-6 『新しい彼女の一面です』
王都観光を楽しみながら右へ左へと歩いていく。
やがてエイミによって案内されたのは、王城の聳え立つ麓からはおおよそ対極に位置する場所にある、住宅街の中の小洒落た屋敷だった。
同じような二階建ての煉瓦家屋が立ち並んでいて、商売にばかりだった大通りと違い、子連れの主婦などを多く見かける庶民的な雰囲気の区画だ。その中でも、たどり着いた屋敷は広い庭と豪奢な門を携え、周りの民家よりも少し高級感があった
「いくわよ」
エイミがそう言い、何食わぬ顔で門扉を開き、敷地へと入っていく。
まさかここが彼女の自宅なのだろうか。
「すごいお屋敷でございますです」
「これ、入ってよいのじゃろうか」
「不法侵入って怒られませんかねー」
リリオたちが三者三様に戸惑っている。
それも無理はない。旅人としてのエイミしか知らないボクたちからすれば、エイミがこれほどの屋敷に住んでいるとは思いもしなかった。
いや、普段の所作や着飾った洋服からしてもどこか上品さは持ち合わせていたが、まさか実際に良い所のお嬢様だったとは。リリオとミレーナを従者や料理番で雇うという言葉も、なるほど納得できる。
「何をしているの。さっさと来なさい」
いつまでも門前で棒立ちする彼女たちを、エイミは不思議そうな顔を浮かべながら手招いていた。
肩を縮こまらせながら足を踏み入れたリリオたち三人を後ろに、エイミはボクの手を引いて屋敷の中へと入った。
邸内は大きなエントランスになっていて、壁にかけられて並ぶ燭台は金色で煌びやかだ。天井にはシャンデリアがさげられており、ボードの領主邸にあったダンスフロアを思い出すような豪華なつくりだった。
その高級感に、ボクも思わず息を呑んでしまう。
「さすがお嬢様なのです。すごいでございますですねー」とリリオがぽかんと口を開けている。
そんな彼女の腰に引っ付いて、
「ま、まあわらわの実家ほどではないがな」とミレーナが謎に見栄を張っていた。
きみの家はしがない飯店だろ、というのは周知の事実である。
ボクたちが屋敷には言ってから程なくして、奥から燕尾服を纏った初老の男性がやって来た。おそらくこの屋敷の使用人なのだろう。白髪が似合う細身の老人だ。
彼はエイミの顔を見るなり、驚いた風に眉を持ち上げて駆け寄ってきた。
「お嬢様、お戻りになられたのですね!」
瞳に涙を浮かべながらそう言うと、ボクらの前で深々と頭を下げる。
「お嬢様が突然家出されて二月。どれほど御身を心配しましたことか」
「悪かったわねシラタ。それよりもまずはみんなを客間に案内してくれるかしら」
シラタと呼ばれた使用人の目が、ボクやリリオたちにもやっと向けられる。
「これはこれは。お嬢様のご友人でございますか。これは丁重におもてなしいたさねば。ささあ、こちらへ」
丁寧な所作でお辞儀をした彼は、それからリリオたち三人を、エントランスの奥にある客間へと案内しはじめた。
その上等な応対振りにリリオは申し訳なさそうにしていたが、ミレーナとパーシェルは揃いも揃って「くるしゅうない」とふんぞり返ってご満悦の様子だった。
「ボクたちはどうするの」
「部屋に行くわ」
エイミに手を引かれ、横に備えついた螺旋階段を上がり、二階のある部屋の前へ。そこの扉を開けて中に入ると、白い柱の間に淡い桃色の壁紙が貼られた可愛らしい内装の部屋があった。
香水か何かだろうか。甘い華のような香りが鼻腔をくすぐる。
ここがエイミの自室なのだろう。
棚の上には造花の挿さった花瓶。ベッドの枕元には、少し色のくすんだクマのぬいぐるみ。シーツはシワひとつないほど綺麗に整っている。
「意外と可愛い部屋なんだね」
言った瞬間、まずい、と思った。
意外ってなによ、と気を損ねただろうか。
殴られるかもしれないと思って背筋に冷や汗が流れる。。
だがエイミはというと、ボクの想像とは反対に、への字に口許を歪めて顔を赤らめていた。
「べ、別にいいでしょ。私だって女の子なのよ」
その横顔がいつになく柔和で、本当に、年端もいかない少女然として可愛げに包まれていた。思わずドキリとしてしまいそうになる。
見慣れたはずの凛々しい彼女の横顔。
けれども今は、帰郷して心が解れているのだろうか。
「着替えるわ」
「あ、うん」
シックな白いクローゼットから服を取り出す。
ボクは身体を背け、視線を逸らした。
ボクのすぐ後ろで衣擦れの音がしはじめる。片手で器用にボタンなどを外しているのがわかる。袖から腕を抜く際に、もう片方の手を繋ぎ、離す。
エイミと一緒にいるようになってからもう随分と時間が経っている。変なことに慣れてしまったけれど、悪い気分ではない。
彼女の着替えが終わり、振り返る。
フリルの付いた水色の煌びやかな洋服に、髪もふわふわのシュシュで二つにまとめたエイミの姿。いつものクールな雰囲気とは違って、お淑やかで幼げのある印象に、ボクはつい言葉に詰まってしまった。
「…………」
「なによ。なにか言いなさいよ」
「いや、その」
可愛い、とは口に出せず、その代わりに顔が真っ赤に熱くなった。
気恥ずかしさが込み上げてくる。
きっと手汗が酷いことになっているだろう。
けれどエイミは、それに対して不機嫌になるどころか、ほんのりと微笑を浮かべてボクを見ていた。
「ありがとう、ここまで来てくれて」
改まってエイミが言う。
「急に連れ去られるみたいに引っ張られて、普通なら拒まれてもおかしくはなかったのに」
「たしかに、ほとんど無理やりだったね」
ほんの少し前のことなのに、つい昨日のように思い出せる。
「エイミの用事があるんだよね。それが何かわからないけど、ボクにできることならやるよ」
それが、ボクを森から連れ出してくれた――独りではなくしてくれた彼女への恩返しになるのなら。
きっと独りのままだったら、リリオたちとも出会えなかったし、いろんな経験もできなかった。
感謝をしている。とっても。
だから彼女の力になれるのなら、ボクはなんだってやるつもりだ。
「最初はなんだか頼りなかったけれど……いい顔をするようになったわね」
「そんなに頼りなかった?」
「ええ」
ふふ、とエイミが微笑をこぼす。
なんだか嬉しそうな雰囲気が伝わってきて、ボクも自然と顔をほころばせた。
「頼りにしているわ」
その言葉が心に響くようで、ふわりと身体が軽くなるような気分だった。




