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 -2 『獣人の少女に出会いました』

 結局、どこに連れて行かれるのかもわからないまま、ボクはエイミという少女についていくことになった。


 怪しいけれど、ずっと森で引き篭もっているよりはいいのかもしれない。


 なにより、沢山の人が住む『町』を訪れるのは生まれて初めてで、行き交う人々の喧騒や大きな家屋が並ぶ様子に、ボクは目を輝かせながらひたすら圧倒されていた。


「ここはカイックという町よ。昔は金属の採掘が多く行われていて、鉄鋼業が栄えていたらしいわ」


 エイミに手を引かれて町を訪れたボクは、そんな説明も耳に入らないほど、目新しいいろんなことに没入していた。


「すごいね。人がいっぱいいるよ」

「ここはまだ中規模なほうよ」

「そうなんだ。町に入ったのって初めてだから」


 ねずみ色のとんがり頭が特徴的な山の麓にあるこのカイックという町は、建物の色合いこそ地味ではあるが、夕暮れ前だというのに随分と活気付いていた。


 町ではそれが当たり前なのだと思って眺めていたが、どうやら違うらしい。


「相変わらず、仕事が終わる時間でもないのに呑んだくれてる人の多い町ね」


 呆れ調子にエイミは言う。

 その視線の先は、人で溢れかえっている酒屋だった。


 まだ日も高いのに、大きなジョッキを片手に飲めや歌えやの大騒ぎ。喧騒と酒の臭いが町の入り口にまで届いてくるほどだった。


 そんな呑んだくれる客達に呼ばれ、店員が酒を追加していく。

 その店員は彼らとは違い、みんな獣の耳や尻尾が生えていた。


 獣人。

 ずっと昔は人間達の奴隷として迫害されていた歴史を持つ種族だ。


 今ではその制度も廃止され、獣人にも一般的な権利を与えられていることはボクでも知っている。


 けれどこの町は、酒屋だけでなく他の店すら、働いているのは獣人ばかりだった。人間はみんな仕事もせずに酒を飲んだりしているようだ。


「この町は元々鉱山だったから、昔から獣人による奴隷労働の多かったところなの。今はその制度はなくなったけれど、働き口をなくした獣人を助ける意味でも、人間が彼らを雇用して働かせる資本主義が発展した町なの」


「へえ、そうなんだ。だから獣人の人ばかり働いてるんだね」

「支払われる金額も悪くはないらしいわ」

「へえ、いいね」


「まあ、良いとは一概には言いきれないらしいけれど」

「え?」


 どこか含みのあるエイミの言葉に首をかしげていると、


「ひゃああああ!」


 と唐突に悲鳴が聞こえた。

 かと思った瞬間、背後で物凄い金属音が響く。


 町の人たちは驚いてその音の方へ顔を向けたが、それを確認すると「またか」と苦笑して視線を戻していた。


 なんだろうと思って振り返ってみると、一人の女の子が、盛大に籠の中の大量の鍋を道にぶちまけ、前のめりに倒れこんでいた。


 受身も取らず顔面からだ。すごく痛そう。


「大丈夫?」と思わず駆け寄ろうとしたが、エイミと手を繋いでいるせいで、腕がピンと張られて届かなかった。


 さすがに町中で手を離すわけにはいかない。

 もしそうすれば、制御できない無差別なオーラが通行人たちを殺してしまうだろう。


 エイミがやっと歩み寄る。


「随分と派手に倒れたわね」


 そう言って、転んだ少女を起き上がらせた。


「えへへ。すみませんです」と笑いながら立ち上がった少女は、やや黄色がかった茶色の髪から二つの触覚のように狐耳が突き出ている、獣人の女の子だった。


 ふさふさの丸い尻尾がぴょこぴょこ犬のように大きく揺れる。小麦色の肌と、耳と尻尾の先が微かに白いのが特徴的だ。


 ボクやエイミと同じくらいの年齢だろうか。

 エイミは十六歳と言っていた。おそらくその前後だろう。


 獣人少女は気恥ずかしそうにはにかみ、継ぎ接ぎのボロ布でできた服の土埃をはたいた。


 その間に、ボクも空いた手で転がった鍋たちを籠に戻していく。


「申し訳ありません、見ず知らずなのに」

「いいのよ。それにしても大荷物ね」

「はい。これを運ばないといけないのでございますです」


 落ちた鍋を全て拾いきって、少女がまた胸に抱える。


 彼女の顔を隠すほどには大きな籠いっぱいの鍋だ。

 歩きづらそうだし、重さだって相当なものだろう。


「大丈夫なの?」とボクが尋ねると、少女は、


「大丈夫なのですよ。ちょっと疲れてただけなのでございますです」と気前よく笑顔を作って頷いて見せた。


 そうして彼女はまた深くお辞儀をすると、物凄い速さで走っていったのだった。


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