-12『ピンチに輝く男の華です』
死人兵の動きはやはり単調で、知能があるようには思えなかった。動きも遅い。
完全に傀儡といった様子だ。
ただ心を失くし、目の前の命を狩ることしか目的にない。
そんな彼らをいなすのは難しい話ではなかった。
リリオの思い切った怪力による殴打。
ミレーナの火球による足止めと誘導。
そしてパーシェルの槍捌きによる撃退。
瞬く間に数人の死人兵を倒し、ボクたちは追い詰められた住人たちの元へとたどり着いた。
しかしなにぶん数が多く、一人を押し返してもすぐに次の死人兵がやって来る。首を落とさなければ倒した死人も復活するという悪循環だ。
「みんな、こっちに!」
表立って力を使えないボクは、エイミと共に住民の誘導を行う。
どうにかリリオたちによって道を作り、この青果市場から脱出を図りたい。まずはこの囲まれた構図を脱却することが先決だ。
ミレーナの火球によって道を開き、何十人と固まった住人たちを移動させようとする。しかしすぐにその穴は別の死人兵によって埋められ、とても大勢を動かせるほどではなかった。
リリオやパーシェルはこれ以上囲いが狭まらないように奮闘してくれている。
こんな非常時に駆けつけてくれるはずの巡回兵も死人だ。
たった数人のボクたちだけでは明らかに手に負えない状況だった。
――これは守りきれないか。
そう心が諦めかけた時だった。
「……かん……ちょおおおおおおお!」
そんな間抜けな声が聞こえたかと思うと、ボクたちの目の前を太い閃光が走った。それは円の片側を削ぐように貫き、囲い込んだ死人兵の一部を焼き消した。
「ふはっはっはっ」と直後に笑い声。
その声の方を見やると、両手を組んで人差し指を突き出し、中腰の姿勢のまま、白い歯を輝かせて不敵に笑う男の姿があった。
魔法でテントが薙ぎ倒され、その土煙の向こうから、白銀の鎧を輝かせた集団が駆けてくる。彼らは雪崩れ込むように青果市場へと入ると、死人兵たちを次から次へと薙ぎ倒していった。
「国家騎士団だ……」と住民の誰かが嬉しそうに呟く。
「あら奇遇。よく会うわね、坊や」
ボクたちの元へとたどり着いた騎士団兵の中、先陣を切っていた兵士が兜を持ち上げる。
ぴょこりと触覚のような前髪がはみ出し、厚い唇をチュっと突き出してウインクしてきたのは、騎士団長であるガイセリスだ。
「ガイセリスさん、どうしてここに」
国家騎士団はまだトラッセルでヴリューセンの事件について調査しているはずだった。町から駆けつけたにしては早すぎる。
「まるでアタシたちを王都から遠ざけたい、とでも言うように事件が起きるのだもの。それにヴリューセンのイヤに計画立った反乱事件。いくら個人で行うにしても、町ひとつを巻き込んで遂行するには難しすぎるわ」
そういえば、ヴリューセンがあの時、あれは死霊魔術による死人兵の実験だと言っていた。
「となると本命はここ、ということね」
そう話すガイセリスの口調はいつもと違って引き締まっていて、頼もしさがあった。
「そ・し・て! 俺様のその窮地に勘付いて、同行してきたってわけだぜ!」
きらり、白い歯を輝かせながらボクたちの前にユーなんとかが割って入る。
そういえばさっきの直射魔法は彼のものか。
すっかりガイセリスたちの陰に隠れて忘れていた。
「どうだい、お嬢さん! 俺様ってば頼れる男だろう!」
「あー、はいはい。そうね」
こんなエイミの気の抜けた返事でも、肯定されたことが嬉しいのか、ユーなんとかは心底笑顔を浮かべてガッツポーズをしていた。
なんとも腐れ縁だ。
けれども助かった。
