episode2
今から二千年以上前、人族と獣人族の立場は真逆だった。
差別と迫害。奴隷として多くの獣人達が人族の奴隷として生きていた。
だが、二千年前に一人の獣人族の勇者がこの世界を変えた。
そこから人族と獣人族の立場は逆転した。
これが世界の常識であり、変えることの出来ない事実。
人族は獣人族の奴隷として生きることになった。
「これ何度目だよ」
「うるさい。バレると後が面倒だぞ」
隣に座る269番が十年以上毎日聞かされている言葉に悪態をつく。
この《施設》で《メニュー》遂行中の私語は禁止。
一言でも喋ったのがバレたら廃棄、つまりは用済みのレッテルを貼られ、実験ではなく生贄に回される。
だが、269番の言いたいことも分から無くはない。
俺達実験用奴隷の一日の《メニュー》は座学から始まる。
いかに獣人が崇高な存在であり、人族である俺達が愚かかを説く楽しい楽しいお勉強。
それをこの《施設》に来てから、正確には言葉を理解してから毎日同じ話を聞かされているのだ。
愚痴の一つも言いたくなる。
「……以上だ。昼食後、各自の《メニュー》を遂行するように。469番、668番、782番、今日の《メニュー》は《EEPT》に変更。第14-B室に来るように」
「っ……」
誰かが息を呑む。いや、全員が息を呑んだのかもしれない。
《EEPT》は俺達にとって死の宣告と同義。
《EEPT》で死ななかった人間は、俺が知ってるだけで十人もいない。
あれは…ただの地獄だ。
☆
《メニュー》を終わらせ、三号室へと戻る。
「よっ、お疲れ」
「ああ。269番もな」
今日は誰が死んだかなんて聞けない。いや、聞けるはずが無い。
三号室はいつもに増して静かだ。
「……また…減ったな」
「ああ……」
俺達は番号で呼ばれる。
俺達が勝手に語呂合わせでお互いの名前を呼んでるだけで、本名なんて知らないし、番号以外の名前はここでは不必要。
この番号はこの《施設》に入った順番を示すだけなのだから。
そしてこの《施設》に残っている《チルドレン》は三百人と少し。
今のところ番号は777番まで。四年前にここにやってきた777番が一番最後の《チルドレン》。
そしてこの《施設》の唯一の二桁番号。そして俺達の中で最もこの《施設》にいるのが長い39番。
「俺達が小さい頃は何人いたっけ…」
「あの頃は二百番台までしかなかった。けど、百人はいたな」
そこから六百人増えて、四百人減った。
生き残っている三百人だって、俺だって明日死ぬかも分からない。
「作戦はすぐにできないのか?」
「まだだ。最大の好機はまだ来ていない」
「そっか…すまん、忘れてくれ。ちょっと思うところがあってさ」
269番はいつもそうだ。
気丈に振舞って、いつもみんなを笑顔にするために動き回る。
けどみんなと長く接する分、誰かが死んだ時は人一倍、それを気にしてしまう。
「お前のせいじゃない」
「分かってるけどさ……分かってるけど、やるせないよな…」
「その言葉が出るだけお前は優しいよ。みんながお前に助けられてる」
「なんだよ急に……」
「そう思っただけだ。俺達が落ち着いているのは
半分の慣れと半分の虚無だ。だけど、お前は違う。誰かのために動いている」
「だって諦められねぇだろ…確かに絶望してる奴も多いけど、俺が話すと微かに笑ってくれる奴もいるんだ。そいつが明日死ぬ…そう考えると、どうしてもな」
諦めるのは簡単だ。
そんな言葉を昔聞いた覚えがある。
だが、俺はその言葉を否定したい。
諦めるなんて簡単じゃない。諦めるのにも覚悟がいる。
今持っている全てを捨てる覚悟が。
だが、俺達にとってはそれすらも幸せなことだと思える。
長い長い地獄の中で自ら命を絶とうとする奴もいた。
けど、奴隷は勝手に死ぬことすら許されない。
殺されるのをただ待つのみ。
それが奴隷に与えられた生きる時間の在り方。
諦めたくても世界はそれを許してくれない。諦めさせてくれない。
「そんだけでいいのか?」
「ああ。今日はもう寝る」
出された夕食の半分程を勢いよく胃の中に掻き込むと、席を立ち上がる。
覚悟を決めよう。
269番を見てそう思った。
作戦はもう実行出来る段階まで来ている。だけど、俺は怖かったんだ。
もし失敗した時、ここにいる皆を危険に合わせることが、どうしても怖かった。
さっきまでの俺なら覚悟を決めることで死ねるのなら、簡単に死ぬ覚悟を決めていただろう。
だが、今決める覚悟は違う。
死ぬ覚悟ではなく、精一杯生きる覚悟を。
どんなに辛くとも、足掻いて、藻掻いて、生き抜く覚悟を。
「俺達の夢は絶対に諦めない。諦めさせない。そうだろ117番…『外』の世界へ。希望を皆に」
☆
「777番、今日の《メニュー》は《EEPT》だ」
だが、この世界は簡単に希望を見せてくれない。
絶対は俺達のすぐ後ろを着いて歩く。
足掻く覚悟を、俺達の軌跡を簡単に踏みにじるために。