手紙ってややこしいよね
遅れてすいません
翌日
私はいつも通りギルドを訪れた
普段より若干人が少ないことを除けば、いつものギルドである
しかし、今日はそれ以上の変化があった
あの人がいない
いつも扉を開ければ真っ先に視界に入る、正面の受付に座っているのだが、そこには誰もいない
別の仕事でもしているのかと思ったが、よく考えてみれば今までそんなことは無かった
面倒な雑務は全て他人に押し付け、嫌な笑顔で出迎えてくるのがあの人だ
不思議に思っていると、受付の奥で忙しなく働いていた職員の一人と目が合う
すると、その職員さんははっとした様子で駆け出すと、受付を出て、私のところまで駆けてきた
その手には小さな紙があった
「レナさんですよね?」
「そうですけど」
「ルトリアさんよりお手紙を預かってます。こちらをどうぞ」
職員さんは手紙を手渡すと、また駆け足で奥に戻っていった
暫く、手紙を持ったまま直立不動だった私だったが、意を決して手紙を開く
嫌な予感しかしないが、無視したときが一番怖い
とりあえず、魔術的な仕掛けが無いことは確認したので、残りは内容だ
レナちゃんへ
諸用でアイシアと一緒に遠出をします
ちょうど私たちの友人から招待をされていたので、私の代わりに行ってきて下さい
場所はアルファレイ王国
王都フローレス
王都で一番高い場所で待ち合わせです
日時は四日後の早朝です
よろしくね
ルトリア
……なんというか
無責任にも程がある
何故私が代わりに行かなければならないのか
そもそも行き先見知らぬ土地だし
二人のご友人にしても、急に見知らぬ子供が代わりに来たら困るだろう
気まずいにもほどがある
しかし、一つ重要な点がある
私に断るという選択肢は無いのだ
なんと辛く悲しいことか
まあ、あの人も馬鹿ではない
その辺りをきちんと考慮した上で、私に行けと言ってるのだろう
その程度の信頼はある
今回も大人しく従うとしよう
どうせ予定も無いし、売れるときに恩を売っておくのもありだろう
異国の地から帰ってきて早々、また異国の地に赴かなければならなくなったわけだが、仕方のないものは仕方ない
今回は引率すらいないので、事前に情報収集をしなくてはならない
四日というのが長いのか短いのかは分からないが、まずは場所を調べないことには話にならない
まずは図書館にでも行くか、とギルドを出ようとしたとき、さっきの職員さんが戻ってくる
今度は大量の資料を胸に抱えている
「目的地はアルファレイで正しかったでしょうか?恐らく、ご存知無いと思われるので資料をお持ちしました」
そう言うと、職員さんは空いていた机にドサッと資料を置き、山の中からいくつかを手渡してきた
受け取り開いてみれば、そこにはこの大陸の地図が
有能極まりない
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ、味方に付くというお約束ですから」
「別に本当に守ってくれなくても良かったんですよ?」
「ははっ、ご冗談を」
そういうわけで、職員さん改め変装したギルマスは、新たにいくつかの資料を取り出して、内容を読み上げ始めた
「アルファレイ王国は、この大陸の東端に位置する小国です。領地は氷獄山一帯。王都と少数の集落から成る小国ですが、氷の輸出を一手に担う交易国でもあります。人族と亜人族が共存する数少ない地域であることも特徴ですね」
なるほど
つまりは山地にある雪国か
ドワーフの国も山ではあったが、雪は降っていなかった
環境的には上位互換、いや下位互換なのか?
東端にあるとのことなので、距離はかなりあると考えていいだろう
更に山を登らなければならない
出発は早い方がよさそうだ
「ああ、言い忘れていました。かの国の女王は、Sランクに匹敵すると言われる力の持ち主です。くれぐれもお気をつけて」
「分かりました。ありがとうございます」
ギルマスにお礼を言いつつも、内心は荒れに荒れていた
え、Sランクもいるの?
極寒の地に?
私に死ねと?
私の天敵欲張りセットじゃないか
そこに虫がいたら完璧だった
王という偉い立場の人物なら、相当運が悪くない限り遭うことは無いだろうが、国に入った時点でバレる
なんてことが絶対に無いとは言えない
Sランク=何でもありと思っておいた方が良いだろう
しかしまあ、どれだけ愚痴を言っても状況は好転しない
「そろそろ行きますかぁ…」
「承知しました。無事を祈っております」
「あ、地図持っていってもいいですか?」
「勿論です」
許可をとって、適当な地図を一枚手に取り、扉に向かう
四日でどれだけ進めるか分からないが、あの人も不可能なことはやらせないだろう
……待てよ?
ふと、嫌な予測が脳内をよぎり、足を止める
「すみません、ちょっと聞いていいですか?」
「はい?どうしましたか?」
別れを済ませたはずの私が振り返り、ギルマスは困惑した様子だったが、演技は全く崩れない
「この手紙渡されたのっていつでした?」
ギルマスは目を瞑って思い出す素振りを取ると、歯切りよく答えた
「少々お待ち下さい…………、三日前の早朝です」
「えっ、てことは…」
あの人が待ち合わせが四日後というのを、渡した日を基準に数えていたとしたら、待ち合わせは……
「明日の早朝!?無理でしょ!?」
突然の大声で、ギルドにいる全員がビクッと身体を跳ねさせる
ギルマスも困った様子で苦笑いを浮かべる
確か、ロンギスは大陸の南端だ
目的地は東端
大陸の端から端への移動が短いはずがない
大陸の広さにもよるが、飛行機並みの速度でも厳しいだろう
流石の私も飛行機を超える速度を出せる自信は無い
案の定というかなんというか、あの人の依頼はやはり無茶であった
「話は聞かせてもらいました!」
すると、バンッと大きな音を立ててギルドの扉が開かれる
反射的に後ろを向けば、ウルが扉の前で仁王立ちしていた
後ろには残りの三人も立っている
しかし、唯一、ホクだけは、不甲斐ないと言わんばかりに縮こまっていた
後で何かしてあげよう
「どうやら、遠くに行くみたいですね!」
どこから聞きつけたのか分からないが、途轍もない地獄耳であることは間違いない
最早煉獄耳とか言ってもいいかもしれない
……何言ってんだこいつ
とりあえず、これで迂闊に独り言が言えなくなった
「それなら私が走りましょう!」
ウルは高らかに宣言すると、一瞬の間があった後、私の腕を引いて外に走り出した
「ちょっ、あ、ありがとうございました!」
ギリギリ声が届く範囲から離れる前に、ギルマスにお礼を言っておく
すぐに手を振ってくれたので、恐らく聞こえているだろう
いつになく強引なウルに連れられ、街の外へ向かっていく
最低限の用意は終わっている上に、事態は一刻を争う
今この瞬間にウルが現れたのも、ある意味幸運と言えるのかもしれない