ユーなんとかの魔法によって一方の道が一瞬でも開け、そこに騎士団が突入してボクたちの元にたどり着けた。
その数はおおよそ三十。
死人兵には頭数は劣っているが、国家を担う精鋭ばかりだ。
彼らはボクたちが言葉を交わしている間も死人兵たちを倒してくれていた。
巡回兵など、元は同じ正規兵であるはずの仲間を切ることに躊躇いこそあれど、彼らはそれでも仕事をまっとうしていく。
「住民を真っ先に避難させなさい。第二小隊は彼らをつれて町の外へ。第三小隊の子たちがに預ければいいわ。他にも王都内にいる市民たちを全て町の外に逃がすように誘導をしてちょうだい」
「了解いたしました」
ガイセリスの指示の元、きびきびと騎士団兵たちが動く。
彼らのおかげで死人兵による包囲は崩れ去り、落ち着いた誘導によって残された住民たちは無事に青果市場から脱出できた。
「ふんぬっ!」と剣を振り下ろし、ガイセリスが市場に佇む死人の、最後の一人の首を落とす。
「ここが一番酷いけれど、町の全体でも同じように死人兵が闊歩しているみたい」
ガイセリスがそう教えてくれた。
だが最大の被害であるこの青果市場を制圧しきってもなお、彼の表情は険しいままだ。
「あまりに無計画で無差別的すぎる……」
ガイセリスの視線が、彼らの背後にそびえる山の麓、王城へと向けられる。そして視線をそのままに、エイミに言った。
「いったい何が起きているのかしら、エミーネ姫」
「気付いていたの?」
「ええ、最初は目を疑ったけれど。これでも王族騎士団の団長ですもの。見かけたことくらいはあるわ」
「それじゃあ、どうして家出をした私を連れ戻さなかったのかしら」
「そんな任務は引き受けていないもの。若者は、自由であるべきよ」
ふふっ、と一瞬だけ微笑をこぼし、またガイセリスは表情を引き締める。
「王城で何か起きている。そういうことね?」それをまるで確かめるようにボクたちへと向ける。
尋ねられ、エイミは素直に頷いた。
「豪商の息子、ワドルド。彼が私の父、ニール王に一服を盛り、死に至らしめようとしています」
「……そう」
「彼は迷うことなく実行するでしょう。元もとの彼の目的は玉座です。私はついでにすぎない」
事実、これほど用意周到に進められてきた計画だ。
人を拉致し、裏取引で調達し、死霊魔術の実験として町一つすら利用した。
これほどの用意を重ねてきて、エイミが彼の元にいくことを断ったくらいで破棄するはずがない。
元よりワドルドの狙いは国家転覆。それは間違いないだろう。
「昔から常に大きな力を掌握したいと望んでいた彼らしい野心です」
「確かに、彼の家系であるゲテルディ家はこの国随一の商家ではあるけれど。まさか玉座を狙うほどに牙を研ぎ澄ませていたなんて」
驚いた風にガイセリスが眉間にしわを寄せる。
そして唇を噛み締めると、傍にいた騎士団兵を呼び寄せた。
「第一小隊はこのまま王城へ向かうわ。国王陛下の状況を確かめる」
「ですが、町のいたるところで大量の死人兵が確認されています。我々がこの場を離れれば、まだ逃げられていない市民たちを守る者いなくなってしまいます」
「くっ……」
部下の進言に歯がゆそうに顔をしかめるガイセリス。
気付けば、青果市場以外の場所にいたのか、また新しい死人兵たちが集まり始めている。どうやら町中に、相当な数の連中がうろついているようだ。
そこに、
「そこは俺様に任せるんだ・ぜ!」
最初の一発以降、物陰に隠れていたユーなんとかが颯爽とボクたちの前にやってきた。
白い歯を輝かせ、笑顔がうるさい。
そんなユーなんとかは、溢れんばかりのしたり顔を浮かべ、手を掲げて指を鳴らしたのだった。




