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 -9 『旅の目的を知りました』

「急にあんなこと言い出すんだもん。吃驚したよ」


 心地よく弾むベッドに倒れこみ、天井を眺めながらボクは微笑まじりに呟いた。


 先ほどの嵐のような一騒ぎが過ぎ去り、ボクたちは少し早めの夕食をとった。これからのことは未定だけれど、とにかくエイミの屋敷で一泊することにしたのだ。


 広々とした食堂にはレースのかけられた長机があり、シラタたち使用人が、フルコースと言えるような食事を運んできてくれた。


 それは思わず舌鼓を打ちたくなるほどにどれも美味しくて、みんな蕩けたように破顔させていた。パーシェルなんて、おかわりをしてボクの倍くらい食べていた。水着から私服に着替えていたが、それでもお腹が膨らんでるのがわかるくらいの暴食ぶりだ。


 それからリリオたちには各々の寝室が宛がわれ、ボクは手を離せない都合上、エイミの部屋で一夜を過ごすこととなった。


 女の子の部屋で一泊、というのはドキドキするものだけれど、今のボクには、先ほどの婚約の話で頭が一杯だ。


「あんなことを言ってごめんなさい」

「ううん。ただちょっと、急だったからさ」


「あのワドルドには、もう五年も前から言い寄られていてね。私は昔、この王都から離れて暮らしていたことがあるの。そのときに知り合って、ずっと腐れ縁。彼の家はこの国きっての豪商。婚姻を結べばその力を味方に引き込むことができる。言わば政略結婚ね。私自身が女ということもあって、みんながそれを賛成したわ。だけど私はそんなのイヤ。だから思い切って家出をしてやったの」


「もしかして、ボクを連れてきた理由って、その問題ため……だったり?」

「半分はその通りよ」


 隣でベッドに腰掛けて本を読んでいるエイミがあっさりと答える。


「婚約者との縁を切りたいからボクを使ったってこと?」

「そうなるわね」


 なるほど、とは言い切りづらい。

 たったそれだけのために、王都からわざわざボクのいたあの森にまでやって来るなんて、労力に見合わなさすぎる。お金もあるのだし、そこらにいる男性に頼めば済む話だろうに。


 けれどそれ以上踏み込んでいいのかわからず、ボクは結局、その疑問を喉の奥に引っ込ませた。


「私の婚約者って言われるのはイヤだったかしら」

「えっ…………まあ、どうだろ。そういうの、よくわからないし」


 けれど言われた瞬間に少し胸が高鳴ったのは、悪い気分じゃなかったからなのだろう。


「全てが終わったら、私は貴方に謝らなくちゃいけないことがあるわ」

「謝る?」

「ええ、そうよ」


 なにか謝られるようなことをされただろうか、あまり思いつかない。


「特にいらないと思うな」

「え?」


「だって、ボクはむしろ感謝してるくらいだから。あの鬱蒼とした森からボクをここまで連れてきてくれて。そうじゃなきゃ、町でいろんなものを見れなかったし、リリオたちにも会えなかったしね」

「……そう。だったら良かったわ」


 エイミの表情が柔らかく砕ける。


「さあ、そろそろ寝ましょうか。もう遅い時間だわ」

「そうだね」

「思ったよりも早くワドルドに嗅ぎつけられたことだし。明日からどうなるかもわからないから、万全を期さないと」


 なにやら警戒しているのだろうか。


「そのワドルドって人は凄い人なの?」

「凄い……というより、厄介、ってところね。彼の両親は、この王都で一二を争うくらいの大商人なの。そのせいでいろいろと力も持っているわ。昔から素行も悪く、あまり良い噂も聞かないわね」


 それほどの人がエイミに熱心に求婚しているとは。

 確かにエイミは容姿端麗だし、男として好意を抱く気持ちもわからなくはない。


 しかし彼のあの強気な言い分からして、それだけではないような悪寒を感じた。

 気のせいであればいいのだけれど、皮肉なことに、こういう直感はまず当たるものだ。


「ボクのせいであきらめて、何事もなく破談できればいいね」

「そうね」


 溜め息まじりに頷くエイミにボクは苦笑した。


 明かりを消し、二人で並んで寝転ぶ。


 同じベッドで寝ることも最近は慣れてきている。相変わらず目の前で彼女の寝顔を見ると、ドキドキするし、後ろめたい気持ちになるけれど。手を繋いでいるその安心感が、ボクを安らかな眠りに導入してくれるのだった。


 ありがとう。

 寝息を立て始めたエイミに、ボクはそう、小さく囁く。


「何かあっても私が守るわ。だから貴方は安心して」


 そう言ってくれたエイミの言葉に甘えるように、ボクはゆっくりまぶたを閉じたのだった。


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