世の中二択でできている
模擬戦場に着いた私たちは向かい合い、戦いの始まりを待っていた
と、周りからは見えるだろう
実際、ラナはそうだろう
だが、私は、なんでラナから戦いを仕掛けられたのか
それを、未だに考えていた
なんかラナの気にくわないところがあったのかなー
それとも、私は保護者に相応しくないとか?
だとしたら悲しいなー
まあ、思い当たる節しかないんだけどね
はあ、ウルにもそう思われてんのかな
はぁー
辛い
そうこうしていると審判のキャルシーさんが歩いてきた
丁度いい人がいなかったので、無しで始めようとしたら、その場にいたキャルシーさんにウルが強引にお願いしたのだ
なので、それから今に至るまで、ずっと機嫌が悪そうだ
今も、私の方を向いて睨んでくる
すみません
模擬戦場の周りには沢山の観客がいる
多分、タイラガを倒した奴とその仲間が戦うのが見たいのだろう
あの獣人、意外と顔が売れていたらしい
今更だが、なんでこんなに目立っているのだろう
一体、私はどこで道を踏み外したのか
うーん
限界まで遡ると、興味本位で竜を見に行ったところかな?
キャルシーさんは模擬戦場の中央端まで歩くと、両腕を上げる
模擬戦が始めるようだ
かつて、これほどまでに無益な争いがあったのだろうか
私視点の感想に過ぎないが、私はできる限り無意味な戦いはしたくない
「それでは、始め!」
キャルシーさんの声が聞こえた瞬間、ラナが私に向かって正面から突っ込んでくる
突進の速度は小さい子供のものではなく、ラナの体格に似合わない力も備えられていることだろう
見た目で油断しないように、常に気を引き締めておくべきだ
だがまあ、それでも、赤竜の突進に比べたら天と地ほどの差がある
油断や過小評価は敵だが、過大評価もまた敵だ
ラナは私の目の前にくると、跳び上がり、突進の勢いが乗った拳を繰り出す
「ふっ」
しかし、私は落ち着いて横に動き、ラナの拳は地面に突き刺さる
見間違いかもしれないが、地面が軽く凹んでいる気がする
しっかし、痛そうだなぁ…と思いつつ、少し距離を取ってラナの様子を見守った
だが、それは杞憂だったようで、ラナは変わらず、素早い動きで身体を起こし、こっちにもう一度突っ込んでくる
元気なのは素晴らしいことだが、それだけで勝てるほど、私は弱くないつもりだ
正面から迫る、ラナの真剣な表情を眺めてみるが、やはり何を考えているかは分からない
そろそろ限界だなと思ったところで、私は落ち着いてもう一度ラナの拳を避けた
「…っ」
ラナの拳は空を切り、驚きと悔しさが混ざったような表情を浮かべる
だが、私は別に大したことをしたわけではない
ラナの攻撃は分かりやすい
攻撃する場所に視線が向いているし、力みすぎているのか、動きが直線的だ
これが、全て私をこう思い込ませるための罠だとしたら大したものだが、十中八九そうではない
果たして、私はそれを伝えるべきなのか
もし、ラナが怒っているのだとしたら、火に油を注ぐことに他ならない
……私はどうすればいいんだろう?
「はぁっ!」
続いて繰り出された拳も空を切り、着地点を失った力がラナの身体をよろめかせる
攻撃するには絶好の機会だが、私攻撃をするのは許されているのかという疑問が、私の身体を動かさせない
仮に、ラナが私に対して、何かしらの怒りがあり、その憂さ晴らしとして戦っているのなら、私は甘んじてその拳を受けるべきだろう
しかし、ラナが本気の戦いを望んでいるのだとしたら、今私がやっていることは侮辱行為に他ならない
どうしてこう二分の一を迫られなければならないのか
本当に運がない
私が考え込んでいる間に、ラナは体勢を立て直し、また突っ込んでくる
流石にラナも学習したのか、今度は大きな一撃ではなく、密着状態から何度も拳を繰り出す
しかし、それでもまだ大振りだ
振るった腕は、最後まで伸び切り、引き戻すまでに時間がかかる
肩や胸、腹など攻撃する場所を変えてはいるが、腕を振る直前に、視線が向いている方向でどこを狙っているのかは丸分かりだ
途中で蹴りを混ぜたりもしてきたが、結果は変わらない
回避が難しいものは、なんとなくで受け流し、被害を軽減する
すると、観客の方から聞いたことある声が聞こえてくる
「あの子の攻撃は一撃食らったら終わりなんだ。俺は戦ったから分かる。だから、もう一人のガキは避けるしかない。防戦一方だ。動きが小さいのは、疲れで大きく動けないからだな。いつか防御が崩れたところに、一撃もらって終わりだ」
気に障る言葉が聞こえてきた方向をチラッと見ると、仲間(?)に勝敗の予想を自慢げに話すタイラガがいた
おーいそこ
聞こえてるぞー
私とラナの扱いに差がありすぎませんかね?
