-13『死霊魔獣との決戦です (後)』
魔獣の飛びつきを横跳びでかわし、今度はボクが懐へと飛び込む。
魔獣の太い首元へ掌底を打ち込み、ゼロ距離で魔法を思い切りぶち込んだ。
「くらえぇ!」
黒い衝撃波を放った攻撃魔法。
以前の魔獣はこれで一撃だった。
今回も、一撃とはいかずとも致命傷程度は与えられるだろう。
そう思いながら打ち切ったところ、しかしキメラ魔獣にはほとんど傷を与えられていなかった。
「そんな、どうして」
ただ当たり所が悪かった、という問題ではなさそうだ。
しかし驚く暇も与えさせてくれず、魔獣が反撃に腕を振り回してくる。それをまともに受けてしまい、ボクの身体は二メートル以上吹き飛ばされた。
「アンセル!」と上擦ったエイミの声が聞こえてくる。
なんて情けない。
あれだけ大見得切っていたのに。
「大丈夫だよ」
咄嗟に腕で顔面は庇った。
飛ばされて横腹を強く床に打ちつけたが、血を吐くほどではない。
ぐらりと立ち上がると、エイミのほっと息をつくような安堵の声が届いてきた。
ボクの本来の力であれば、たとえ相手が魔獣といえども粉微塵にすることも難しくないはずだ。
トラッセルの町では、手を離したボクの力がリリオたちに悪影響を与えすぎない程度には抑えられていた。もしかすると、無意識のうちに力の加減するようになってしまったのだろうか。
そうだとすればいいことだが、戦闘中となれば困る。
今度は遠めから。
さっきは部屋の外にいるかもしれないリリオたちを気にしていたけれど、今度はもう、建物を突き抜けても構わない。
「思い切り、力の限りっ!」
無詠唱の超級魔法。
突き出したボクの手の平から、濁流のような黒い衝撃波が飛び出す。それは激しいうねりを描きながら、正面に立つキメラ魔獣を穿った。
そのまま奴を貫いてはるか天井まで――そう思っていたが、またしてもキメラ魔獣は平然とそこに立ち続けていた。
さすがに傷こそは負っているようだが、それでも致命傷とは程遠い。
「……そんな」
これ以上ないというほどの大技だった。これで決めるつもりだった。
けれど、キメラ魔獣はまだ倒れない。
今までこんなことは一度もなかった。
ボクの強すぎる力の前には誰もが瞬く間に倒れていった。
そんな常識が通用しない。
このキメラ魔獣、どれほどの強さだというのか。
そしてやはり、すかさずキメラ魔獣の反撃。
鋭い爪が襲い掛かり、ボクは咄嗟に身を屈めてよけるので精一杯だった。
死霊魔術によって死人兵と合わさっているせいか、痛覚がないのだろう。
ボクの渾身の一撃に大傷こそは受けても、それに怯むことなく反撃される。
肉を切らせて骨を断つ。
まさに文字通りといった感じだ。
これが死霊魔術の怖さ。
トラッセル軍や傭兵たちが苦戦するのも頷ける。
これまでどんな強者も圧倒的力で返り討ちにしてきたボクには、この苦戦は予想外だった。
キメラ魔獣は休む暇を与えてくれない。
無尽蔵のような体力でボクを追いまわし、その鋭い爪で引き裂かんと虎視眈々と狙いすましてくる。油断すると幾重にも連なる牙が襲い掛かり、巨躯の陰からは長く太い尻尾がビンタのように薙ぐ。
魔法で吹き飛ばそうにも、どうしてかボクの魔法は悉く致命傷と至れなかった。
ならばもう一度、と魔法を放つ。
キメラ魔獣はそれを飛び跳ねてかわした。
巨躯に天井に下げられていたシャンデリアがぶつかり、細やかな音を立てながら落下し、床にぶつかって砕け散った。頭が割れそうなほどに大きな音が反響し、思わず耳を覆う。
天井は一部が削げ落ち、曇天の空が顔を覗かせていた。
激しい攻防。
着実に傷を与えてはいるが、出血もなく、痛みに悶える様子もない。まるで人形を相手に戦っているみたいで、手ごたえすらまったく感じられない。
この魔獣はいつになったら倒せるのか。そんな焦燥が湧いてくる。
「このっ」
もう一度魔法。
鋭い黒色の光線の一撃。
