-3 『いつも貴方の隣に這い寄る彼です』
武器商人ばかりが大通りに軒を連ねていた異変の原因については、町の中心部にある大広場に着くとわかった。
噴水の奥に大きな屋敷があり、そこの門扉を前に群集がひしめきあっている。
多い人だかりの割には、お祭りのような華々しい雰囲気などどこにもなく、みんな一様に強張った表情を浮かべていた。
「あそこはたしかこの町の領主の館よね。なにかあったのかしら」
「それは俺様が説明するぜ!」
耳を塞ぎたくなるほど明るい声が聞こえ、エイミは頭を抱えて嘆息を漏らした。
体格のいい男達の群れの中に、一際きらりと輝く白い歯。
顎に手を当ててキザったらしいポーズをとりながら、ユーなんとかが颯爽と歩み寄ってきた。
どうして彼は行く先々で出くわすのか。
エイミのことを運命の女性と言っているほどだし、実は尾行されているのではないかと疑いたくもなる。
「やあやあ、奇遇だな。俺様とこうも頻繁に出くわすとは。すばらしい縁があるんじゃないか、お嬢さん」
こんな腐れ縁は願い下げだ。
熱い視線を送られているエイミはというと、まるで彼を眼中に捉えず、屋敷の人だかりの方ばかりを眺めていた。
ユーなんとかが必死に視界に入ろうと回り込むが、その度に視線をずらされ、それでもまだ食い下がろうとする。
しまいには、
「お座り」
「了解だぜ!」
顎をくいっと動かして短くそう言われ、ユーなんとかは反射的に身を屈めて座り込んでいた。もちろん、エイミの視線は足元の彼を一ミリも捉えていない。
さすがに扱いが可哀想かとも思ったが、ユーなんとかもあながちまんざらでもないような顔をしている。真性の被虐体質でも持っているのだろうか。
うん、変態だ。
屋敷の方ではなにやら紙が配られていて、集まった男達はそれに目を通していた。ユーなんとかもそれをもらったらしく、ボクたちにそれを手渡してくれた。犬のように座り込んだまま。
「この町の領主のヴリューセン伯爵が傭兵を募集しているんだぜ! しかも悪くない金額だ。だから俺様も、一冒険者として名乗りを上げたのさ! 俺様の名声が鰻登りになっちまうぜ!」
彼の言葉も聞き耳半分に、エイミがその紙に書かれた文面を読んだ。
ボクも隣で覗き込む。
ユーなんとかが言ったとおり志願兵の募集を示す内容だった。
しかしこれほど大きな町には元もとの軍隊が駐留しているはずだ。
それにいまは他国との戦争中ではない。
争いのない比較的平和な時勢だからこそ、ボクのような小さな不穏分子にでも天使族がわざわざ顔を出してくるのだろう、と思う。
だからこそ、これほどに兵を集めようとしている様子が不自然でならない。
「なんでも、隣町のボードに攻め込むって話だぜ!」
「なんだって?」
ユー何とかの言葉に、ボクは思わず彼と目を合わせてしまった。いや、合わせちゃ駄目というわけでもないけれど。
「そうさ。なんでも、領主の娘がボードの連中に攫われたって噂らしいぜ。それに関してボードに使者を何度か送ったって話だが、全員が行方不明と来たもんだ」
なるほど。
だがエイミ曰く、ボードという町はそれほど大きくないという。
周囲を壁に囲まれた城塞都市ではあるが、何か事を起こせるような軍事力や権力を持った町ではないらしい。そのボードを治める領主も賢人と呼ばれるほど穏やかで良識のある人物だという話だ。
その違和感に、エイミの表情が訝しいものへ変わっていく。
「し・か・も! 隣町だってのにボードからは二週間前から一人も旅人が流れてこないって話だぜ。様子を見に行った使者や商人まで行方不明ってんだから、さすがに領主も大っぴらにして腰を上げたんだぜ」
「もしかして謀反ですか!」
パーシェルが食いついてきた。心なしかここぞとばかりに目が輝いている。
まるで謀反であってほしいといった態度は調停者である天使族としてどうなのだろう。
でも確かに、ユー何とかから聞いた話をまとめれば、ボードという町で何かが企てられているのは間違いなさそうだ。
「ボードで何かが起こっているようね」
「そうなんだぜ、お嬢さん!」
反応してもらえたのが嬉しかったのか、ユーなんとかが腰を持ち上げてエイミに顔を近づける。しかし、
「伏せ」
「了解だぜ!」
今度は這い蹲る犬のようにその場に伏せこんでいた。
恥も外聞もないのだろうか。
土下座のようにみすぼらしい格好なのに、本人は至って嬉しそうである。そして、楽しそうである。
「困ったわ……」
エイミがいつになく言葉尻の弱い声を漏らす。
なにかあったのだろうか。
「どうかしたの」とボクが尋ねると、エイミはふと口角を持ち上げ、
「……悔しいけど、ちょっと面白いわ」と微笑んでいた。
そんなことか、と膝から崩れ落ちたくなった。
――ボクの心配を返して!
でも少しでもエイミに気に入られて、ユーなんとかには「おめでとう」と言っておいた。