他の観客の声に紛れると思ったら大間違いだ
どうせだし、と、他の観客の声にも意識を向けてみると、色々と聞き捨てならない情報が聞こえてくる
取り敢えず、私が嫌われてるのは分かった
聞いたところによれば、所々でこの戦いの賭けが行われているようだ
人の苦労も知らないで、勝手に遊びやがって
周りの会話を聞くと、どうやら大体みんなラナに賭けているらしい
非常に腹が立つ
大体、あまり大きく動けないのは、動くとフードが取れるからだ
接着剤でくっつけておけば良かったか
攻撃しないのは、ラナがなんで模擬戦を仕掛けてきたのか考えてるから
見当違いも良いところだ
今すぐ、その無知を煽ってやりたいが、目の前にラナがいるので無理だ
まあ、仮に自由でもそんな勇気は無いからしないだろうが
そうして、意識を他の場所に向けた丁度その時、ラナが攻撃を仕掛けてきていた
私の気が逸れていたことに気付いたのだろう
腕を大きく振りかぶり、これで仕留めるという鋭い目で私を捉えていた
今までで、最高の威力を持った一撃だろう
あー、油断した
最初にあれだけ言ったのに
はあ…、なんで戦いを仕掛けてきたのかは、後でラナに直接訊こう
遅すぎる決断をした頃には、ラナの拳は既に放たれ、私の顔面に迫っていた
回避も受け流しも厳しい距離
防御はできるが、ラナの本気に耐えられる自信はまだない
まともに受けたら多分骨が折れる
回避、防御が無理ならどうするか
残されたのは攻撃一択
ならば、それに従い攻撃するしかない
私は迫りくるラナの拳に向かって、自分の拳をぶつける
その瞬間、ラナが弾けたように後ろにのけ反る
そして、驚愕に目を見開くラナに、遅れてやってくる強烈な痛みを堪え、無理矢理力任せに蹴飛した
「がっ…」
ラナは吹き飛び、戦場の端近くまで地面を地面を転がっていった
ラナの柔らかな肌からは想像できないような硬い感触が足に残っていたが、確かな手応えがあったとも言える
足を突き出し、片足立ちの状態から残心を解き、足を引き戻す
観客たちは皆一斉に押し黙り、辺りからは
ラナはそのまま一直線に飛び観客達に突っ込んだ
私の勝ちだ
すると、突然、何かが焦げたような臭いが、私の嗅覚を刺激する
僅かに遅れて、首筋に伝わる熱気
見なくても分かる
これは多分私の髪が燃えている
私は、慌ててフードをかぶり、頭を強めに振って消化を試みる
効果があるかは分からないが、やらないよりかマシだ
勝った瞬間焼死とか洒落にならないんだが?
ふぅと息を吐いて、ラナの方を見ると、観客の手前でうつ伏せになったまま、動いていなかった
恐らく気絶しているのだろう
駆け寄って介抱するべきか迷ったが、フリだった場合が怖いので、距離を取って様子を見ることにした
すると、会場がシーンとなる中、キャルシーさんが冷静に審判を下す
「レナちゃんの勝ち!」
あ、終わった
微妙な呆気なさに、私は何と言えばいいか分からず、暫くその場で立ち尽くしてしまった
暫くして、ラナはウルと冒険者の皆さんの手でギルドの中に運ばれていった
救護室的な場所があるのだろう
ラナ、大丈夫かな?
まあ、私がやったんだけど
「はぁ〜、疲れた…」
誰もいなくなった戦場で、私は大きな独り言を漏らす
肉体はまだまだ動くが、精神は疲れ切って、ものを考えるのすら億劫だ
なんで、一応勝ったのにこんな気分にならなければならないのだろう
私がフラフラとギルドハウスに戻ろうとすると、横からキャルシーさんが近づいてくる
また何か言われるのかと身構えると、キャルシーさんは突然片目を瞑り、ウィンクをした
「ありがとね。一稼ぎさせてもらったわ」
そう言って、キャルシーさんは軽い足取りでギルドの中に戻っていった
キャルシーさん
あんたもか




