くの家の屋根に移動し、倉庫を見る
「ねえ、これはどういう作戦なの?」
キャルシーさんが訊いてくる
そういや説明してなかったな
「これはですね…」
今更いい作戦名を考えたくなる
というわけで頭にパッと思い浮かんだ名前を声に出す
「毒殺確殺大作戦です」
……ネーミングセンスについては触れないでくれ
調子に乗り出しましたすいません
なんでこういつも反射で動くかなぁ
学ばない女
それが私!
キャルシーさんの頭にハテナが浮かぶ
「まあつまり、倉庫の中を密室にして、その中に毒を撒いたんですよ。仮に毒耐性があったとしても貫通するので、遅かれ早かれ朝までには死ぬと思います。今頃は頭痛とかに襲われてるんじゃないですかね」
「うわぁ」
キャルシーさんに物凄く引かれた
何故だ
納得できん
「……もしかすると、異常を察知して外に出ようとするかもしれないので、私は正面を見張っておきますね」
「あ、うん、そうだよね!まだ出てくるかもしれないからね!」
懸念を言うと謎に元気になるキャルシーさん
「まあ、そっちの扉は固定してありますし、正面もかなり錆びてたので、毒で弱った状態では開けられないでしょう」
力の強い獣人基準で作られた扉が錆びたのなら、力が必要ない隠密では開けられる道理が無い
仮に開きそうになったとしても、私が反対から抑えて閉める
運動によって呼吸量が多くなってくれれば、どんどん死が近付いていくのでありがたい
「そ、そうだよね…」
何故かまた気落ちするキャルシーさん
疑問に思いつつも、別れて各々扉の監視を始めた
数時間後、黒ローブが全員倒れたのを確認して倉庫に入り、火葬した
死んだふりをしているのがいるかと思ったので、念の為心臓を一刺ししてから燃やした
未だ殺人には思うところがあるが、気にしていたらいつか足元を掬われる
私だって命がかかっているのだ
しかし、ギルドに戻るまでのキャルシーさんとの距離が遠かった気がした
物理的にも精神的にも
何故だ
解せん
この世の不条理を嘆かずにはいられなかった




