-11『凄惨な市街の様子です』
山の麓にある王城の手前には、この国で最大の規模を誇る青果市場が広がっている。大通りの脇にいくつものテントが張られ、区画分けされて整然と並ぶ姿は壮大なものだ。
いつもなら多くの人で賑わうそこは、しかしまったく性質の違う喧騒で埋め尽くされていた。
悲鳴と絶叫。
ボクたちが駆けつけたそこは、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
剣を持った、ただの平民のような格好をした何十人という男女が、他の住人たちに切りかかっている。
テントの白布を突然に赤く染めたその騒ぎに、その場に居合わせた人たちは大混乱して逃げようとした。しかしあまりの人だかり。もともと混みあっていたそこは、急いで逃げようとする人が転んだりするうちに、行く先を詰まらせてしまっていた。
背後からは剣を持った者たちが容赦なく切りかかってくる。だが前に進もうにも人だかりで進めない。
十……いや、何十か。
着実に迫る鈍色の恐怖に、一人、また一人と恐怖の叫びを上げていった。
のらり、のらりと迫り来る殺人鬼たち。
彼らもまるで死人兵のようだ。ひたすらに、まるでただ目の前の人間を機械的に殺す作業のように、黙々と切りかかっていく。
十人、二十人、いやもっといるだろうか。
「謀反ですか?!」とパーシェルが眺める。だが、一度に見るには青果市場は広すぎるし、人の数も多すぎた。
「本当にクーデターみたいでございますです」とリリオが声を震わせた。
ボクも息を呑んで頷く。
「そうだね。でもこれだけの数をどうやって」
そんな疑問はエイミがすぐに解決した。彼らの傍には荷馬車が置かれている。
「どうやらあれで運んできたみたいね」
ボクたちが町に入ったときもそうだが、王都は物流などの行き交いも非常に激しい。その中のいくつかに荷として紛れていたのだろう。
しかし通行人はともかく、荷馬車となれば門兵によって積荷の確認が行われているはずだ。
「どうやってそのまま中に――」
ボクが頭を抱えていると、ふと、恐怖に怯えていて逃げ惑っていた住民から一瞬の歓声が湧いた。
「巡回兵だ! 助けてくれ!」
見ると、この町の警備を行っている巡回兵の部隊がやってきていた。
これで守ってもらえる。
そう安堵して、すがりつくように彼らの元へと住民たちが駆けつける。
だがしかし、幾分か様子がおかしいことにエイミは気付いていた。
はっ、と顔を持ち上げ、
「駄目よ!」と咄嗟に声を上げる。
しかし遅い。
しがみつくように彼らの元へたどり着き、安堵の表情で「助けてくれ」と懇願した住民たちに下ろされたのは、しかし頼もしい笑顔ではなく、一切の容赦もない一刀だった。
剣を抜いた巡回兵が住民へと切っ先を振り下ろす。肉を裂き、その返り血を浴びても平然と立ち尽くす巡回兵を見て、住民たちの安らいだ顔はあっという間に消えうせていた。
「なんで?!」とボクも目を疑いたくなった。
住民を守るのがこの国の正規兵である彼らの仕事なのに。
目の前の驚愕の事実に、冷静に返したのはエイミだ。
「門兵や巡回兵。それにさっきの使いの死人兵。あれが可能だというなら納得がいくわ」
「納得って?」
「彼らも全て、もうすでに死人兵になっているってことよ」
言われ、目を凝らして彼らを見やる。鎧や兜の隙間をよく見ると、確かに肌は青ざめていて、目も正気を失ったように虚ろだった。
使いとして訪れた死人兵はまるで普通の人のように振舞っていた。死人兵だとわかったのは、彼が勝手に身体を瓦解させてからだ。それほどに死霊魔術は完成しているとでもいうのか。
巡回兵たちもすでにずっと前から死人化していた。おそらく、ボクが路地裏でぶつかったあの兵士も。
「でもどうして。ヴリューセンはもう捕まったはずだよ」
「黒幕がいたようね。それが、よりにもよって――」
巡回兵たちが逃げ惑う住人たちへと襲い掛かる。更には反対からは、平服姿の殺人鬼たち。彼らもよく見れば少し血の引いたような肌色をしている。
すっかり囲まれる形になり、百人近い人が青果市場に閉じ込められていた。
一人、また一人と、鮮血を散らしながら倒れていく。
「とにかくあの人たちを助けないと」
「そうね。パーシェル」
「は、はい!」
急にエイミに声をかけられ、びくり、とパーシェルが飛び跳ねる。
「飴は?」
「も、もうないです!」
「本当に?」
「本当ですぅ……」
涙を浮かべるパーシェルをエイミは信じたようだ。
「だったら無理やり沈黙させるしかないようね」
つまり、あのキメラ魔獣のときのように頭を切り落とすくらいしか方法が見当たらない。
むごたらしいが、やるしかない。
「とにかく、住民の保護が最優先よ。彼らが逃げられさえすればいいわ。無理にとめる必要もない」
エイミの指示に、緊張をない混ぜた顔でリリオが頷き、ミレーナも足を震わせながら「わかったのじゃ」と応える。パーシェルもいつになく精悍な顔立ちをし、手元に槍を出現させる。
「いくわよ!」
そうして、ボクたちは青果市場の中へと駆け込んでいった。




