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 -2 『いまは去りし記憶です』

   ◆


 懐かしい夢を見た。


 もうずっと忘れていた記憶だ。

 たぶん、自己防衛的に無意識に頭の中から抹消していたのだろう。


 けれどもそんな記憶を、今更になって思い出した。




 あれはボクが七歳くらいのころだったろうか。

 その頃はまだ無差別に他人を殺す力も顕現していなくて、普通の子供たちと一緒に学校に通っていた。


 身寄りのない孤児だったボクは、近くの修道院に預けられ、そのせいで学校でもいじめられていた。


「捨て子がいるぞー。いらねー子だぞー」


 教室の隅っこで独りぼっちのボクに、クラスのガキ大将が茶化してくる。


 その学校は比較的裕福な家庭を持つ子が多かった。そのため、ボクは絶対的に下の人間だった。


 級友たちからはまるで小間使いであるかのようにぞんざいに扱われる。

 最初は暴言。次第に使いぱしりや、物を投げたりなどの間接的な暴力まで。


 彼らはどうしようもなく外道で、ボクはどうしようもなく臆病だった。


 ガキ大将の赤い瞳がボクを射抜くたび、悪魔に睨まれたように怖くなった。


「大丈夫?」と心配して優しく声をかけてくれた女の子もいた。


 けれどボクは、自分なんかが施しを受けているところをガキ大将たちに見られて、もっといじめられないかと恐れた。だからその子の優しさも突き飛ばし、誰にも関わらず、独りになった。


「おい、親無し。何か面白いことしろよ」

「そうだそうだ。どうせお前に取り得なんてないんだろ」

「せめて腹踊りでもして俺たちを笑わせてみろよ」


 けらけらと嘲笑いながら、ガキ大将は他の級友たちがボクを囲んでくる。


 もうイヤだった。

 どうしてボクがこんなことを。彼らではなく、なんでボクが。


 何も悪いことなんてしていないのに

 ただ普通に、みんなと笑って暮らしたいだけなのに。


 ――ボクには、それが許されないんだ。


 そう理解した瞬間、ボクの中でぷつりと何かが切れたような感覚がした。


「おい聞いてんのか、親無し」

「やめなさいよ!」


 ふと、級友の女の子が割って入る。


「おい、どけよミーナ」

「いやよ。ねえ大丈夫、アンセル?」

「お前までいじめられたいってのか?」

「きゃっ、痛い。痛いわよ」


 ついにはガキ大将が女の子の髪を引っ張ったりしはじめた。

 それでも彼女はボクを庇おうと、傍について放れようとしない。


 女の子のか細い悲鳴が、頭を抱えて縮こまるボクの殻の中にまで響いてきた。


 頭が割れそうだった。


 なんで彼女まで虐げられないといけないのか。


 もうみんな、ボクを放っておいてよ――!


「……めて……やめて」

「アン、セル?」

「もう、やめてよ!」


 途端、ボクの全身から、黒煙のような黒い靄が放出された。それは瞬く間に教室に充満していく。


 ボク自身、何が起こったのかまったくわからなかった。


 心の中に蠢いていた何かがぱっと体の外に出たような開放感。

 実際、ボクの周囲には取り巻くように黒い靄が漂いはじめていた。


 しかしそれだけではなかった。


「アン……セル……」


 ボクのそばにいた女の子が、その湧き出た靄に触れた途端、苦痛に顔を歪めながら倒れこんだのだ。


 首を絞められたように苦しみながら気を失った彼女を見て、ガキ大将たちが恐怖に足を震わせる。


「な、なにしやがったんだ、お前」


 ボクを見てくる彼らの瞳はひどく怯えていた。まるで悪鬼を目の前にしたかのように。


「違う。ボクは何もしてないよ」

「ち、近寄るんじゃねえ! このバケモンが!」


 ガキ大将たちはたちまち走って逃げ去っていった。


 残されたのはボクと、倒れた女の子。


 かろうじて息はしているが、悪夢を見ているようにうなされている。

 それがボクの無差別の力のせいだとわかったのは、それからずっと後の話だ。


 その時はただ、状況もわからずに女の子を抱き起こしていた。


「ねえ、大丈夫?」


 ゆさぶり起こそうとする。


 まだ発現したばかりで力が弱かったのか、苦い顔をしながらもどうにか女の子は気を取り戻した。公文に表情を歪ませながらも、ふと気がついてボクと目が合う。


 途端、彼女の形相はひどく強張っていた。


 それはボクを取り巻く黒い靄のせいか。

 それとも、ボクの顔がひどく絶望に歪んでいて悪魔のように見えたせいか。


「………………いやっ」


 拒絶。

 ただ一言、女の子はそう言葉を漏らした。


 その時、ボクの中で、硝子の心を支えていた糸が切れたような気がした。


「ぁ……あぁ……あああああああああああああああああああ!」


 形容しがたい叫びと共に、じわりと、ボクの体内からおびただしい量の黒い靄が溢れ出ていく。


 悲嘆。消魂。


 自分の中にあるどす黒いものを世界中に散りばめさせるかのごとく、近くの全てを巻き込んで放出させた。


 黒い靄が刃のごとく鋭い刃先を持ち、遠ざかっていたガキ大将にも襲い掛かる。それは彼の脇腹に抉るように突き刺さり、血を吹き出させた。


 その場に居合わせた他のイジメっ子たちにまでそれは襲い掛かり、教室は、瞬く間に凄惨な状況へと変わっていった。


 ボクの靄が広がったのは、学校の学び舎の半分を覆うほどだったという。


 けれどもその時のボクはただ茫然自失で、「ごめんなさい……ごめんなさい……」と謝り続けることしかできなかった。


 その一件から、ボクは忌み子として恐れられるようになった。


 女の子は結局、息も絶え絶えになりながらもどうにか大人によって助けられ、それから遠くの町に引っ越したという。脇腹に深い傷を負ったガキ大将も、命こそ助かったものの、次の日から学校には顔を見せなくなったらしい。


 歩く殺人鬼。

 子供の顔をした悪魔。


 口々に遠くから誰かの罵声が聞こえた。


 日に日にボクを取り巻く黒い靄は大きくなり、やがて近づこうとする人の命を問答無用に食らうようになって、ボクに近づこうとする人は誰もいなくなった。


 やがてボクは居場所を失くし、修道院を飛び出した。


 もう、誰とも関わらなくていいように。

 そうすれば罵声はなにも聞こえてこない。


 最初から独りでいれば、孤独になることもない。


 皮肉にも強大すぎる魔力は森の中で生きるには十分すぎた。魔力で体が満たされているせいか、あまりお腹も減らなかった。


 それからおおよそ十年。

 誰とも会話をすることなく、ボクは森の奥でひっそりと生き続けた。


 あの時、あの少女がやって来るまでは。


   ◆

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