椅子の足を蹴る
次の日、何だかモヤモヤしながら、朝のホームルームが始まった。
ふと、目の前の席を見ると、忍法が使える忍びが、気配を消していた。木本君は……モテるクセに気配消しやがって…………私は前の席の椅子の足を蹴ってやろうかと思った。
エアでやろうとしたら、本当に当たった。
あ…………本当に蹴っちゃった……。木本君がこっちを向いて、凄い顔で睨み付けてきた。
「何?」
ひぃいいいい!その顔、阿修羅!仁王像!そこへ、ちょうど先生がプリントを配っていた。
「プリント。早くまわして。」
「ああ……プリント…………」
木本君がプリントを渡しながら言った。
「昨日何かあった?」
「し、師匠~!相談に乗ってください!私に忍法を教えてください~!」
「忍法?」
私は、後ろにプリントを渡して言った。
「昨日ね、エフェクトフィルターかけて、彼氏と一緒に帰ったんだけど、もうダメ……自分、全然どうかしてなくて……全くダメだったんすよ~!」
「知らないよ……。僕には関係ない。」
「師匠~!」
そう言って前を向こうとする木本君を引き留めた。
「師匠は止めてもらっていいかな?」
「え?師匠って何の?木本だよな?俺、元中の田中。」
すると、珍しく隣の男子が話に混ざってきた。
「あ、田中君、木本君は隠密なの。みんなには黙っててよ?」
「ああ……それは別に構わないけど……木本に何か教わるのか?」
「木本君は私の忍法の師匠です。」
田中君は一瞬動きが止まった。そして、何とも言えない悲しい顔で言った。
「木本…………忍者になったのか……。」
「いや、なってないから。なってないから、そんな目で見るな。」
木本君は机の上で頭を抱えた。
「師匠の忍法で、恋の悩みをパパっと解決!を……期待してるんだけど…………」
「恋の悩み?」
「あのね、私、女子らしく、普通に恋がしてみたいの!」
私がそう言うと、田中君は少し引いた様子で、私の話に興味なさそうにプリントを見ていた。
「へ……へぇ……じゃ、合コンとかすれば?」
「合コン……!?田中君、合コンなるものに参加したことあるの?」
「いや?全くない。」
「ないんかい!」
高校に入ったばっかりなのに、合コンとかするか普通?
「いや、普通、彼氏欲しいとかだったら、合コンじゃねーの?知らんけど。」
「田中、山下彼氏いる。」
そこへ木本君が田中君に言った。
「はぁ?!誰だよその強者~!」
「吉村だよ……。」
「吉村…………?あ、あぁ、そう……。」
その時、田中君は何かを言おうとして、何故かやめた。
「なんか、なんかね、幸せを見つけたい!無くした片方の靴下を、見つけた時みたいな…………?」
「靴下?」
「あははは!片方の靴下見つけて幸せ?」
木本君が笑った。初めて見たかも。あ……見た事ある。特に何の接点もなかったけど……小学校低学年くらい?確か友達と笑ってた。
なんか…………笑顔は全然変わってないかも。無邪気で可愛い……。
「え?だって、幸せじゃない?おっしゃ!あった~!!って感じ……が……」
思わず立ち上がっていた。
「山下~何があったんだ?」
「え?い、いや……あの……先生、け、消しゴム!無くしたと思った消しゴム見つけて……えっと……あの……」
「山下~!ちゃんと話聞いてろよ~?」
私はみんなの笑い声の中、ゆっくり椅子に座ると、また、前の席の椅子の足を蹴った。今度は意図的に。木本君は振り返らなかった。
「師匠のせいだからね~?」
チキショー!いつも私だけ注意されて…………目の前で気配消してんじゃねーよ!