キメラ魔獣の右前足の肩をえぐり、肉を削いだ。
けれども奴はまったくよろめかない。欠落した部位はそのままだ。細胞が死んでいる以上、再生したりはしない様子。
「だったら切り落とせば!」
指先に留めた力を細く具現化し、刃の形状を作り上げる。
太い幹すら水を切るように裂く斬裂魔法。それを、ボクへと飛び掛ろうと伸ばした前足に向けた射出した。
直撃。
しかし表面に切り傷をつけた程度でやはり致命にまで届かない。
「駄目か」と気を落とした瞬間、死角から尻尾が伸びてきていることに気付けなかった。
太いそれはボクの華奢な身体を薙ぎ払い、思い切り壁へと叩きつけた。
ぐはぁ、と吐血が漏れる。
身体の力が抜け、立てなくなる。
そんなボクを、キメラ魔獣は余裕を孕んだ冷たい顔で見下ろしてきた。
「……ここまでか」
キメラ魔獣により、鋭く尖らせた爪が振り下ろされる。
だが、ボクの身体を突き飛ばしたのはそれよりもずっと柔らかいものだった。
「エイミ!」
彼女が咄嗟に身を飛び込ませ、ボクの身体を抱いて転がり込んでいた。
ボクのいたはずの場所にキメラ魔獣の豪腕が突き刺さり、床と壁が砕け、激しい砂煙があがる。
視界を遮るほどの砂塵の中、ボクの上に覆いかぶさったエイミは、ボクの顔を見て安堵した表情を浮かべていた。
「エイミ、どうして」
「貴方ばかりに負担をかけさせられないわ。私もいるということを覚えておいて」
「でも、エイミには戦う力はないんでしょ。何もできないよ」
「そう、私には力がない。何も、できないわ。でもだからって、できなかったことをもう後悔はしたくない。貴方を助けると決めた以上、私はたとえ力がなくたって、その道を進み続けるわ」
あぶないとわかっていて、無茶だとわかっていて飛び込んでくるなんて。
なんていう自分勝手な理屈だ。
それでは命がいくつあっても足りないだろう。
でも、その陰りのないひたむきさが、ボクにはとても心地いい。
エイミが手を握ってくれる。
ボクを取り巻く黒い靄は引っ込んでしまったけれど、とても温かい安心感が代わりに湧き上がってきた。
「あなたの無事を祈っている人がいることを忘れないで」
「……ふふっ」
「なに笑っているの」
「ううん。なんだかエイミ……お母さんみたいだ」
むっとした顔で思い切り両頬をつねられた。
痛い。
けれど優しい痛みだ。
「…………ばか」
エイミは顔をそっぽに向けて小さくそう言うと、ボクを起こし、背中を叩いてまた物陰へと隠れていった。
ボクはまた、独り、砂煙の薄れてきたその向こうに佇む巨大な悪魔へ向き直る。
「無事で帰らなきゃいけないんだ」
いや、独りじゃない。
後ろにはエイミがいてくれる。
「あいにく期待をされたことなんてこれまで一度もなかったから。応え方も、裏切り方も知らないんだ。だからボクは――ボクのできることをするよ!」
ただ意味もなく命を奪うだけだったボクの力が何かの役に立てるのなら。
それで守れるものがあるのなら。
――ボクは、その努力を惜しまない!
キメラ魔獣がまたボクを視界に捉え、すかさず爪の刃を突き立ててくる。
ボクはそれを寸での所でかわし、また最初のように懐へともぐりこんだ。
「絶対にやってみせる!」
そしてやはり同じところに掌底をあて、思い切り力を念じ込む。
イメージするのは魔法の具現化した姿。
放出された力が魔獣すらも貫き穿つ光景。
『魔法というものは心が関わるものだ。その発現に心の力は大きく影響する』
トラッセルの町で声をかけてきた老人の言葉が、今のボクにはよくわかる。
手が離れていてもエイミが傍にいてくれる。
その安心感が、充足感がボクを力強く満たしている。
今ならなんだってできそうな気分だ。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
魔獣にすら負けない咆哮を上げ、ボクは振り絞った魔力を解放させた。




