知らぬ間に破滅に向かってることってあるよね
毎度のことながら遅くなってすいません
「最初に結論を話すと、この国は滅亡の危機に瀕しているわ」
開口一番、衝撃の事実が語られる
しかし動揺は一切無く、また面倒なことになったと辟易した方が強い
「……ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますよ」
あまりにも無反応だったためか、ほぼ最速で訝しまれる
若干、自分の思考に入ってはいるが、話は聞いているので自信を持って否定した
今回に関しては後ろめたいことはない
「そう。なら続けるわ」
私の返答をどう受け取ったのかは謎だが、話は先に進む
「事の発端は半年前、付近の雪林に一体の魔物が現れた」
純白の地面に針葉樹が立ち並び、禍々しい雰囲気を纏った魔物が一体
形は不確かだが、強い力を秘めていることは確実だろう
得られた情報を元に、脳内で事態の様相が形成されていく
「発見されたのが半年前だから、実際にはもっと前から存在していたんでしょう。ある冒険者がそれと遭遇し、推定Bランクの危険度として報告された」
Bランクといえばそこそこ強い部類の魔物だ
下位の竜辺りも属しているはず
「幸い私たちは冒険者ギルドと仲良くやってる。だから、ギルドには手が余るということで、討伐は私たちのところに回ってきた」
私の曖昧な記憶によれば、Bランクの魔物はAランク一人かBランク四人相当の危険度のはず
ロンギスのBランク以上の冒険者は私とじいさんズ、後は恐らくギルマスとあの人たちくらいだろうか
多くの冒険者がCからDなことを考えると、ロンギスより二回り大きい程度の街には厳しいものがある
ほぼ最高戦力を揃えなければ、確実とは言えないだろう
その点、国に任せてしまえば、Sランク相当の女王様がいるのだからこの上なく安心できる
至って当然の判断だろう
「こういう事例は少なくない。この事案も慣習通り、騎士団が処理することになった」
どうやらこの国には騎士団があるらしい
なんだかんだで、全身鎧に剣と盾というこれぞ騎士という人々は見たことはないので、是非ともお目にかかりたいものだ
「だけど、ここで問題が生じてしまった」
目を閉じて軽く嘆息すると、一拍置いて再び口を開く
「いかに小国と言えども、例に漏れず一枚岩ではない。自らの益を増大させんと日夜他人の粗を探しては足を引っ張りあっている。勿論、彼らも国の存亡の危機となれば手を取り合うでしょうけど、今回のような特別重大ではないけれど、軽視もできない案件では、一層気合いを入れて潰し合う」
心底呆れたという様子で、眉間に皺を寄せる
そんな姿でも絵になるのだから、美人というのは恐ろしい
「かくいう私も、無能を炙り出そうと静観した。それが間違いだった」
過去の選択を悔やんでいるのか、声の調子が一段落ちる
この完璧に見える女王様でも失敗することがあるらしい
当然といえば当然だが、こういう人は弱みを他人に簡単には見せようとしないものだと思っていた
「そうして私たちが足踏みをしている内に、その魔物は急速に力を付け、次に存在を確認したときには、推定Aランクほどの力を付けていた」
Aランクともなれば、Sランク冒険者一人と同程度とのこと
この女王様を以てしても、楽に勝てる相手ではなくなってしまったらしい
「しかも厄介なことに、奴が雪林に居座ったせいで、怯えた魔物がここまでやってくるようになってしまった。気付いた頃には魔物に先手を奪われ、日夜迫りくる魔物に震える始末。全く、滑稽な話よね」
クラウディアさんは嘲るように肩をすくめるという、おおよそ女王らしくない動作をとる
自分を含め、どうぞ好きに嗤ってくれと言わんばかりだ
だがまあ、似た経験は語りきれないほどあるので、偉そうに他人を批判できる立場にはない
そもそも、この女王様の前で無遠慮に嗤えるほど、肝は据わっていない
「なるほど。それで、私たちにはその魔物を討伐してくれと?」
話の流れから考えるに、戦力不足を補うために助っ人を呼んだのだろう
今この場にいるのは私だが、本来はあの人たちがやる予定だったと考えても、辻褄が合う
「うーん、それも頼みたいことだけど、本当に頼みたいのはまた別のことね」
なるほど
どうやらお願いは一つじゃないらしい
私を使い潰す気満々である
「話を再開するわね。今まで話したのは前置き、ここからが本番」
魔物がこの話の主軸ではないと
どんだけ問題抱えてんだこの国
「さっき説明した通り、今ここには断続的に魔物が押し寄せてきている。兵士たちが対処しているけれど、状況は厳しい。終わりのない戦いと不十分な休養は人の精神をすぐに蝕んでいく。騎士たちは決戦に備えて温存されるから、増援も無い。正直な話、手詰まりだったわね」
