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 -10『そして事件のはじまりです』

 目覚めは、窓の外のけたたましい騒ぎ声によって無理やり迎えられた。


 いったい何があったのか。

 まだ冴えきっていない頭を持ち上げる。エイミもちょうど同じく起床したようで、髪を少しぼさぼさに乱しながらも、今日ばかりはすぐに目を覚ましていた。


「どうかしたの……」


 着崩れた衣服を戻しながら、エイミが目をこすって言う。そんな彼女の言葉に応えるように、部屋の扉が開いてシラタが飛び込んできた。


 息を切らし、肩を大きく上下させ、エイミの前で跪く。

 その様子に、寝起きのエイミもただならぬ状況を感じ取っていた。


「どうしたの、いったい」

「お嬢様。突然のご無礼をお許しください」

「いいから。何があったの」


 シラタが一瞬、言葉を詰まらせる。


「……実は、国王様が逝去なされたと」

「ええっ?!」


 突然のことに驚きの声を上げてしまったボクの隣で、エイミは声を押し殺すように唇を噛み締めていた。


 ニール王といえばこの国を何十年と治めてきた賢王だ。民からの信心も厚く、その訃報となれば街中が騒ぎ立つのも無理からぬことだろう。


 しかし不思議なのは、王様の死去の一報以外なに一つ入ってこないことだった。ニール王が病魔に伏せていたなどの前持った情報もない。そのせいで市井の人たちの混乱はなおのこと膨らんでいる様子だった。


 騒ぎの状況を確かめるべく、エイミはすぐに仕度を済ませ、ボクやリリオたちを連れて家を出た。


 その門扉の先。

 ボクたちを待ち構えていたかのように、外套を羽織った男が佇んでいた。


「ごきげんよう、エミーネ様」


 紳士風に丁寧にお辞儀をしたその男。

 しかしその表情は、嘲笑をまじえたような冷淡なものだ。


 思わず足を止めてしまったボクたちは、釘を刺すように彼を注視した。


「私はワドルド様より使わされた者でございます」

「ワドルドって……昨日の」

「何か用かしら」


 エイミが珍しく不機嫌さを露にして言う。

 しかし男は一切の表情を変化させることなく、まるで亡者のように冷ややかな視線を浮かべ続ける。どこか顔色も悪く、ボードの町の死人兵を彷彿とさせた。


 気味が悪い。


「ニール・フォン・グラウン王が逝去されたという情報はご存知でしょうか」

「……ええ」

「正確には、まだ、ご健在でございます」


「どういうこと?」と思わずボクが口を出してしまう。


 しかし男はまったくボクに見向く素振りもせず、エイミだけを見やっている。その不気味さに、イヤな予感が駆け巡った。


「今朝、ニール王は献上された菓子を食し、それに盛られていた毒により数時間後には息を引き取られる予定でございます。この言葉が、何を意味するかはもはや説明不要でしょう」


「…………貴方」

「そこで危篤に悩む国王様のために、ワドルド様は治療薬の調達の手配を指示されました」

「それで、私に何の関係があるのかしら」


「いくら国内有数の豪商といえど、ワドルド様は一市民。急ぎ治療薬を手に入れられても、王城の中をすぐに自由に動き回ることは不可能。そこで、貴方様のご協力を得たいと思っているのでございます。国王陛下は病に倒れられ、しかし世継ぎであるルクレール王子はすでに先日お亡くなりに。ともなれば、次に王位を継ぐのは貴方様となりましょう。我が国の神聖なる血を引きし御方、エミーネ・リーン・グラウン様」


「…………え?」


 唖然とした声で、ボクやリリオたちがエイミを見やった。


「エイミが……お姫様?」


 どういうことか。まったくそんな素振りはまったく見せなかったではないか。

 それに、お姫様である少女が当たり前のように外を出歩けるものなのだろうか。


 信じがたい事実に、リリオたちも唖然とし、固まってしまっている。

 そんなボクたちを余所に、エイミは男に向かって鼻で笑ってみせた。


「私は王族だなんてつもりはないわ。生まれてこの方、女だからといって世襲問題に巻き込まれないよう遠ざけられ、父上の顔なんてほとんど見た記憶がないわ。最初から王位に興味を持たさないよう躾けたくせに。それなのに、いざ世継ぎをなくせば次は私へと矛先を向けなおすなんて。随分と虫のいい話じゃない」


