-8 『突然の告白です』
それからしばらく。
広々とした客間に腰をすえて、ボクたちは旅の疲れを癒すように一服をついた。
使用人の女性たちが用意してくれる紅茶やお菓子はどれも美味しくて、王都の様子や旅の思い出話など、他愛のない会話に華を添えてくれていた。
使用人たちの中でもシラタと呼ばれた男性は執事長なのだという。
「それにしても、いやほんと。お戻りになられるのを、首を長くしてお待ちしておりました。このわたくし、そのせいでいつ部屋の天井を突き破りはしないかとハラハラしておりました」
そう興奮気味に話す彼からは、よくわからないけど、それだけ待っていたという気持ちだけは伝わってきた。
この人はよほどエイミのことを思っているのだろう。
優しく暖かな雰囲気が、エイミを取り巻く使用人たちからとてもよく感じた。
彼はエイミが家出をしたと言っていた。
けれど使用人たちの様子も、落ち着いたエイミの佇まいも、とても彼女がこの場所を嫌っている風には見えない。
いったい何故家出なんかを――。
「それで、お嬢様方はこれからどうなさいますですか」
ちょうどリリオからそんな話題になった頃だった。
シラタがエイミにこっそりと耳打ちする。
途端、表情が微かに曇ったのをボクは見逃さなかった。
眉間を微かにしわ寄せたままシラタに耳打ちを返す。
それからシラタが退室してすぐ、客間の扉が勢いよく開かれた。
「帰ってきたのなら、真っ先にこの俺に一報ぐらい入れてくれてもいいんじゃあないか?」
ねっとりと、耳に絡みつくような低い声と共に部屋に入ってきたのは、おおよそボクたちと同い年くらいだと思われる長身の青年だった。
肩ほどまで伸びた栗毛の髪に、白い肌。鋭く切れ長の赤い瞳。礼装の上に高級そうな分厚い毛皮のコートを羽織っている、ちゃらちゃらした雰囲気の男だ。
彼はなんの断りもなく無遠慮に部屋へと押し入ると、口角を持ち上げながらエイミの目の前までやって来た。
「帰ってもらうように伝えたはずだけれど」
「何言ってんだよ。そう邪険にすんな。俺はずっとお前のことを待っていたんだぞ、エミーネ」
――エミーネ? エイミのことだろうか。
「どうして私が戻ってきたのを知っているのかしら。ついさっきのことなのだけれど」
「王都はもはや俺の庭みたいなもんだぜ。なんだってわかるさ。それに、直感でわかる。俺とお前の仲だからなあ」
「さて、どういう仲かしら。私は知らないわね」
「しらばっくれるなよ。俺とお前、婚姻の杯を交し合った仲じゃねえか」
「ええっ?!」と、リリオたち三人娘から驚きの声が上がる。
ボクも、思わず手を離してしまいそうなほど、驚いて咄嗟にエイミの顔を見やってしまった。
そんなこと初耳だ。
まさかエイミに婚約相手がいただなんて。
途方もない衝撃。
けれどなにより、その話を聞いてショックを受けている自分に吃驚した
婚約者と名乗る男が、まるで優越感に浸っているかのような余裕の笑みで、座っているボクたちを見下ろしてくる。
ふと、彼の視線が隣にいたボクへと向けられた。おまけに、手を繋いでいることに気付いたようだ。そこに視線を留めると、不機嫌に声を荒立てて言ってきた。
「何だよ、お前は」
赤い瞳が、ボクを突き刺すように睨んでくる。
ドキリ、と胸の奥がざわついた。まるでそれに怯えているかのように。
「えっと、ボクは…………うわぁっ?!」
言葉に詰まりそうになっていたボクを、しかしエイミが突然寄りかかり、抱き寄せてくる。そして彼女は寸分の迷いもないような凛とした声で言いのけた。
「彼は私の婚約者よ」と。
――えええええっ?!
さっき以上に、本当に目が飛び出そうなくらいボクは仰天した。
――いやいや、どういうことさ。
あまりに急なこと過ぎて理解が追いついていない。唖然としすぎて言葉にもならない。
リリオたちも、口許に手を当てて顔を赤らめたり、鼻息荒くして前のめりになっていたりと、驚きを隠せない様子だった。
そんなボクたちを余所に、エイミは平然と言葉を続ける。
「貴方との婚姻なんてまったく覚えがないわ。勝手に話を進めないでくれるかしら、ワドルド」
「お、おまえ……」
男――ワドルドの握り締めた手が震え、憤怒の感情が零れ出る。
しかしそれもすぐに止むと、彼はぱっと切り替えたように表情を改め、
「ま、そんな戯言を言ってられるのも今のうちさ。どうせお前はすぐ、俺の元にくることになる」
「ありえないわね」
「ありえるさ。そのために力を蓄えてきたんだ」
そう言うワドルドの調子は随分自信気だった。
「どう振舞うべきが正解なのか、もう一度冷静になってよく考えておくんだな」
下卑た笑みを浮かべながら、そう言ってワドルドは客間を出ていった
「塩をまいておいてちょうだい」とシラタに言ったエイミは、しかしいたってあの男を気に留める様子もなく、平然としていた。




