バスルーム
次に気がついた時には、私はバスルームの浴槽の中にいた。シャワーがずっと私に向かって出ていた。浴槽には、お湯が腰の高さまで入れられていた。何だか…………服のままだけど…………気持ちいい。
バスルームの外から声が聞こえた。
「ミアは?」
「あの子、スッゴい酒グセ悪いんだけど…………」
え…………私メンヘラさんに何した?
「ミアは?」
メンヘラさんはため息をついてバスルームのドアを開けて言った。
「…………こっち。」
聡は私に気がつくと、駆け寄って浴槽から引き上げようとしてくれた。
「ミア…………!どうして!ミアは関係無いだろ?!」
「関係ない?関係なくなんかないでしょ?妹は、あんたのこの子への気持ちに気づいて、あんたを脅してあんたと付き合ったんだから。」
「あんたの妹がそれでもいいって言ったんだ。僕がミアが好きでもいい。そうハッキリ言った。それでも付き合えって言われた。」
妹…………?妹が聡と付き合った?という事は…………メンヘラさんは元カノのお姉さん?
聡の元カノは、聡と付き合った事によっていじめられて、引きこもりになったって聞いた……。じゃあ、聡の事が好きなんじゃなくて復讐…………?
「それにしたって、あの子がいじめられて…………どうして優しい言葉ひとつかけてやらなかったの…………?」
聡は私から手を離して言った。
「僕は…………王子様じゃない。あんた達の都合のいい王子様じゃないんだ!ミアを狙うと脅したのはそっちだ。僕はただ要求を飲んだだけだ。優しい言葉が欲しいなんて言われてない!!」
「あんた…………人間じゃないよ。冷たい。今度はそうやって開き直るワケ?あんた、本当に悪魔だね。」
悪魔…………?
都合のいい王子様じゃなければ、悪魔になるの?
「じゃあ聡、この子の腕を切って。そうすれば妹の事は全部許してあげる。それに…………今後一切、つきまとうのもやめてあげる。」
そう言ってメンヘラさんは聡にカッターを手渡した。
「あんたは王子様じゃない。それくらい簡単にできるでしょ?あんたは、あんた自身が一番大事なんだから。」
朦朧とした意識の中で、聡を呼んだ
「聡…………。」
聡、お願い止めて…………。そんな事……しないで……!
「人の事をメンヘラって呼ぶんだから、身をもって想い知ればいい。」
それ…………どうゆう意味?
聡は…………私の腕をそっと持って…………カッターの刃を腕に突き立てた。腕が熱い……。真っ赤な血が…………水の中に筋になって流れていった。
それを見たメンヘラさんは先にバスルームを出て行った。聡は私の腕を見て泣いていた。
聡……どうして…………?そんなに、つきまとわれたくない?もう、嫌なの?
私の命と天秤にかけるほど…………心をすり減らしてるなんて…………知らなかった。
気づかなくてごめん。気づいてげられなくて…………ごめんね……。
せめて…………どうしたら聡の心が軽くなるかな……?私が聡にしてあげられる事って何だろう?
そういえば……聡、前に言ってた。諦めなくて良かったって。じゃあ…………
「聡…………もういいよ。もう、諦めていいよ。」
「ミア…………?」
私は、力をふりしぼって笑顔で言った。
「もう、私の事…………嫌いになっていいから……。」
私が死ねば、聡は脅される事もない。つきまとわれる事もない。私がこのままいなくなれば、聡は自由だ。
ああ…………やっぱり私、自殺だったんだ。
「…………ごめんね。聡。もう、泣かないで。」
カッターが落ちる音がした。
聡は黙ってバスルームを出て行ってしまった。
水…………冷たい……。寒くて……眠い。
「ミア!ミア!」
…………誰?隆兄……?
「死んだの…………?私も…………死ぬの…………?」
「死なない。死ぬな!!戻って来い!!」
意識がどこにあるのかわからないまま、浴槽から抱え上げられて、強く抱きしめられた。
ああ…………聡、戻って来てくれたんだ。