「しかし貴方が王族の血を引いていることは事実。偉大なる賢王の形見ともなれば、人々の求心も間違いないことでしょう」

「くだらないわね。それで、私を使って玉座にまでたどり着こうっていうの?」


「いやはや、何をおっしゃいますか。お助けするのですよ、国王様を。病魔という苦しみから」


 それは本当に治療するという意味なのか。それとも――。


「さあ、これがワドルド様からの最後の通達でございます。ワドルド様の元へ来ていただけませんでしょうか」


 男が深く頭を下げる。


 よほど自信を含んだような声調。

 ここまで言えば話を呑まざるをえないだろう、と。


 しかしエイミは微塵も臆する様子を見せず、毅然とした声で言い返した。


「拒否よ」

「……ほう」


「私は決してあの男のいいようにはならない。どんな手を使ってこようと、貴方のくだらない下心も、野心もまとめて砕いてみせるわ。私の傍に、この子、アンセルがいる限りね」


 そう言って、エイミはボクと繋いだ手を前に突き出してみせた。


 ふひっ、と男が不気味に笑う。


「アンセル……ああ、そうか。お前はそいつを選んだのか」


 男の口調が変わる。それはまるで、昨日会ったあのワドルドみたいだった。

 魂が乗り移ったかのように男は虚ろに揺れ、豹変した口ぶりで言葉を放った。


「正義ごっこ。お前はいつまでも変わらない。しかしだからこそ俺のものになるべきだ。気丈であるお前を手に入れてこそ、俺は本当に全てを手に入れられる」


「何を言っているのかわからないわね。通じる言葉で話してくれるかしら」

「余裕をかましていられるのも今のうちさ。すぐに俺の元に来ることになる」


 そう言って、男は不敵な笑みを浮かべたきり沈黙してしまった。


「いいの、エイミ?」


 思わずボクは尋ねた。


 まだ彼女がお姫様だということに合点がいっていないが、もし話が本当だとしたら、エイミの父親であるニール王が死んでしまうかもしれない。


「ワドルドだって、最初から私が首を縦に振るとは思っていないわ」

「そうなの?」

「当然よ。そうでなければ、こんな出鱈目にも程があるような適当に作った話を持ってくるはずないもの」


 エイミがきゅっと唇を噛む。


「あの気障男とは幼い頃からの付き合いよ。彼がどれだけ陰湿で、他人の感情を省みない独善的かはよく知っているわ」


 ボクと繋いだ手の力が一瞬、ぎゅっと強くなった。


 それを聞いていたのか、黙り込んでいた外套の男がまた不気味に笑う。気味悪く肩を震わせると、途端に手足がちぎれ、膝を折って崩れ落ちた。


 文字通り体がそのまま砕け落ちるようだった。


「……っ?!」


 崩れ落ちた男に駆け寄る。

 男の体は腐食したように腐り落ち、肉が削げて骨が見えるほどだった。


 そのむごたらしさに、ミレーナが気分悪そうに口を押さえていた。


 まるで最初から死んでいたみたいで、死体がボクたちと話していたみたいで、それはまるで。


「……死人兵、みたいだ」


 ボードで見かけた彼らのようだった。

 けれども、どうしてボードの死人兵がここに。

 それにワドルドの使いとしてやってくるのか。


 考えられる答えはひとつしかなく、その可能性に胸糞悪さを覚えた。


「これってやっぱり……」


 ボクが言及しようとした矢先。


 ――ドン、土地を叩きつけるような激しい音が響いた。


 ただでさえ騒然としていた町並みに、一際大きなどよめきが走る。


 その音は、王城の方角からだった。


「イヤな予感がするわね」


 エイミの言葉にボクも頷き、その方向へと向かってみることにした。


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