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 -8 『いつも隣に佇む壁』

「いろいろあるんだね」

「ご飯処に酒場。それだけでもたくさんあるわね」

「ここの通りはほとんどそうみたい」

「獣人の溜まり場になっている酒場もあるのね」


 昼も人は少なくなかったが、夜になると仕事終わりの獣人も交わり、街頭はより活気を見せ始めていた。


「こんなに賑やかなのってすごいよね。どこの町もこうなのかな」

「ここは特別じゃないかしら。経済の周りがいいと景気がよく活気付くものだし、ここは上手く回っているのでしょうね」

「へえ、すごい」


 少し通りを歩けば満員の酒場がすぐ見つかる。

 その脇では、金具を器用にお手玉して見せたり、細い棒に乗って先端で器用に立ち上がって見せたり、大道芸を見せて賑わいを見せているところもあった。


 やっぱり働いているのはみんな獣人だ。

 他にもどんな場所があるのかといろいろ路地を歩き回っていると、ピンク色の照明に照らされた一角にたどり着いた。


 足を踏み入れた瞬間、なんだか雰囲気だけで頭が逆上せそうになった。


 なんだろう。

 よくわからないけどドキドキする。


「お客さ~ん」


 甘ったるい猫なで声のようなものが聞こえてくる。


 気付くと、胸元を少し肌蹴させた獣人の女性が、ふらりとした足取りでボクたちに声をかけていた。


 猫なで声というか、まさしく猫の獣人である。三角に尖がった耳がぴょこぴょこ動いている。


「ねえねえ、お客さ~ん。お酒、飲んでいかな~い?」

「あ、いや。お酒は飲んだことなくて」


 隣に手を繋いだエイミがいるはずなのに、その獣人女性はボクにばかり話しかけてくる。


 獣人といっても頭の上の耳やお尻の尻尾がある意外はそう人間と変わらない。服の下は違うかもしれないが。


 だから、妙齢のその獣人の女性に吐息がかかりそうなほど近づかれ、ボクの鼓動は自然と早くなってしまっていた。


「ねえ、お兄さ~ん。お酒が駄目なら、おいしい茶葉のお茶もあるよ~。それに、なにより――」


 身体に触れ、ぐっと胸を腕に押し当てられた。


 ――うあああああ!


 と心が叫びたくなるのを必死に堪える。

 柔らかい。こんなに柔らかいものなんだ。


「可愛い女の子、いっぱいいますよ~」

「そ、そうなんだ」


「ここだけのお話、お触りおっけーなんです、うち。それなのに他のお店の半額ですよ~」

「なるほど」


 ぐいぐい胸を当てられている。


 なんだこれ。なんだこの感触。

 これはきっと、男を駄目にする感覚だ。


 獣人女性の言葉はうまく頭に入ってこないけれど、なんだか勢いのままに頷いてしまいそうだ。


「どうですか~」

「そ、そうだね」


 にへら、とつい口許を緩めてしまっていると、


「……手汗」

「うわあ、ごめんなさい! また出ちゃってました!」


 ただ一言、氷の棘を突き刺したかのようなエイミの声がボクの目を覚ました。


 とっさに獣人女性を押し退ける。

 慌ててエイミの顔を見ると、不快そうに眉を潜めた彼女がボクを冷ややかに見つめていた。


「胸なんてただの脂肪よ」


 吐き捨てるようにエイミは言う。


 ボクはつい、獣人女性の豊満な胸と、エイミの慎ましやかな胸を見比べてしまった。


 獣人女性の胸は前に突き出て間近に見え、エイミの胸はぺたんとして遠くに感じる。


 ――これが遠近法か。


 下らないことを頭に思い浮かべた途端、キッとエイミに睨まれた。


 心を読まれたのだろうか。恐ろしい子。


 続いてエイミは勧誘の獣人女性へ視線を移す。


「手を繋いでる女子がいる前でよくそんな勧誘できるわね」

「あら~。それじゃあ、ご休憩場所をお探しですかね~。それじゃあ良い所あるんですけどね~」

「けっこうよ」


 ばっさりと切り捨て、エイミはボクの手を引いて歩き出した。


 それからしばらく、ピンク色の街灯が妖艶に彩る路地を歩いている間、同じような勧誘に何度かあった。この町の商売根性はすごいものだ。


 獣人の女の子に声をかけられる度、先ほどの子の胸の感触をつい思い出してしまう。


 だがエイミの手も少しぷにっとしてて気持ち良いなとも思う。やはり女の子には不思議な魔力があるのだろうか。


 木目細やかですべすべするエイミの手の感触を改めて実感する。


 またドキドキして手汗が出そうになって、ボクは咄嗟に、先ほどの酒屋の店主の顔を思い浮かべて冷静になった。


 しかし、エイミも胸も同じように気持ちいい感触なのだろうか。

 そう頭に浮かんでしまい、無意識に横目で胸元を覗き込もうとしてしまう。


 ――壁。


 まっすぐな断崖。

 いや、きっとこの壁も柔らかいはずだ。


 なんて思っていると、エイミにまたじろりと睨まれた。


「ご、ごめんなさい」

「あら? 何も言っていないけれどどうして謝るのかしら?」


 つい声に出してしまい、訝しげに返されてしまう。


 いや、間違いなくわかっているのだろう。

 無表情の奥に、多少の苛立ちがない混じっているのが見える。


「うぎゃあああああ!」


 繋いだ手に思い切り爪を食い込まされ、ボクの悲鳴は夜のカイックの町に延々と木霊した。


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