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 -3 『自称イケメンに絡まれました』

 野営なんてものは、慣れていない人がするには大変なものだ。

 好き好んで雨ざらしの屋外で眠りたいという人はそうそういないことだろう。


 エイミもやはり野宿よりも宿屋がいいと言ったので、。ボクの力のことで万が一も考えて、なるべく町外れの宿屋に泊まることにした。


「二人で四ゴールドだ」


 受付の獣人にお金を支払い、部屋へと向かう。


 一階に数部屋と地下に酒などの貯蔵庫があるだけの小さな宿屋だが、見てくれはしっかりしていて感じが良い。はやり従業員は獣人しかいないようだが、掃除は行き届いているし、宿屋としては及第点だろう。


 指定された部屋へ向かっていると、人間の男女が廊下の向かいから歩いてきた。


 妙齢の美男美女だ。恋仲だろうか。

 腕を組み、浮ついた表情で歩いてくる。


「――あいたっ」


 と、すれ違いざまに男が短い悲鳴を上げた。

 どうやらすれ違いざまにエイミと肩が触れたらしい。


「おいおい。なにぶつかってくれちゃってるんだぜ。俺様の大切な腕の骨が折れたらどうするんだぜ」


 上から目線な口調で絡んでくる。


「貴方が勝手にぶつかってきたのでしょう。私は普通に歩いていたわ」

「そんなことにぜ。お前が悪いんだぜ」

「あらそう。じゃあごめんなさいね」


 軽くあしらおうとするエイミに、しかし男は下手に出たのを見て調子付いたのだろう。


「は? それだけだと? ちゃんと謝るんだぜ」と食い下がってきた。


 その表情は愉悦に満ちている。

 隣で腕に抱きついている女の方も、面白おかしく嘲笑を浮かべていた。


 なんてひどい奴らだ。

 エイミを煽り立てるように見下してくる。


 しかしそれでも、エイミはまったく気にしないといった風にそっぽを向いていた。飛び回る虫をあしらうように彼女は言う。


「もういいでしょう。部屋に行きたいの」

「よくはないぜ。へへ、ちゃんと謝るまでは帰さねえぜ」

「謝ったじゃない」


「笑わせるぜ。誠意ってもんが足りないんだぜ。そうだな、服でも脱いで下着姿で土下座でもしてもらおうかな?」


 けらけらと男が笑い飛ばす。


「もー、ユーくんのえっち! 浮気なのー?」

「ちがうんだぜ、マリネ。俺が浮気なんてするような人間に見えるかい?」

「ううん。見えない」

「そうだろう? なんたって俺様は――」


 ちゃらついた男が腕を組んで、格好つけた風にポーズを取る。


「愛を貫き強さを知った男、ユークラストバルト様、だぜ!」


 きらり、と見せた歯が輝き、うさんくさい笑顔が浮かんだ。

 冷えた目で見るボクたちとは正反対に、付き添いの女は最高に笑顔だ。


「さっすがユーくん、かっこいい! 浮気は絶対に駄目だからね」

「わかってるんだぜ」


 恋人二人でいちゃいちゃと会話を盛り上げていく。


 ああ、もう。無視して行けないものだろうか。


 煩わしさと憤りが募る。


 だがエイミが冷静に対応している以上、ボクも勝手なことはできない。


 これもある意味、森の外ならではの経験なのだろうか。


「まったく。これだから子供ってのは嫌いなんだぜ。年上にまったく敬意を払おうとしないんだぜ」

「失礼だよねー」

「一丁まえに手まで繋いで。なんなんだぜ? お前たち、恋人なんだぜ?」

「あたし達の方がラブラブだよねー」


 もはやケチをつけることが面白くなっているようだ。

 こうやって目下をいじめて優越感に浸り心地よくなっているのだろう。


「その洋服はお父様に買ってもらったのかな? 似合ってねえのによく恥ずかしげもなく町を歩けるもんだぜ」


 いきった男の言葉も、エイミはまったく気にする素振りも見せず聞き流す。


「髪もぼさってるし。ちゃんと手入れしてるのか? ああ、相手がこんな坊主だもんな。こっちもこっちで貧相な顔つきしてやがるぜ」


 あまりに無視するあまり、ついにボクにまで暴言の矛先が向いてきた時だった。


 繋いでいた右手の感触が急に消えた。そう思った瞬間、


 ――パンっ!


 ボクと繋いでいたはずの左手で、エイミは男の顔を思い切りひっぱたいていた。


 気持ちいいほどの音が鳴った鋭い平手打ち。


「てめぇ……」と男がにらみ返し、拳を振り上げた瞬間、しかしボクたちの周りを黒い靄が漂い始める。


「な、なんだこれ……ぅ……うあああああ」


 その靄に飲み込まれた男が悲鳴を上げて倒れこんだ。それと同時に女の方も苦しそうに膝をつく。


 ボクの制御でいない無差別のオーラ。


「あああなんだこれえええ。ぐうあああ、たすけて。だずげで、ママあああ!」

「いやあああ! くるしいいい。アイドグ様あああ! アイドグさまあああ!」


 今にも息絶えそうな絶叫を漏らし、男たちはもがき苦しむように地に伏せる。


 慌ててボクはエイミの手を両手でがっしり掴んだ。


「……はあ、はあ」


 靄が霧散し、二人の悲鳴が途絶えた。

 息を切らせて床に這い蹲る二人の惨めな姿だけが残る。


 どうやらぎりぎり命は奪われなかったようだ。


「男なら、くだらない言葉で相手を下げるのではなく、振る舞いで自分を上げて見下しなさい」


 平然とエイミはそう言い、男達を見下ろす。その目は冷淡で、鋭い。


 もはや男達に反抗的な余裕は微塵も残されていなかった。


「私達、早く部屋に行きたいの。もう通ってもいいかしら?」

「あ……ああ」


 気を動転させたように男は呆けて頷くと、エイミはボクの手を引っ張って部屋の方へと歩き出した。


 遠ざかる後ろから、男達の気の抜けた声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと。しっかりしてよ。何が『助けてママ』よ」

「う、うるさいな! お前だって。誰なんだぜ、アイドグ様って」

「か、関係ないでしょ」


「浮気してやがるのかこの野郎!」

「なによ母親大好き野郎!」


 エイミに負けず劣らず、どちらのものかわからない大きな平手打ちの音がまた廊下に響く。


 意図せずひどい修羅場だ。


「ああいう輩は大嫌いなの」


 そう吐き捨てるように言い、エイミは去っていく。


 ボクも彼らを振り返る勇気はなく、足早に部屋へと急いでいった。


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