-13『ボクはボクを知らないままで』
「いくのじゃ! グレートファイヤー!」
「まったく。何度やっても無駄だとどうしてわからないのか」
火球が放たれ、すぐ吸収され消滅する。それが幾度と繰り返されている。
意地になっても魔法を放ち続けるミレーナと、余裕綽々に微笑む老人。
その足元では、届きもしないのにブンブンとパーシェルが槍を振っている。
彼女達の様子は無駄なあがき、まさに滑稽に映っていることだろう。
――実際パーシェルの動きは無駄だけど。
だがミレーナたちが気を逸らしてくれている間に、ボクたちはまた物陰へと姿を隠していた。
目的のアレへと忍び寄る。
その正体は、ここに古く保管されていた投石器だった。
エイミの作戦。
それは、ボクとエイミを投石器で打ち上げるというものだった。
届かないのなら、届くところまで自分で行ってしまえ。
「やっぱり無茶だよ。こんなの、後先考えない馬鹿だって言われちゃうよ」
「あら、いいじゃない。馬鹿になりましょうよ」
「ええーっ」
能天気なのか、自信があるのか。
エイミの様子はまったく普段と変わらない。むしろどこか楽しそうですらある。
上に持ち上げられていた棒を引き下ろし、止め具に引っ掛ける。
方向を調整させると、お椀型になった先端の部分にボクとエイミが座り込んだ。
こんなことで本当に上手くいくのだろうか。不安ばかりだ。
けれどエイミの瞳は一切の揺らぎもない様子だった。
どうしてそこまで自分に自信を持てるのだろう。すごく、羨ましい。
「いいわ。やってちょうだい」
エイミの指示に、リリオが止め具を外す。
瞬間、ボクたちは勢いよく上空へと放り出された。
うまく一直線に、宙へ浮いた老人へと向かっている。
風の抵抗に目を瞑りたくなるのを我慢して老人を見据えた。
気付いた彼の表情が初めて驚愕に変わる。
「なんだと?! だが、もう遅いわ! 詠唱は完了した!」
懐から魔術書を取り出し、跳んでくるボクたちに向かって掲げる。
しまった。間に合わなかったか。
このままでは魔法でエイミごとボクたちを撃ち落されてしまう。
「……いきなさい」
エイミが小さく呟く。そしてボクが声を返すより早く、彼女は空中でボクの身体を放り投げた。
エイミが落下していく。
落ちてはただで済まない高さなのに、彼女の表情は晴れやかで、ボクを信じているようだった。
手が放れ、上空でボクの力が戻る。
「くらえ、超級魔法。ファイナル・ディスティネーション!」
老人の魔術書が輝かしく光り、手前にかざした彼の指先から波紋のような術式が展開される。そして、まるで濁流のような太く激しい魔法がボクを包み込んだ。
これほどの質量の魔法。まともに受ければ身体など木っ端微塵だろう。一瞬の暇すら与えず全てを葬り去れるほどの強力さだ。
――だが、今のボクにはなんてことない。
力が戻り、身体中から漏れるオーラがボクを守るようにその魔法を阻む。
そして飛翔した勢いを少しも殺さないまま、まるで竹を裂くようにその魔法の中を突き進んでいった。
「届けええええ!」
「……なっ?!」
その事実に老人が気付くころには、もう彼の目の前にたどり着いていた。
魔術書ごと老人に掴みかかる。
ボクとぶつかった老人は宙に浮く魔法を維持できず、勢いのまま、後ろの壁に叩きつけられるように墜落した。
老人に馬乗りになった状態で、ボクは彼の胸倉を掴んだまま睨みつける。
「な、何故あれを受けて無事なのだ。何故無傷なのだ……ぐぁああああ」
ボクの無差別オーラに包まれた老人が、ついに苦痛に顔を歪めはじめる。
だが、これまでの多くの人はすぐに命を奪われたのに対し、その老人は、歯を食いしばるようにしてしばらく生きながらえていた。
高位の魔術師ならば少しの間は耐えられるということだろうか。おそらく対抗魔法を使っているのだろう。
だがエイミのようにまったく効かないということはなく、ボクの力は着実に彼を蝕んでいる。
「この……化け物が」
おそらく今のボクを、老人は悪魔か鬼かのように見えていることだろう。
「ボクは、化け物なんかじゃない!」
「この負の力。そうか、貴様が『森の魔王』か。人に疎まれし……破滅の孤児め」
「負の力? ボクの力のことを知っているの?」
「弱さは弱さを喰う。……なるほど。悪魔と契約してもまだ……わたしは凡人の域で、あったか」
「ねえ、どういうこと?! ボクの力の扱い方を知ってるの?」
「…………」
老人の首を揺さぶる。
しかしその時にはもう、彼は力を失い人形のように尽き果ててしまっていた。
もしかすると、彼はボクの力のことを知っていたのかもしれない。
どうしてボクは自分の力を扱いきれないのか。
どうしてエイミだけは大丈夫なのか。
どうしてエイミと手を繋ぐとボクの力は抑えられるのか。
ただひたすらに強すぎる力。
孤独を呼ぶ、他者を寄せ付けない力。
――ボクは一体、なんなんだ。
魔法が消え、ボクの黒い靄と久方ぶりの静けさだけが残った坑道で、ボクは呆けたようにその老人の亡骸を見下ろしてた。




