病は気からって案外ガチ
部屋から抜け出し、外へ出る
その瞬間、大音量の虫の羽音が空気を震わせる
瞬時に鳥肌が立ち、この先に進もうという気力が失せていく
不快でしかない
それでも一度した約束は守らねばなるまい
止まった足をもう一度動かして、外へと続く門に向かう
門ではウルの言った通り、未だに戦闘が続いており、虫の羽音に混じって、男の怒声や金属音、爆発音なんかが響いてくる
入ったときには開いていた大きな扉は、今は固く閉ざされ、その先の光景は見れない
しかし、激しい戦闘音は分厚い扉を通り抜けて聞こえてくる
上を見上げれば、高い壁の上にいくつもの人影が薄っすらと見える
角度がキツく、ただ立っているようにしか見えないが、絶えず響く爆発音や不規則に薄く赤に染まる空、門の上で高まる激しい魔力が戦闘が行われていることを教えてくる
全力で戦う冒険者
しかし、私の意識はそれよりも、全力を出さざるを得ない虫の大群に向かってしまう
門に近付けば近づくほど気力が失せていく
反対に、ウルは戦闘衝動が抑えられないのか、私が足を止めても身体のどこかが動いている
足して二で割ったら丁度良くなるのかなー
別のことに意識を向けるくらいしか対処法が思い付かないや
約束を守るため、諦めて壁の上に繋がる階段を昇る
一応壁に囲まれているため、羽音が小さくなるが、ほんの気休めだ
外に出れば、また大音量で羽音が響く
それだけでなく、壁の上には、木の枝のような足や、単体で見ればそこそこ綺麗な羽など、虫の残骸がいくつも散らばっている
また、緑や黄色の虫の体液があらゆる場所に飛び散っており、そこには足を踏み入れたくない
血も体液の一種だが、虫のものは管轄外である
私はゲテモノ料理を率先して喰いはしない
好奇心よりも嫌悪感が圧倒的に強いのだ
壁の上で戦っている冒険者たちは、皆必死の様相で、私たちのことを気にしている暇は無さそうだ
となれば、さっさと動くべき
私はウルに静かに手招きをして、壁の縁に立つ
真下に広がるのは遠い遠い地面
断崖絶壁そのものだ
今は無いものが縮むような感覚がある
生存本能とは本当に度し難いものだな
壁の外に出る方法は、壁を上から乗り越える以外無い
けれど、ここから飛び降りれば当然死ぬ
いくら吸血鬼の身体でも限度がある
だから、他のものを利用する
利用できるものは全て利用するのが弱者の生き方だ
覚悟を決めて、崖に向かって勢い良く走る
下は見ず、前だけを真っ直ぐ見つめて…
虫しかいなくて吐きそうになる
それでも一度動き出した足は止まらない
慣性の法則万歳
関係ないけどな!
石でできた壁の縁を蹴り、虫たちが犇めく空中に身を踊らせる
同時に、眼の前にいる私よりも大きな巨大蜂に向かって魔法を放つ
「『暗転』!」
森で彷徨っている間に考えた、相手の意識を失わせる魔法
しかし、一、二回使っただけの付け焼き刃の魔法は大した力を持っていない
効いても、精々一秒だ
だが、それでいい
眼の前の巨大蜂の目にも止まらぬ速度で動いていた羽が、突然ピタリと止まる
羽ばたくことをやめた蜂の身体は当然落下を始める
私はその上に着地し、微妙に丸い腹を掴んで堪える
私の着地の衝撃で、更に落下速度を上げる蜂の身体
しかし、次の瞬間、意識を取り戻した蜂は再びその透明な羽を高速で動かし始める
落下を防ぐために蜂も必死なのだろう
かなり強い風圧が正面から私を襲ってくる
蜂の上から落ちれば私も死ぬ
虫には触れたくもないが、命には代えられないので心を無にして掴む
無数の虫に中から蜂を選んだのは、虫の中でも比較的気持ち悪くないからだ
だから大丈夫…
蜂はセーフ
セーフだと思え…
徐々に迫ってくる地面
同時に、速度も徐々に落ちていき、衝突が先か停止が先か分からない
ハラハラドキドキの白熱した展開
しかし、私はそんなことよりも蜂から早く離れたくて仕方ない
地面からの距離が飛び降りても大丈夫なくらいになったのを確認した瞬間、両足で蜂の背を蹴って飛び降りる
着地地点はできるだけ虫が少ない所を選び、両足でしっかりと着地する
安全を確認してすぐに手を思い切り振る
少しでも虫の感触を忘れたい
「どうしたんですか?」
すると、背後からウルが不思議そうな表情で問いかけてくる
「な、何でもないわよ」
ウルも怪我無く壁を降りられたことに安堵しつつ、ウルの視線を必死に誤魔化す
威厳を保ちたいとは思わないけれど、失望されるのは怖い
私はそこまで他人を信じられない
「さあ、行くわよ!」
誤魔化すように声を上げて、歩き出す
大きな声を出すという失敗を後悔しながら、気配を消し、虫たちの横をすり抜けて進んだ
数分後
私は今スタンピードの発生源である森に来ている
ここまでの道で見た虫のせいで、既に精神が死にそうになっていた
今も周りから虫が飛び出してこないか不安でしょうがない
「レナ様、どうしたんですか?目が死んでますよ」
「もう気にしないで、大丈夫だから」
「そうは見えないんですけど……」
「大丈夫、大丈夫……」
要は気持ちの持ちようだからね~
こういうときは、自分の信じたいものを本気で信じ込める都合のいい頭が欲しくなる
ガサガサッ
バキッ
ガガガガガッ
すると森の奥から異様な音が聞こえてくる
その音は少しずつ大きくなっていき、自分のすぐ横に虫が潜んでいるような錯覚を引き起こしてくる
「音がしますよ!見に行きましょう!」
そんな私をよそに嬉々として私の腕を引くウル
やだよ~
行きたくないよ~
絶対虫がいるじゃん
「うん……」
よく考えずに約束なんかするんじゃなかった
せめて、カブトムシとかにしてくれよ……
頼むから…
音を頼りに森の奥に進んでいく
全力で気配を消し、バレないように慎重に
音の先に居たのは……
大きい
ぞれはもう大きな
ムカデでした
瞬時に目が死んだのは言うまでも無い
なんでそんなピンポイントで私の嫌いな虫引くかなぁ…
ねぇ(遺言)
反応がワンパターンですいません
でも、嫌いなものに会うと同じ反応になるじゃん




