-4 『本当の魔王はここにいました』
ガイセリスを見送り、ボクたちも街道へと戻った。
それからも、人攫いのような暴漢に出会うこともなく、すんなりと次の町にたどり着くことが出来た。
カイックのような特色は無いが、人口の多い中規模な町、ランドだ。
一階建ての石造りの平屋が多く並んでいる。
カイックからの行商人なども行き交う昼間の大通りは、色んなところから商いの喧騒が漏れ聞こえてくるほどに賑やかだった。
「それじゃあ夕ご飯にしましょうか」
エイミの提案に、ボクとリリオは笑顔で賛成した。
彼女のご飯でなければなんだって大歓迎だ。
そんな顔を浮かべていると、ちらりと顔を覗きこまれてドキリとした。
心を読まれたのだろうか。おそろしい。
ともかく美味しそうな飯店を探して路地を歩いていると、急にボクたちの前に小柄な少女が現れた。
深く外套を羽織って頭を隠しており、手には杖のようなものが握られている。駆け抜けるように飛び出してきたその少女は、ボクたちの前で砂埃を上げるように立ち止まった。
腕を顔の前で交差し、開いた指先を額に当てている。
これはいわゆる、痛いポーズ、というやつだろうか。
いや、ボクが長いこと森に引きこもっていたから知らないだけで、巷ではこの若者にこの格好が流行っているのかもしれない。
そう思ってエイミとリリオの反応も盗み見てみたが、やはり二人とも、呆気に取られた風に得もいえぬ顔を浮かべていた。
「待つのじゃ、貴様ら」
小さな背丈にふさわしい幼げな声が、顔を隠した外套の下から聞こえてくる。
「何か用かしら、お嬢ちゃん」
落ち着いた物腰でエイミが応える。
小柄な少女は「ふっふっふ」と微笑を浮かべた。
「わらわはこの世の原理を知り、不可能という言葉を知らぬ伝説の最強魔道師、大戦士ミレーナ! この世の全てを司る万物の使徒にして、世界を統べる頂点に位置する者! 大戦士ミレーナなのじゃ」
外套のフードを取り払い、見得を切るように少女はポーズを取って言いのけた。
小さな頭から垂れた白髪のツインテールが風になびき、夕陽に照らされオレンジ色に染まっている。少し太めの眉と大きな瞳をきりりと持ち上げ、自信満々に胸を張ってこちらを見やる。
そんな少女を、ボクたちは物凄く冷めた目で眺めていた。
いや、エイミだけは少し微笑ましそうだ。
この少女が何を言っているのかわからないし、わかったとして、意味もおかしい気がするのは気のせいだろうか。なんだかまるで、知っているそれっぽい言葉を切り貼りしただけのような。
どこからどう見ても普通の女の子だった。
背の高さからしておそらく十代前半の子供だ。
だからこそとても反応に困る。
おままごとみたいな子供の遊びだろうか。
冒険者ごっことかが流行っているのかもしれない。
「何食わぬ顔で町に潜入したつもりじゃろうが、わらわは知っておるのじゃぞ」
甲高い可愛い声には不似合いな年老いたような物言いで、少女は自信気に語る。
びしりとボクたちへ指を指し、
「貴様は魔王じゃろう!」と言い放ってきた。
どきり、とボクは衝撃を受けて思わず身じろいでしまった。
まさかこの子、本当にすごい魔術師なのだろうか。
それでボクのことを見抜いたとでもいうのだろうか。
ガイセリスも森の魔王のことが噂になっていると言っていたし、見抜かれても不思議ではないのかもしれない。
森の魔王と呼ばれていることはできれば知られたくない。ボクはもう、無差別に誰かを殺しまわる魔王ではないのだ。
エイミのおかげで普通人間になれている。
だから、ボクはこのまま――。
「どうしてそう思うの」
息を呑んだボクが思わずそう尋ねると、少女は肩を上下させて不敵に笑んだ。
「ふっふっふ。わらわは最強の魔法使い、ミレーナなのじゃ。わらわに知らぬことはない」
「そ、そんな」
「貴様が昨今の巷を賑わす誘拐犯であることはお見通しなのじゃ!」
「……へ?」
「自らを魔王と名乗る奇妙な魔術を使う魔道師が人攫いをしているという情報を、わらわはしっかりと掴んでおるのじゃ。町で見かけぬ顔の奴め。貴様達こそ、その誘拐犯に違いないのじゃ!」
――あれ?
少女はものすごく自信満々に言いのけているけれど、完全に勘違いではないだろうか。
「しかし悪事はわらわが許さぬのじゃ! この最強の魔術師、ミレーナがこてんぱんにこらしめてやるのじゃ!」
うん、これは間違いない。
この子、絶対に適当に言ってる。
魔法使いとか魔術師とか、言葉選びもブレブレだし。
思いついたままに喋ってるなあ、とイヤでもわかってしまうあたり痛々しい。
「悪逆非道の連中め! わらわが独自に考えた超級魔術、グレートファイヤーで塵芥にしてくれようぞ!」
ださい。
「ちょっと貴方。私たちは別に悪い連中ではないわよ」
子供をなだめるような優しい口調でエイミが言う。しかし、
「うるさい、魔王の奴隷め! わらわが倒すべきは魔王のみ。貴様のようなおばさんには用はないのじゃ」
カチン、とエイミの何かが切れた音が聞こえたような気がした。
イヤな寒気が背筋を這う。
エイミは無言のまま、ボクの手を引いて少女の方へと歩み寄り始めた。
「な、なんじゃ。やるのか!」
迫りくるエイミの顔を見て、少女は表情を青ざめさせながら奥歯を振るわせる。
本能が、触れてはいけない何かに触れてしまったことを察したのだろう。
しかしエイミはそんなに恐い形相をしているのだろうか。見たい気もするが、覗き見る勇気がボクにはなかった。
「それならばくらえ! グレふぇ……ぐれ、グレふぇと……」
杖を向けるが、噛みまくってまともに言えていない。
その間にもエイミは近寄っていき、ついには目の前にまでたどり着いていた。
ボクと手を繋いだ反対の手で少女の頬を思い切り引っ張る。
「いたたたたたたたっ!」
「お姉さん、ね?」
「ひゃい」
「わかった?」
「ひゃい、わはりはひは」
若干の涙目を浮かべながら、少女はきっと、最も喧嘩を売ってはいけない女性の怒りを買ってしまったことを後悔していることだろう。




