北の麗日
北の最果ては、ねんじゅう雪がふっていて、氷のかべにとざされておりました。その寒さといったら、少しもあたたかな日がなく、頑丈な魔物でさえ生きていかれないほどでした。
草も木も生えない氷の山に、しかし、たくさんの人々が暮らす大きな国がありました。北の国はりっぱなお城があって、城下町がどこまでもつづいて、何よりねんじゅうあたたかく、雨風のたいへん少ないところでした。他の国との行き来は自由になりませんでしたが、北の国はたいへん栄えておりました。
どうして国じゅうが氷におおわれないのかというと、この国には女王がいて、いつも人々があたたかく幸せに暮らせるよう祈っておられるからでした。
アウラは人間ではなく、氷の山々に暮らす白いクマの精霊でした。精霊は30年のあいだ、人間のすがたになって、北の国を守ってくださるものでした。
さて、北の国にはエリザベラというたいへん美しく気高い、力の強いアウラがおりましたが、エリザベラはもうすぐで30年の約束を終えるところでした。そこでエリザベラは、愛らしい娘をつれてきました。
「この子はマチルダ。あらたなアウラです」
そう言うと、クマのすがたにもどって、氷の山へかえっていきました。
小さなアウラ、マチルダは、小さなおひさまのような子どもでした。にこにことあいそよく、また、ひとの痛みのわかる心やさしい子どもでした。
小さなアウラは毎朝、お堂にこもって、人々のために祈りをささげました。おかげで、北の国の人々は、少しも寒いおもいをせずにすみました。
人々はしたしみをこめて、小さなアウラを「こはるびの君」とよびました。
この国にはもうひとり、たいせつな役目をもったものがおりました。
アウラはいだいな力をもっておりましたが、それはたたかい、傷つける力ではありませんでした。言葉をかえせば、自分を守る力がなかったのです。
たいせつなアウラを守るのは、「竜騎士」のつとめでした。
北の国にはひとりの竜騎士がいて、この男がずっとアウラを守っていました。というのも、竜騎士は北の国を守る竜そのものでしたから、はじめのアウラからいまのアウラまで、すべてのアウラを長い年月守ってきたのです。
竜騎士はマチルダをよくかわいがり、母親を恋しがったり、遊ぶ友だちがいなくてさみしがったりしないよう、よくめんどうを見てやりました。
北の国のだれもがマチルダを愛していましたが、竜騎士は、だれよりもマチルダを愛していました。そして、マチルダも、竜騎士をとくべつにひいきして、だれにも言ったことのないわがままを言ってみせるのでした。
マチルダが10才になった年、はじめて、北の国の空がくもりました。それまでお天気の空しか知らなかった人々は、おおいにあわてふためきました。太陽がかげってしまうなんて、この世の終わりにちがいないと思ったからです。
城もたいへんなさわぎになって、だれもがマチルダのことを心配しました。お日さまが見えないのは、アウラの心になにかあったからにちがいない、と思ったからです。
そんな時、竜騎士をひとりの神官がたずねてきました。年老いた神官はこう言いました。
「北の寒さは、年々きびしくなるばかり。むかしとおなじように考えてはなりません。このてごわい寒さをしりぞけるには、よほどの力が必要です。はたして、あの小さなアウラの御心は、いつかこわれてしまうのではと心配になるほどです」
これをきいた竜騎士の心はおだやかではありませんでした。北の国を守る竜であるはずが、男はすっかり人間の親のような心地になって、マチルダだけを守れたならそれでよいと考えはじめていたのです。
そうして竜騎士は竜のすがたにたちもどり、おおいなる力をふるって、マチルダを塔のいちばん高いところへとじこめてしまいました。
「騎士さま、騎士さま。どうかわたくしをここからお出しになって。人々のために祈りをささげねばなりません」
マチルダがやさしい声でおねがいしても、竜は首をうんとふりません。
「騎士さま、北のさむさはずっときびしくなっています。わたくしが祈らなければ、いまに町じゅうがこおってしまいます」
マチルダがひっしにうったえても、竜は知らんふりをしました。
やがて、太陽はおおいにかげり、1日じゅう顔を見せませんでした。そのつぎの日も、つぎの日も、太陽はあらわれませんでした。それどころか、マチルダが言ったように、町はすっかりこおってしまいました。
なにがおこったかわからないまま、人々は家からもでられず、だれにもたすけをもとめられないまま、こごえたり、うえたりして、たおれていきました。
こうして、ほかの国々が知らないあいだに、北の国はひっそりとほろんでしまいました。
やっと自分のしたことのまちがいに気づいた竜は、いそいでマチルダをお堂にもどしてやりましたが、すべておそすぎました。マチルダは、いのちの声がどこからもきこえないと言って泣きました。
お堂にはただひとり、あの年老いた神官だけが生きのこっていました。
「もう城じゅうだれもおりません。それはあなたさまが、さからうものをみんな殺しておしまいになったからです。そして、町じゅう、国じゅう、だれもおりません。これは、どなたさまが殺しておしまいになったからでしょうか」
神官はマチルダににじりよりました。竜はとっさにマチルダをだきあげましたが、マチルダは虫の息でした。
「国を守れなかったアウラは、心がこわれてしまうのですよ」
神官はしずかに言いました。
竜はマチルダをだきしめますが、小さなからだはどんどんよわって、息もきこえなくなっていきました。竜は泣き、大地がさけるほどにさけび、マチルダの小さなからだをひとくちにのみこんでしまいました。
「どうしておれは、おまえの言うことをきいてやれなかったのだろう。どうしておれは、なにひとつ守れなかったのだろう」
竜はなげいて、血もこおるようなふぶきのなか、じっとしていました。もう生きることもつらく、なにも考えることができず、竜の心はこおってしまいました。