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 -9 『慈悲深い天使の施しです』

 戦場となっている門前を避けながら町に近づいたボクたちは、思いのほかあっさりと城壁にまでたどり着けていた。


 予想したとおり、城壁の上を見張る兵すらいないようだ。

 更には門の近くにも人影はなく、ボクたちは簡単に町中まで入ることができた。


 中はすっかり寂れていて、まるで町全体が死んでしまったかのように重苦しく暗かった。


 上空の雲が太陽を遮り、夜のように闇を引きずり込んだそこは、とうてい人が住むような場所には思えない。もしも悪魔が住む世界があるのなら、おそらくこういう靉靆あいたいとした雰囲気なのだろうと思うほどに。


「ひとまず目指すとすれば、この町の領主アイルドの屋敷かしら」


 ボクたちは町で一番高い屋根を持ったその屋敷へ、ネズミ一匹見かけない不気味な路地を走り抜けた。


 二階建ての、煉瓦造りの豪奢な建物だ。

 薄闇の中、明かりさえついていないそこはまるで廃墟のような様相をしている。


 だがその門扉には、おそらく町の正規兵だっただろう鎧を着た死人兵が二人、警備するように立っていた。この場所が要地であることは間違いないようだ。


「リリオ、いけるかしら」

「荒事は得意ではありませんですが……頑張りますです」


 エイミがリリオに目配せをすると、小石を遠くへ投げて門兵の注意を引いた。

 その隙にリリオが背後から忍び寄り、片方の兵の足を力任せに払って転倒させる。それにもう片割れが気付いた頃には、パーシェルが懐に入り込み、自慢の槍術で組み伏せた。


 すごい制圧力だ。

 だが死人兵はこの程度では止まらない。


 呻きを漏らす彼らに、エイミはすかさず黄金色の飴を食べさせていった。そうしてやっと身体が浄化され、普通の死体へと戻ったのだった。


「味わって食べてくださいねぇ……うぅぅ」


 パーシェルが涙目で惜しそうに死体を見下ろしていた。


 ひとまず無事に進入できそうだ。そう思ったとき、


「ぐあああぁぁぁ」


 嘶きのような声が響き、ボクたちの耳を劈いた。


 まだ門扉の陰にもう一人、死人兵が残っていたらしい。

 その叫声に応えるように、どこからか複数の死人兵が湧いてでてきてしまった。


「しまった」とボクは焦る。だが手を繋いだエイミは冷静だった。


「まあいいわ。どうせいずれはバレるのだし、正面突破といきましょうか」

「ええ?!」


 驚くボクをよそに、彼女はボクの手を引いて、死人兵の間を縫うようにすり抜けて屋敷へと走り出す。


「お嬢様はとても勇敢でございますです」とリリオが続き、

「わ、わらわを置いていくでない!」とミレーナも慌てて足を進め、

「お菓子を返してくださいー!」とパーシェルが泣きながら追いかけたのだった。


   ◇


 門扉を抜けて敷地に入ってから家屋までたどり着くまでには距離があった。


 リリオが腕っ節をふるって死人を倒し、近づこうとする相手にはミレーナが火球で牽制する。どうやら火に対しては恐れがあるのか、死人兵の足が止まるらしかった。自分も役に立ちたい、と戦闘は苦手ながらも頑張ってくれるリリオを、ミレーナの魔法がサポートしている。


 二人の連携はばっちりで、息のあった動きでボクたちの行く先を開けてくれた。


「ミレーナさんは戦っている姿も可愛いのでございますです」

「く、くだらぬ事を言っておらんで集中するのじゃ!」

「はいです」


 ミレーナが照れ顔を隠す姿を、リリオは戦いながら器用に盗み見ている。


 とても仲がいいものだ。


 そんな彼女たちのやや後ろから、倒れた死人たちの口にパーシェルが飴を投げ入れていく。


「はいどうぞぉ……美味しい飴ですよぉ……。天使の施しですよぉ……ぐすん」


 一人ひとり、死人兵の前に屈みながら、あからさまに沈んだ調子で飴を差し出していく。


 結局、桐の箱はエイミの手からパーシェルへ返されたものの、


「私じゃ手が塞がるから代わりにあげていきなさい」と命令されたのだった。


 天使族という聖なる行いに順ずるべき種族な手前、本質的に彼女は断れない。仕方なく、苦渋の思いで自ら飴をあげていくことになってしまったのだった。


 自分で自分の首を絞めさせるなんて、なんと鬼畜の所業か。と思ったけれど、邪悪なものを許さない神聖な天使族であるパーシェルとしては本来、これが正しき姿ではあるはずだ。


「浄化のお時間ですよぉ……ぐすん。いっぱい食べてくださいねぇ……ぐすん」


 一粒与えるたびに、パーシェルの目尻から涙も一粒落ちていく。


「天使族って、何よりも慈愛にあふれ、徳を積んだ高尚な種族だって聞いたことがあるんだけど」

「事実は小説よりも奇なり、ということじゃないかしら」


 ボクとエイミは、世俗にまみれた天使の姿に苦笑を浮かべていた。


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