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 -2 『変な人に絡まれました』

「……ふう。ようやく静かになったわね」


 ボクと手を繋ぎなおし、エイミは清々しい顔をして言った。


「さっきから随分と虫がうるさかったのよ。全然離れてくれないし。貴方の力があって助かったわ」

「全然嬉しくないんだけど」


「貴方の力、虫除けに便利ね」

「ボクは蚊取り線香じゃないんだけど」

「どうにかして商品化できないかしら」


 真面目な顔で考えるエイミに、ボクはなんともいえない複雑な顔を浮かべた。


 いや、おそらく彼女も本気ではないだろう。ただ暇で遊んでいるだけだ。


 そう、ボクの反応を見て。


「お嬢様方、ただいま戻りましたです」


 草木を掻き分けてリリオが戻ってきた。

 彼女の格好は、町で会った時のみすぼらしい布切れではなくなっている。


『私のメイドなのだからそれ相応の格好を』と、カイックの町で購入したものだ。まさに給仕服らしい、紺地に白いエプロン、そして縁にフリルなどあしらわれたものだった。大きな胸に押し出されたリボンが特徴的で非常に可愛らしい。


 エイミを「お嬢様」と呼ぶ姿はすっかり彼女のメイドとして板に付いている。


 リリオは相当な量の水を竹筒の水筒に汲んでくれたようで、彼女が歩くたびに、背負った荷物の中から水の弾む音が漏れ聞こえるほどだった。


「大量でございますで……ふにゃあ!」

 さすがに重たくて歩きづらかったのか、ボクたちの目の前にたどり着いたところで盛大に転げてしまっていた。


 顔面から地面にぶつかってすごく痛そうだ。


 エイミが竹筒の水を確かめる。


「綺麗そうな水ね。やっぱり川があったの?」


 尋ねられ、リリオは地面に埋まった顔を持ち上げてムフフと笑む。


「川もありましたのです。ですが、もっと良いものがありましたのですよ」

「良いもの?」


 ボクとエイミが首をかしげると、リリオは立ち上がって尻尾を振りながら自信気に胸を張り、


「なんと、綺麗な泉があったのですよ」と言い張った。


 その言葉に食いついたのはエイミだ。


「なんですって?!」

「とても綺麗な水でしたのです。これはもう、あれをするしかないのです」

「そうね。あれをするしかないわね」

「え、あれってなに?」


 ボクだけが話に乗れていないようだ。

 二人は互いに見つめ合ってほくそ笑んでいる。


「ねえ、あれって――」

「貴方はここでお留守番よ?」


 そうはっきりと言われ、


「あ、はい」とボクは反射的に答えることしか出来なかった。


   ◇


 ずーん、とどんより暗い空気を纏ったかのように、ボクは独りぼっちで座り込んでいた。


 エイミが傍にいないせいでボクの無差別オーラは出っ放しだ。


 当のエイミはと言うと、リリオと一緒に茂みの奥の林へと行っていた。


 少し離れた場所から微かに水しぶきの音が聞こえてくる。

 きゃっきゃうふふと、随分微笑ましい弾んだ声も一緒だ。


 ここからすぐ近くのところにどうやら大きな泉があったらしく、いま、エイミとリリオは水浴びをしているらしい。


 もちろん男のボクがそこに混じれるわけも無く、独り寂しく待っているというわけだ。


「お嬢様のお肌綺麗なのです。なにかお手入れでも?」

「別に何もしてないわ。ストレスをためない生活をしてれば体調はいつも良いものよ」

「うわあ。羨ましいのです」

「獣人って毛並みが綺麗よね。髪もそうだけど尻尾も。ねえ、触ってみて良い?」


「ふぇっ?! 尻尾は、ちょっと。敏感なところなのです」

「そうなの?」

「ふにゃ~~~~!」


 本当に触ったのか、リリオの艶かしいような大声がボクの方まで届いてきた。色っぽい声に思わずドキリとしてしまう。


 いま、茂みの向こうの僅か先では、二人の女の子が水浴びをしているのだ。おそらく、一糸纏わぬ姿で。


 それを想像しただけで、ボクはイヤでも頭が逆上せたように熱くなってしまっていた。もしエイミと手を繋いでいたら、手汗がひどいと怒られたことだろう。


 今度ばかりは独りでいることに感謝だ。


 聞き耳を立てようとする自分のドキドキをなだめながら待っていると、


「あら、どうかしたのぉ?」


 と、声が聞こえた。


 エイミではない。

 女性口調だが、しかしその声は野太かった。


 顔を持ち上げると、ふと、街道の方から歩いてくる男性の姿があった。

 彼の後ろには多くの人影が続いており、皆、白く豪奢な甲冑に身を包んでいた。


 おそらく王国の正規兵なのだろう。


 見るのは初めてだが、規律よく整った隊列の行軍は見ているだけで圧巻される。そんな軍隊の先頭に位置する男の視線は、ボクの顔をがっしりと捉えていた。


 後ろの兵と違い、兜を取って素顔が見えている。


 橙色の刈り上げの髪に、アホ毛のように伸びた太い触角。顔つきはいかつく、がたいが良いせいもあって、筋肉質な男性的容姿だ。けれど口許にはほんのり柔らかな桃色の紅が付いている。


 その男がボクの方へと歩み寄る。


「ボク、どうかしたのかしらぁ? こんなところで蹲って、迷子ぉ? それとも体調不良かしらぁ?」


 どうやら街道を通っていると、ボクに気づいて近寄ってきたらしい。


 悪い人ではなさそうだ。女性口調なのは不思議だが。


 しかし、このままではまずい。


「あ、あの。大丈夫です」

「そうなのぉ? でも、なんだか気だるそうな雰囲気あるしぃ。心配だわぁ」

「あ、いえ。気だるげな雰囲気出てるのは持病なので」

「そうなのぉ? でもあまり無理してると身体が弱って死んじゃうわよぉ?」


 ――それ以上近づくと貴方が死んじゃいますよ!


 とはなかなか言いづらいし、言ってもおそらく信用されないだろう。彼は完全にボクをただの子供だと思っているようだ。


 迂闊に近づかれては大惨事になる。


 ボクは咄嗟に立ち上がり、身構える。

 彼が一歩こちらに近づけば、ボクも一歩後ずさる。


 不審に思った男が今度は横に動くと、ボクもまた横に動く。


 ……まるで鏡。


 相手がどう動くのか。

 まるでスポーツの心理戦のように互いを見合い、距離を測る。


 一定の距離を保つのに必死だ。


「どうして逃げるのかしらぁ」

「いえ、つい身体が勝手に」

「体臭のケアはしているから大丈夫よぉ」

「そういう問題ではないです」


 というか知りたくもないです、そんなこと。


 結局、お互いの動きを牽制しあうような謎のにらみ合いは五分ほど続いていた。


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