とある不審者達が見たもの
人々が行き交い、賑わう港の昼
太陽が照りつける中、多種多様な獣人たちが汗水流して仕事を続けていた
そんな港町の裏路地に一人の男がいた
男は影の中から獣人たちを観察し、
不快気に顔を歪めた
俺は栄えある帝国軍の一員だ
現在、隊長からの命でとある機密任務を遂行中だ
海を渡り、街に潜入したはいいが、どこもかしこも薄汚い獣人たちばかりで気分が悪い
この世界にこんな場所が残っているというだけで怒りが湧いてくる
だがしかし、これもあともう少しの辛抱だ
この任務を成功させれば俺は出世間違いなし
帝国に戻ったらまずは上手い飯でも食おう
その任務と言うのは、獣人共を混乱させ、兵士たちをこの街に誘き寄せることだ
この港町は、獣人共の巣窟と他の奴らを繋げる要地だ
無視はできないはずだ
獣人共と手を組む忌々しいドワーフ共や王国の奴らも、いつか我々帝国が支配してやる
獣人は俺たち人間に害をなす存在だというのに、どうして手を組むのか
全く愚かなことだ
計画は簡単
この街を炎で包んでやるだけだ
既に各地にいくつもの爆薬や油を仕掛けてある
後は火を放つだけだ
この獣臭い街を早く焼き払ってやりたい
汚物は消毒しなければならない
人間に仇なした報いを思い知らせてや
二日後
計画が開始された
夜の暗闇に紛れて、俺たちは動いた
事前に取り決めた時間通りに、自分の目の前にある導火線に火をつけた
急いで逃げれば、背後から爆発音と獣人共の悲鳴が聞こえてくる
全くいい気味だ
二十年前に大人しく降伏しておけばこうはならなかったのに
自らの過ちを悔いながら焼け死ぬといい
それから数刻もしない内に街は炎に包まれた
獣人共は叫び、逃げ惑い、焼け死んでいく
俺たちが上から見ているとも知らずに
時々見かける小賢しい奴らを殺して回るのが残りの任務だ
だが、散々不快な思いをしたのだから、少しくらい気分を晴らしたい
任務も順調だし、手を抜いても許されるだろう
それから、俺は助けを求める獣人たちをナイフで刺して回った
特にナイフを持って飛び降りたときの絶望した表情は堪らない
こんなにもナイフを使うのが楽しいと思ったのは始めてだ
他の奴らに先を越されないよう、どんなに小さな声も聞き逃さないようにしなければ
そのとき、また小さく女の声が聞こえてきた
その方向に走って向かうと、段々と声が大きくなっていった
刺し殺したときの表情を想像するだけで、足の疲労が消えていき、むしろ速度が上がっているような感覚さえ覚えた
辺りを見渡しながら進むと、道の端に逃げ遅れた親子がいた
母親はどうしたらいいのか分からず、子供を抱えながら怯えた様子で周囲を見回していた
子供の方は怪我をしているようで、太ももから一筋の血が垂れている
絶好の機会だ
子供を先に殺したら母親はどんな表情をするのだろうか
逆に母親を先に殺したら子供はどんな表情をするのだろうか
ああ
考えただけでも腕が震える
燃え盛る炎の熱以上に、自分の身体が火照っているのを感じた
俺がナイフを片手にわざと足音を立てて近付いていくと、母親は恐怖に顔を歪めて逃げ出す
しかし、子供を抱えたままでは速く走れない
すぐに家屋の残骸に足を躓いて、道端に転がった
追い付き、剣を突きつけると、母親は子供に覆い被さるように抱きかかえ背中を向ける
「お願いします!この子だけはっ!私はどうなってもいいから、どうか子だけはっ!」
いい顔だ
必死に嘆願する様は、獣の本来の立場を思い出したようだ
最低限の知恵は残っていたらしい
俺がこのガキをに剣を突き立てたら、コイツはどんな顔をするだろう
考えただけで笑いが止まらない
どうしようか
一旦、願いを聞き入れたふりをしてから殺してやろうか
いや、それも癪だ
ふりであっても、獣風情の願いなんて聞き入れたくもない
「諦めないでください!」
すると、別のガキが親子を庇う様に割り込んできた
邪魔をされて苛立ちが募るが、よく見てみると身体中傷だらけだが中々顔がいい
しかも、強い意思を感じる
持ち帰って売るのもいいが、こいつは俺が可愛がってやろう
上からは一人残らず殺せと言われているが、一人や二人俺の奴隷にしても問題ないはず
まずは右手をいただくか
抵抗できないように少しずつ切り取って、力の差を思い知らせてやる
「何やってんだよ」
その瞬間、顔に強い衝撃を感じた
直後に感じる浮遊感と微かな痛み
歪みぼやける混沌とした視界の中で見えたのは、全身が凍りつくような冷え切った表情をした少女だった
何がどうなってるんだよ!
さっきまではよかった
街が燃え、逃げ惑う獣共を見ているのはとても愉快だった
それがどうして!?
いきなり仲間の胸に何かが生えてきた
皆血を吹き出し、次々と死んでいった
あれはなんなんだ
前に国で見た魔術師の『影槍』に似ている気がするが、別の何かなことは確実だ
前に聞いた話だが、そもそも影魔術は発動に媒体となる影と魔力が必要なのだ
そして、自分から離れた場所で発動させようとすると、魔力制御が難し過ぎて扱いきれないのだと
相手の影を媒体に魔術を使うなど、魔術師団の団長くらいの実力がなければ到底不可能な領域だ
魔術の不得意な獣共にできるはずがないんだ
だが、アレの正体なんてどうでもいい
今はとにかくにげ………
その時
自分の胸からじんわりと熱が広がっていく
遅れてやってくる激しい痛みを感じた頃には身体に力が入らなくなり、意識が急激に遠のいていく
え?
どれだけ足を動かそうとしても、身体は言うことを聞かずに倒れていく
ゆっくりと迫る地面から目を背けたくて、必死に首を横に曲げ、息を呑んだ
最後にその目に映ったのは
屋根の上を疾走する小さな影だった
その影が俺を見た
端麗な顔に悪魔のような邪悪な笑みを浮かべ、真紅の瞳は俺を引き込んで離さない
怪しげな輝きに魂ごと吸い込まれる
そう直感的に感じたときには、いつの間にか地面に伏していた
それでも、俺はその少女から目を離すことができなかった
遠ざかっていく背中を追うように、意識も朦朧としてくる
段々と消え去っていく意識や感覚
だが恐怖は何も無い
人間の元に最期に残る魂は、既に悪魔に魅入られてしまっていたのだろう




