episode3
EEPT。
正式名称は俺達には分からない。
だが、一つ言えるのは俺達が《アダルト》になるために一度は絶対に通らないといけない道だということ。
古参である俺や、269番、39番は時期はバラバラだが、《EEPT》を経験している。
あれは全ての《メニュー》の中で最も過酷で、遂行できる者は1パーセントにも満たない。
俺も実際、なんで生きているのか不思議なくらいの生き地獄だ。
腕を切断され、腹の中をいじくりまわされ、体中を炙られる。
気絶しても強烈な痛みのせいで意識を無理矢理覚醒させられる。
俺達の《メニュー》の時間は十二時間。
十二時間の間、それが繰り返される。
「777番…」
それを知っているからこそ、俺は777番の名前を口走っていた。
「168番!私語は厳禁だ!!次、私語を見つけた場合、特別室送りだと思え!」
獣人からの叱責に、俺はハッと自分の犯した誤ちに気づく。
とっさに次の言葉を胃の中へ押し込み、口を閉じる。
「各自、《メニュー》の部屋へ移動するように」
そう言い残して部屋から退室する獣人。
皆も気まずそうに部屋を後にする。
「ありがとうございます…私のために……」
すれ違いざま、そう俺の耳元で囁いた777番。
俺はただ、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
☆
俺は一度、五歳の頃に《アダルト》を見たことがある。
俺達と同じく直方体の白い部屋の中で、複数の人型の機械相手に戦う姿を。
それはまさに圧巻だった。
俺達はこの十年以上、《メニュー》を遂行してきたが、それでも尚、あの動きが出来るとは思わない。
部屋の中を三次元的に疾走し、両手に握られた短剣で的確に機械の接合部を切り離していく。
その時、俺達は悟った。
俺達は戦士を作るための実験の実験用奴隷なのだと。
「168番、心拍不安定。誤丸」
《EEPT》は言わば人体改造。
俺達が幼い頃から行ってきたのは《EEPT》に耐えるための体作り。
《EEPT》を生き残った奴隷は、飛躍的に全ての能力が向上する。
俺や269番は《EEPT》を終えたあと、自分を疑いたくなるような成果を見せた。
今、俺が行っているのは《EEPT》によって向上した能力を更に伸ばすための《メニュー》だと言える。
そして《アダルト》になれば、俺達の実験は終了。
然るべき場所へ移動させられる。
俺の体感では《アダルト》になるまでの時間はそう無い。
長くて数年。短ければ一年後には俺達十五組は《チルドレン》から《アダルト》になっているだろう。
俺達がバラバラになれば、全ての作戦は頓挫する。
だからこそ早く作戦を実行しないといけない…いけないが…。
「一度休憩を挟む。十五分後、再開だ」
乱れた息を整えながら、俺は壁に背中を預ける。
俺が269番にした言い訳はあながち間違いではない。準備は出来ているが、実行する隙がない。
今、行動に起こせばかなりの確率で失敗する。いや、確実に失敗するだろう。
777番は作戦を行うに当たっても、これからのことを考えても必要な存在だ。
だが、もし作戦が失敗したら…。
俺は数度、獣人達の口から『他の施設』というワードを耳にしている。
《施設》はここだけじゃない。実験はここ以外にも行われている。
俺達の廃棄は簡単に行われる。つまり、もし失敗でもすればこの《施設》にいる《チルドレン》全てが廃棄なんて可能性も十分にありえる。
俺たち奴隷に希少価値など無いのだ。
777番は優しい。
俺達にそんなリスクを背負って欲しくないと思っているだろう。
だからこそ、あそこで777番は俺に「助けて」ではなく「ありがとう」と言った。
「……どうすればいいんだよ」
顔を手で覆い、久しく零れる涙を手のひらで感じる。
どうすればいいか。
俺は昔から117番を傍で見守っていた。
猪突猛進なアイツを宥める。それが俺の役目だった。
それは117番が死んでからも変わらない。俺は一歩引いたところで冷静に、利口な手を選んで、皆に貢献する。
それが俺、168番の役割。
俺の役割を全うするのなら、777番を見捨てる。
それが利口で堅実で、無難でノーリスク。
間違ってなんてないはずなのに。
「168番、《メニュー》を再開しろ」
俺は立ち上がり、走り出す。
いつも通り、腕を振り、腿を上げる。
「おい、168番!どこへ行く!!」
俺は一直線に部屋のドア目掛けて走る。
緊急用のサイレンが鳴り響き、ドアをロックが強制的にロックされる。
だが、そんなのはお構い無しだ。
777番の元へ。
俺は渾身の力を拳に込めて、ドアをぶち破る。
「待ってろ…!!」