淡々と、しかし絶望的な状況が知らされる
道中見かけた人々は、活気こそ無かったが普段通りの生活を送っているようだった
今も、人々の生活を守るために兵士たちは戦っているのだろう
称賛すべき献身である
そういえば、私たちがここに来る途中、さほど多くの魔物を見かけなかった
それは方向が違ったからか運がよかったのか
だが、話に聞くような強大な魔物の気配も感じなかった
今まで遭遇した魔物の多くは、自らの力を誇示するように、魔力を解き放っていたので、より不自然に思えてしまう
後で魔物の詳しい情報を聞かないとな
「けれど、そこに救世主が現れた」
語調を強めて言う
「旅人だと名乗る男が突如現れ、押し寄せる魔物の群れをいともたやすく蹴散らした。その後も前線に残り、今も防壁で戦っている。男の名は瞬く間に国中に広がり、今や救国の英雄とまで言われてるわ」
危機的状況に現れた救いの手
しかし、クラウディアさんの表情は苦々しい
「ん?何か問題でもあるんですか」
不思議に思って問いかけると、待ってましたとばかりに口を開く
「いくらなんでも都合が良すぎるのよ」
それを聞いて、ああ、と納得する
「丁度窮地に陥った瞬間に、都合よく助けが現れるなんてありえないのよ。必ず誰かの思惑が絡んでいるはず」
強い口調で断言し、決して弱くない苛立ちを見せる
「だから、あなたたちにはあの男とその周辺を調査してもらいたい。そういうのが得意って手紙に書いてあったし」
あえて手紙を私に見せつけ、優雅に微笑む
また中々難しそうな依頼をされてしまった
あの人が余計なことを書いたせいだ
「……分かりました。引き受けましょう」
「助かるわ。…ああそうそう。私は他人の心を読むことができるのだけど、あの男には何の秘密も無かったから」
「……え?」
流れるように重大事実を告げられる
放たれた言葉を処理するのと同時に、流石あの人たちの友人だとどこか冷静に納得してしまう
「ならなぜ私に依頼を?もう答えは出てるじゃないですか」
「そうねぇ…、結局は勘かしら」
やっぱり…、とは思ったが口には出さない
「確かにこの力には随分と助けられてきたけど、これが全てだと思ったことはない。王っていうのは何一つ信じてはいけないのよ」
その言葉の端々から、強い意志と若干の寂しさを感じてとれた
王というのは孤独なもの
どこかで聞いた言葉が思い出される
「それにしては、簡単に話しすぎじゃないですか?私が味方とは限りませんよ?」
勿論裏切るつもりは無いが、気になったので聞いてみる
しかし、クラウディアさんは存外に澄ました様子で語る
「ふふっ、王とは言っても私も人間だから、一人孤独は寂しいのよ。だから、友人のことだけは無条件で信じるって決めてるの。あなたに話したのもそういう理由」
その友人というのは、恐らくあの人たちのことだろう
あの二人を信じるのはかなり危険な気がするが、人の友情に口を出すのは無粋というものだろう
最初は冷血な女王様だと思ったが、中々熱い心を持っているらしい
「さ、話はこれで終わり。報告は毎日早朝に纏めてお願い。緊急の場合はいつでも来てくれていいけど、誰にも見つからないようにね?」
「了解です」
色々と言いたいことはあるが、ひとまずは仕事をしよう
思えば、こうして諜報活動じみたことを頼まれてやるのは久々だ
失敗は許されないこの緊張感は、できればこう何度も味わいたくないものだ
「ああ、最後に言い忘れてた」
席を立ち上がりかけたところを引き止められる
まだ何か言っていない情報でもあるのだろうか
しかし、この感じ、いかにもわざとらしい
あの人との会話の終わりに、似た流れで追加のお願いをされたことが自然と思い出される
「ここには敵も味方を短剣を構えて潜んでる。もし襲われたり、怪しい者がいたとしても、極力殺さないでね?」
「いや、分かってますけど」
「そう、ならごめんなさい。でも、もしもってことがあるからね」
人を何だと思っているんだと問いただしたくなるが、恐らく訊いたところで満足する返答は得られないだろう
というか、実際私は吸血鬼なので、その点を考えれば間違ったことは言っていない
流石にもう言うことは無いだろうと、今度こそ立ち上がり、珍しく隅で静かにしていた四人の元に戻る
近寄るやいなや、かなり強めに飛び付いてくるので、何とか転倒しないように踏ん張る
「それじゃあ」
最後にそう言って、転移の魔法陣を起動する
光に包まれていく視界の中で、クラウディアさんは優雅に手を振っていた
そういや、あの人心読めるんだよな
ってことは私の脳内全部漏れてたってこと?
つか吸血鬼とか言っちゃったくないか?
あ、これ詰んだな
視界が完全に切り替わる直前
そんなことを思った




