-10『死者を統べる男です(前)』
さすがにこの町の要地であるせいか、町中の閑散さに比べ、敷地内の死人の数は多かった。
戦闘力こそないおかげで撃退は容易いものの、戦いに不慣れながらも前衛を張ってくれているリリオとミレーナの体力消耗も激しい。
パーシェルの飴も残り少なくなっていた。カラカラと桐の箱から聞こえる少ない雨の音に、パーシェルは相変わらず大粒の涙を流している。
こういった時にボクが役に立てないのが口惜しい。
数の多さに手間取ったもののどうにか建物にまでたどり着き、ボクたちは中へと入った。
宮殿のような広々とした廊下を駆け抜ける。その先に、死人が多く守っている大きな扉を見つけ、死人たちを払いのけてその部屋へと飛び込んだ。
そこは真っ暗だった。
おそらくダンスフロアだろうか。
天井は高く、シャンデリアが微かな明るさを反射して頭上に煌いている。床には、部屋全体に及ぶほど大きな魔法陣が描かれていた。
ただならぬ様子であるのは明白だ。
まるで魔術結社が儀式でも執り行っているかのような禍々しさがある。
その部屋に描かれた魔法陣の真ん中に、椅子座る人の姿を見つけた。
精緻な装飾の施された礼服に、首元には領主の証である襟章をつけた白髪の男。
おそらくこの館の主、アイルドだろう。
しかし彼はずっと背にもたれかかり、眠りこくった風に顔を伏せている。
恐る恐る様子を窺いながら、ボクたちはダンスホールへと足を踏み入れた。
ふと、青白い炎が燭台に浮かび上がり、部屋を薄明るく照らし出した。
「困るんだよ。計画にないことをされては」
低く渋い声が響く。
しかしそれはアイルドから発せられたものではなかった。
「余計な些事が入らぬよう、野にいる荒くれどもを金でまとめて束ねておいたというのに。この町の昨今の様子を聞けば、冒険者が物見遊山で立ち寄るようなものでもないだろう」
靴底が小気味よく床を叩く音と共に、ダンスホールの奥からゆっくりと何者かが現れる。
「どうしてここに……ヴリューセンが」
そこにいたのはまさしく、町の外で兵たちを率いているはずのトラッセルの領主ヴリューセンだった。
そういえば、確かに町の外での戦闘を眺めた時、彼の姿を見つけられなかった。遠方から指揮をとっているのかと思っていたが、まさかこんなところにいるとは。
「どうしてというのはむしろこちらが聞きたいね。何故きみたちがこんなところにいるのか」
不敵な表情で彼は言う。落ち着き払った声だ。
しわのよった目許を動かし、ふと、ボクたちの中のパーシェルに気づいた。
「なるほど、天使族か。もう下界人たちの争いの仲介に来たというのかね? それとも……私に用事である、とかかな?」
「ふえっ?!」
凄みのある睨みを向けられ、パーシェルは素っ頓狂に驚く。
急に矢先を向けられ、思いも寄らぬといった風に豆鉄砲を食らっていた。きょろきょろと辺りを見回しているが、天使族の羽が生えた人なんてここには彼女しかいない。
「わ、私ですか……。私はただ、アンセルさんを監視していてたまたまここに……」
「ははっ、またわかりやすい冗談を。天使族という連中というのは、たとえ眠りの最中でも目の前の争乱を知れば見過ごせぬほどの者達であろう。争いを見れば何よりも真っ先に止めに入る。それが天使族だ。外で凄惨な戦が行われているというのに、このような場所に偶然立ち寄るはずがない」
「そ、それは……」
パーシェルは言葉に詰まっていた。
本気で「私は巻き込まれただけなんです。関わりたくなかったんです」と言わんばかりにイヤな顔を浮かべている。ヴリューセンの言っている天使像と随分印象が違うのだが大丈夫だろうか。
本当に心配だ。主に天使族の未来が。
「やはり私の目論見を嗅ぎつけていたというわけか。なにやら私を嗅ぎまわっている連中がいて用心はしていたというのに。いやはや、万事うまくいっていた思っていたのだが、難しいものよ」
目論見もなにも、パーシェルはいったい何のことだかわかっていないし、もちろんボクやエイミたちにもわかっていない。けれど、何故かわかっている体で話が進んでいるようだ。
「え、どういうこと」
「ちょっと黙っていなさい」
純粋なボクの疑問もエイミに制される。
調停者である天使族が自分たちのところにやって来た。これは悪事を知っててやって来たに違いない。もはや隠しておくだけ無駄だと判断した。
そういうことだろうか。
――いや、本当にたまたま来たんですけど。全然事情を把握できてないんですけど。とはとてもじゃないが言い出しづらい状況だ。
どうやら雰囲気的に、あのヴリューセンが何か企んでいるのは間違いないようだった。だが、その実態などまったくわかっていないし、想像も付かない。
しかもそれに悪乗りするかのように、
「その通り、あなたの目論見はもうまるっとお見通しよ」とエイミが言葉を続けてしまった。
「……いやいや、なにしてんのさ」
「……自分から喋ってくれてるならちょうどいいじゃない」
確かにその通りだけど、置かれている状況の不自然さに気まずくなる。
「私たちは行方不明になったと言われる貴方の娘リュンに出会ったわ。彼女によると、貴方の様子はおかしい、と。自分を幽閉し、兵を挙げて隣町に戦を仕掛けるだなんて、それはおかしいと言われても仕方がないわよね」
「……なるほど。実の娘と中途半端に生かしてはおかず、二度と屋敷から出れぬようにしておくべきだったか」
ヴリューセンがそう冷たく言い払い、彼にぞっとするような恐怖を覚えた。
「そもそも、別にリュンでなくてもよかったのだ。トラッセルがボードに攻め込む口実を作れればそれでよかった。なんなら侵略と言う強攻策でも。とにかく死人兵どもの実践投入による軍事情報を得られればそれで十分だったのだよ」
「まさかわざと死人兵たちにぶつけたのか?!」
ボクはつい驚きの声を上げてしまったが、エイミは反して冷静に受け止めていた。もしかするとある程度予想が付いていたのかもしれない。
「傭兵まで雇って随分と熱心なものね。その情報収集に」
「これから必要なことではあるからな。兵というものは消耗品だ。再利用ができれば効率も上がろう。しかし天使族に嗅ぎつけられたのでは、もうこの地での実験は終わらなければならないな。なあに、此度の戦いで私の軍がここにたどり着けないあたり、なかなか随分苦戦しているようではないか。死人兵たちの有用性は実証されたというものよ」
まるで人を物としてしか見ていないような言葉だ。
最低だ、とボクは奥歯を噛み締めた。
死人兵の軍事的利用の情報集め。たったそれだけのために、ボードという町をひとつ丸々死人の町に変え、傭兵や私兵たちと戦わせている。
狂っている。
「大変だったよ。この計画を提案してもアイルドは一向に首を立てに振ろうともせんからな。まあ、領地の民の命を差し出せといえば断るのも無理はないが。だからこそ、このボードを無理やり乗っ取り、死人兵どもの実験場へと変えてやった。アイルドももはや、私の傀儡よ」
椅子に座ったままのアイルドの身体を、ヴリューセンが椅子ごと蹴りつける。アイルドの身体は力なく簡単に椅子から崩れ落ちていった。
そんな彼の四肢に、ヴリューセンは指先を向ける。
「……○○××」
呟くような詠唱。
途端、彼の右手首が怪しく光を放ち始めた。




