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 -11『死者を統べる男です(後)』

 ヴリューセンの足元に奇妙な紋様が浮かび上がり、どす黒い色をまとって怪しく輝いた。それに呼応して、息を吹き返したかのごとくアイルドの身体がゆっくりと起き上がる。


 まさしく、死者を蘇らせたかのよう。

 しかしアイルドの皮膚は腐り落ち、もはやまともな人間の形相を保てていない。


「この国にははるか昔から敷かれた王政が続く。王位継承もその血筋で行われ、私たち領地を治める貴族は没落こそすれ、上に這い上がる機会などまったくない。争いの無き平和な世。私たちは各地で民を治めるが、彼らの畏敬の目は常に王族へと向けられている。いったいどれだけの理不尽であろうか」


 ヴリューセンの言葉にエイミが強く返す。


「それは貴方の勝手な言葉よ。世が平和であること以上に求められることはないし、領主という地位であっても民草に敬われている人物は多く存在するわ。支持を集められないというのなら、それは貴方の怠慢によるものよ」


「ふふっ……そう言われればそこまでだ。しかし私は治世になど興味がなかった。たまたま生まれが貴族で、領地を持ち、治めねばならないという。本当は戦場を駆け、武勲をいただき、出世頭となりたかった。そしてやがては国の頂点に。そんな夢想に湧き立てられていた」


 ヴリューセンが、黒い靄をまじえそうなほど深々と重い息をついた。


「私にはこの治世はぬるすぎるのだよ。元もとの生まれが王族ではなかったというだけで、何の努力もせず玉座であぐらを掻きつづけている国王陛下に頭を下げねばならない。この理不尽さがお前たちにはわかるか」


 それは静かさの中に、激しさと苛立ちが混じったような声だった。


「しかしどうやら、私には魔法の才能があったようだ。そしてこの世界への憎悪がそれを増幅させ、より強い死霊魔術へと昇華させてくれた。私はこの死霊魔術を授かった時、全能の神にでもなったかのような気分だったよ」


 彼の中の負の感情が身体から滲み出てくるのが、まるで目に見えるかのようだ。


 それにしても、何も情報がなくここまで来たけれど、まさかここまで勝手に事情を話してくれるなんて。


 まさに「そこまで知ったのならば生きては返さんぞ」といった雰囲気だが、ひどいとばっちりだ。


 そんな驚きと、それと同時にやるせなさがボクの胸を締め付けた。


「そんな、自分の思った世界じゃないっていう我侭のために、たくさんの命を奪ったっていうの?」

「他人がどうなろうと知ったことではないよ。私は私。ただそれだけだ」


 ボクに、ヴリューセンは冷淡に言い返す。


 そんなことをしていいはずがない。

 それじゃあまるで、ボクの無差別な力まで肯定しているかのようじゃないか。


 ボクがどうして森へ逃げ隠れるようになったのか。

 どうして独りぼっちにならないといけなかったのか。


 自分のことだけ考えればよかったのなら、ボクは――。


「なるほど」


 ぽん、とパーシェルが胸の前で手を叩く。そして一拍置き、


「――これは謀反ですね?」と頷く。


 把握するの今更過ぎるでしょ、と言いたいが、今はそれどころではない。


 呑気さに呆れる中、エイミが凛とした声を響かせて言った。


「私は私、確かにその通りね」


 ぎゅっと、ボクの手を握る手に力が入った。

 まるで、繋いだその感触を確かめるように。


「ほう。わかっているのなら話は早いじゃないか」


「ええ、わかっているわ。けれど気に食わない。そのままの自分でいたくても、いられない人だっているのに。私は、傲慢な人間のせいで心優しい人が迫害されることを、絶対に許しはしないわ」


 触れ合わせたエイミの力みを感じた。


 ヴリューセンが不敵に笑う。


「私を糾弾するか」


 彼が、天井から吊るされていたロープを引く。


「なれば私の我侭を止めてみせよ」


 直後、彼の背後にあったダンスフロアの壇上のカーテンが開き、鋭い牙を尖らせた四足の獣が姿を現した。


 ぎらぎらと金色の瞳を浮かび上がらせ、獰猛な唸り声を漏らす。

 針のような鋭い体毛を全身に纏わせ、人間ならば簡単に断ち切れそうなほど鋭く長い牙と爪を持っている。おおよそダンスフロアの横幅半分を埋め尽くすほどの巨躯は、見るからに重圧な迫力を与えてくる。


 魔獣。

 だが、その四肢には多くの傷が目立ち、腹部にいたっては身が欠落している。


「まさか魔獣までもを操ったっていうの?」


 そう言ったエイミの言葉どおり、まさにその魔獣には死霊魔術がかけられているようだった。


 魔獣が歩を進め、死人兵となったアイルドへと近寄る。瞬間、ヴリューセンの右手首が黒く光り輝いた。


 黒く、闇を孕んだような禍々しい紋様が浮かび上がり、そこから溢れんばかりの魔力が湧き上がる。


 やがて彼の手元から零れ出た魔力は足元の魔法陣が起動し、周囲を青白い光りで包み込んだ。眩んだ目がやっと戻った時、ボクたちの目の前には、まるで奇妙な存在が佇んでいた。


 魔獣の右前足の部分に、体内へと溶け混じったかのようにアイルドが結合されていたのだ。もはや人間だった面影はそこになく、スライムがへばりつくかのように、顔と手足の皮だけを覗かせていた。


「魔獣の身体能力と人間の理知性をあわせた合成獣、キメラである!」


 禍々しい尊大な笑みを浮かべたヴリューセンの表情は、冷酷と愉悦にひどく染まっていた。

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