-2 『不思議な老人に会いました』
前の町を出て二日ほど。
小さな峠を越えると、レンガ造りの家が立ち並ぶ大きな町があった。
「中規模の商業都市、トラッセルよ。商業を中心とした町の中では、王都に比較的近いこともあってけっこう栄えているわ」
そう教えてくれたエイミの言うとおり、町に入ってすぐの大通りは、これまで見たことがないほどの人混みであふれていた。
人と馬車の行き交いが激しく、常にあちこちで砂埃が舞っている。
「これほどの人を見るのは初めてなのじゃ」
心を躍らせるミレーナを先頭に、ボクたちはその大通りを進んでいった。
主婦でひしめき合う青果市場。
おなかの減る芳ばしい香り漂う飯店の軒先。
本物か偽者かわからない宝石を扱う露天商。
いろんなお店があって目移りしそうだが、そんな中、やけに武器や防具などを売る行商人のテントを多く見かけた。
そこに向かう客の数も少なくない。
「鉄鋼業か鍛冶でも盛んなの?」
ボクが尋ねると、エイミは不思議そうに首を捻った。
「そんなことはないわ。おかしいわね。何かあったのかしら」
「物騒なことじゃないといいね」
「そうね」
先日は何故か成り行きで悪党の魔術師を倒したのだから、もう新しい面倒ごとはごめんだ。
「そんなものが『盛ん』だなんて、そんなま『さか……ん』。えへへ……」
リリオが照れ顔で何かオヤジギャグめいたことを言ったが気付かなかったことにしておこう。突っ込まないのも彼女のためだ。
しかし、
「なにがじゃ?」とミレーナが無慈悲にも反応してしまい、リリオはりんごのように一瞬で顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
恥ずかしいなら言わなければいいのに。
とは思うが、恥らう姿は愛らしいので眼福だ。
「これ、そこのお前さんたち」
ふと、道の端で地べたに座る老人に声をかけられ、ボクたちは足を止めた。
深く外套を被った男性だ。
だが、あのドールゼのような陰鬱さはなく、衣擦れも白く清潔で綺麗な佇まい。ひどい猫背なのか、外套を羽織った背中はひどく丸く膨らんでいるが、それ以外はいたって普通の老人である。
露天商かと思ったが、彼の足元には品物などひとつもない。
「ボクたちになにか用ですか」
「お前さん、なにやらとてつもない力を持っておるな?」
言われ、途端にボクはぎくりと背筋を伸ばした。
――まさか見ただけでボクの力に気付いた?
できればボクの力のことはあまり知られたくなかった。
森の魔法がこんな町中にいるとわかれば無用な騒ぎを起こしかねない。ボクが「無差別に人を殺してた」という評判を知って恐れている人も少なくないからだ。
ここは誤魔化そう。
「なんのことですか」とボクがとぼけようとしたところに、ふと、パーシェルがひょっこり顔を出す。
「あれ、その声? おじい――あ、お菓子です! お菓子が飛んでますよ!」
老人の背後から突然、白い羽の生えたお菓子が飛び出してきた。
それにつられ、パーシェルは追いかけるように走っていってしまった。
なんだったんだろう。
そんな一瞬の出来事もよそに、じろり、とまた老人が睨んでくる。
しまった。
パーシェルが変に割って入るせいでとぼけるタイミングを逃した。
「どうなのだ?」
「ぼ、ボクは……」
「よくぞわかったのう!」
言葉を詰まらせるボクの前に、今度はミレーナが割り込んできた。
「わらわのうちに秘めた強大な魔法力を感じ取ってしまったのじゃな! なあに、仕方のないことなのじゃ。何を隠そう、わらわは五十三年に一人と言われるほどの逸材、最強魔術師ミレーナ様なのじゃからな!」
胸を張ってふんぞり返るミレーナ。
なにやら格好つけたような恥ずかしいポーズまで決めている。
というか、五十三年って随分と微妙な数字だな。
また割って入られ、むっとした老人は懐から分厚い本を取り出すと、それをミレーナへと放り投げた。
「月刊・猿にしかわからん超上級魔法図鑑である」
「おおー! すごい魔法がいっぱい載ってあるのじゃ! ふむふむ、なるほどなのじゃー!」
受け取ったミレーナは興奮した様子で見入り、すっかりボクたちのことは忘れ去ってしまっているようだった。
図鑑の中がわかってるってことは、ミレーナの知能レベルは猿なのだろうか。
気になったが、本人は気付いていないようなので言わないでおこう。彼女の自尊心のためにも。
「ええい。なんと騒がしいことよ」
ごもっともです、返す言葉もございません。とついボクも共感してしまう。
さすがにリリオだけは大人しくしているが、ふと目が合い、
「私も何かしたほうが良いのでございますですか」と言いたげな目で見てきた。
――ここは個性を張り合う場じゃないんだけど!
本当に変わった子ばかりだと実感させられる。
「少年よ」
「は、はいっ」
改まった老人が、ボクの瞳のずっと奥までもを見透かすような目で言う。
「魔法というものは心が関わるものだ。その発現に心の力は大きく影響する。使うものの闇が深ければ深いほど、その力は果てしなく広がっていくのだ」
「こころ?」
「五十年、ひたすらに鉄を打ち続けた者の作る剣は強靭となる。突き抜けたものの力は馬鹿にならんものじゃ」
この老人はいったい何を言っているのだろう。
よくわからないのに、その言には遮る気になれない力強さがある。
「おじいさんはボクの力の使い方を知ってるの?」
思わず尋ねてしまう。
しかし彼は首を横に振った。
「わしにはわからんよ。なにしろ、それはお前さんの心なのだからな」
「え、それって――」
途端、急に強い風が吹き、ボクは目をつぶって顔をしかめた。
まぶたを持ち上げた瞬間には、もうそこに、老人の姿はなくなっていた。
エイミもリリオも、ボクと同じように面食らった風に驚いている。
結局それきり老人はどこにも姿を見せず、まるで白昼夢を見ていたかのような奇妙さだけが残っていた。




